山の稜線に落ちる影が早まってくる頃、奥信濃では冬の話題が日常に混じり始めます。
雪が降ってから考えるのではなく、雪が来る前に整えておく。その時間感覚が、この土地の暮らしを形づくってきました。
今回の「新日本風土記」が描くのは、奥信濃の晩秋の秋。 冬支度という具体的な営みを通して、祈りや記憶、そして生活の知恵が、どのように重なってきたのかを見つめます。 決して名所を巡る旅ではなく、時間を受け止める旅。その道のりを、ここで静かに感じていきます。
【放送日:2026年1月19日(月)21:00 -22:00・NHK BSP4K】
【再放送:2026年1月20日 火曜 20:00 -21:00 NHK BS】
冬が必ず来る土地 ― 奥信濃の晩秋
晩秋の奥信濃。深い紅葉の季節が過ぎると、雪の季節はもうすぐそこだ。千曲川の流れは、やがて来る厳しい冬の匂いを、静かに運んでくる。農作業に追われる暮らしの中で、冬が近づいても、人々の手が止まることはない。その手は、雪とともに必ずやって来る奥信濃の冬の景色を、忘れてはいないからだ。
奥信州の山々を縫って流れる千曲川。数多くの歌にも歌われている。唱歌「ふるさと」の作詞者の生まれ故郷でもあり、豪雪地帯でもある山里を縫うように、越後の国へと流れてゆくこの川は、まさに信濃の人たちの心の故郷だ。
そんな秋が深まる奥信濃で、スキー客に漬物をふるまうために温泉で野沢菜を洗う民宿の女将、稲わらで伝統の「つぐら」を編む栄村の農家、山の恵みを生かした伝統のそば打ちに挑む農林高校生の、冬支度に忙しい人々の暮らしを追ってみた。
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湯気の中の冬支度 ― 野沢温泉の野沢菜
晩秋の野沢温泉では、朝の空気に白い湯気が立ちのぼる。民宿の軒先では、女将たちが温泉の湯に手を浸し、とれたての野沢菜を静かに洗っている。冬の客を迎える準備は、この土地では、こうして湯のぬくもりとともに始まる。
女将の手先には、白い湯気が立ちのぼる。温かいから楽な仕事、というわけではない。野沢温泉の源泉は、場所によっては肌を刺すほど熱い。それでも人々は、採れたての野沢菜を温泉の湯にくぐらせ、塩漬けにしていく。
冷たい川の水に手を浸すつらさから始まった知恵は、いつしか、別の実りをもたらした。温泉の成分を含んだ野沢菜は、柔らかく、冬に向いた味わいへと変わっていった。
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雪に閉ざされる前に ― 青菜を冬へ渡す知恵
野沢菜は、雪深い土地で冬を越すために生まれた青菜だ。冬のあいだ、奥信濃の畑は人の背丈ほどの雪に覆われ、土の上から緑が姿を消す。だから人々は、秋のうちに、冬へと青菜を手渡していく。
奥信濃の冬を知る手は、晩秋になると、決まって温かな湯気の中へと向かう。野沢温泉では、民宿の女将たちが、湧き出る温泉の湯で、とれたての野沢菜を洗っていく。冬の客を迎えるための準備は、この土地では、湯のぬくもりから始まる。
野沢菜漬けは、塩、唐辛子、昆布などを加え、重石をして漬け込んでいく。やがて桶の中は低温で乳酸発酵が進み、独特の風味と酸味が出てくる。雪が積もり、桶の水が凍ることで空気が遮断され、発酵が進む。
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編まれる冬 ― 栄村のつぐら
栄村の農家は冬支度のために稲わらで伝統の「つぐら」を編み始める。
”つぐら”とは”ちぐら”とも呼ばれ、奥信濃や上越などの北日本の方言で「ゆりかご」を意味する言葉だ。稲わらを編んで作られた赤ちゃんの揺りかごが原型と言われている。
では奥信濃のつぐらは、何のために作られたのだろうか? これは食料の保存のためという答えがもっとも説得力がある。でも、ただの保存ではない。背丈を超えるほどの積雪、田畑も家も雪の中に埋もれ、気温は低いが、乾燥しすぎない。
実はこの条件、野菜を長く生かしておくのに、とても向いている。そこで使われたのが、稲わらで編んだ「つぐら」というわけだ。稲わらで編まれたつぐらは、密閉しすぎず、しかし風を通しすぎることもない。中の湿度を保ち、野菜を凍らせることなく、冬の時間へと預けていく。という、雪国にちょうどいい呼吸をしている。
雪が積もることで外気温は低く安定し、つぐらの中は「冷蔵庫みたいに冷えすぎない」状態になる。つまり、つぐらは雪に覆われてはじめて、この土地の冬の器になった。
赤ちゃんのゆりかごと、野菜のつぐらもやっていることは同じだ。守ること。急がせないこと。寒さから隔てて、でも閉じ込めすぎず、その時間を、静かに待たせる。奥信濃では、人も、野菜も、冬のあいだ「眠らせる」必要があった。だから、ゆりかごの形が、そのまま保存の器になった。
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粉を打つという選択 ― 山里のそば
奥信濃の山里では、冬を前に、粉と向き合う若い手がある。木島平村の下高井農林高校や、戸隠にある長野吉田高校戸隠分校では、生徒たちが、土地に伝わるそば打ちに挑んでいる。
雪に閉ざされる季節を前に、粉をこね、延ばし、切る。それは技を競うためというより、この土地で生きてきた手の動きを、自分の中に写し取る時間だ。
その技は、やがて全国の舞台でも評価された。だが、生徒たちにとって大切なのは、冬が来る前に、この土地の粉に触れていることだ。戸隠では、修験の山での食として、そばが古くから受け継がれてきた。その時間の積み重ねが、いま、若い手の中にも静かに流れている。
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晩秋のふるさとは、もう冬を抱いている
野沢菜を温泉のお湯で湯がいた手。
刈り取った稲わらで、つぐらを編んだ手。
そして、奥信濃の粉で、伝統の蕎麦を打つ若い手。
そのすべてが、それぞれの冬支度をしていた。
秋から冬に向かうこの季節だからこそ、それぞれの手は自分の仕事をこなしている。それは誰に言われたからやるものではない。古くから体に染みついた生活と習慣が、人々を、静かにそうさせる。
晩秋の奥信濃。深い紅葉の季節が過ぎると雪の季節はもうすぐそこだ。千曲川の流れは今年もやがて来る厳しい冬の匂いを連れてくる。