戸田奈津子の経歴は?映画(洋画)の字幕翻訳家としての実績(仕事)にはなにがあるの?【徹子の部屋】

BLOG
スポンサーリンク

こんにちは鳥巣です。8月17日の「徹子の部屋」には戸田奈津子さんが出演されます。MCの黒柳徹子さんとは3つ違いの同世代。お二人の間でどんなお話が繰り広げられるのか今から楽しみです。その前に戸田奈津子さんの主な経歴についてまとめてみました。
<広告の下に続く>

戸田奈津子さんの経歴

映画の字幕翻訳家のレジェンドとして戸田奈津子さんは、古い映画から最近の映画まで、「日本語字幕 戸田奈津子」のクレジットを見ない映画(洋画)がないほどのレジェンドです。

戸田奈津子さんが世の中に認められたのは、今でも映画史に残る「地獄の黙示録」(1979年)だと言われています。

当時、「地獄の黙示録」を撮影中だったフランシス・コッポラ監督が来日された際の通訳とガイドを務めたことから、コッポラ監督の推薦で日本語字幕を担当することになりました。

その後、スティーブン・スピルバーグ監督の「E.T.」「インディ・ジョーンズ」シリーズ、「タイタニック」、「スターウォーズ」シリーズなど、数々の作品に関わっています。

私が大好きな「フォレスト・ガンプ/一期一会」では今でもちょっとわからない翻訳があります。主人公のフォレスト(トム・ハンクス)と幼馴染のジェニー(ロビン・ライト)が仲良しでいる様子を「豆とニンジン」と訳しているのですが、いくら探しても原典を見つけられないでいます。
<広告の下に続く>

私は生まれつき(?)外国語が苦手なので、外国の映画を観るときにはいつも字幕に頼り切っています。かつて観た映画の中のセリフを思い出すときには、外国人の俳優さんが戸田奈津子さんの字幕のセリフを”日本語”で話していたような錯覚を起こしてしまうほどです。

戸田奈津子さんは、北九州市の生まれですが、幼いときに父が戦死して母の実家の東京に移り住んだことから出身地は「東京都」とされています。その後、幼稚園から高校までをお茶の水女子大学の附属校に通い、大学は津田塾大学の英文科で学びます。

卒業後、一度は一般企業に就職したものの1年ちょっとで退社し、ここから映画字幕の仕事に就くことを目指したそうです。終戦となった中学生の頃から非常に映画が好きだったので、自然な流れだったのでしょう。

戸田奈津子さん

戸田奈津子さんは今まで、結婚して夫をもったり、子供を産んだことはないそうです。「仕事命」だったんでしょうか?このあたりも黒柳徹子さんとの対話の中で語られるかもしれません。
<広告の下に続く>

戸田奈津子さんの関わった主な作品

戸田奈津子さんが字幕に関わった作品は、ほんの少し抜粋しただけでも、

 地獄の黙示録(1979年)
 インディ・ジョーンズ
 E.T.(1982年)
 戦場のメリークリスマス(1983年)
 バック・トゥ・ザ・フューチャー
 ターミネーター
 シンドラーのリスト(1993年)
 ジェラシック・パーク(1993年)
 フォレスト・ガンプ/一期一会(1994年)
 今そこにある危機(1994年)
 アポロ13(1995年)
 タイタニック(1997年)
 ハリー・ポッターと賢者の石(2001年)
  〜ハリーポッターと炎のゴブレット(2005年)
 ロード・オブ・ザ・リング(2002年、2003年)
 アバター(2009年)
 ミッション・インポッシブル(2018年)
 トップガン・マーヴェリック(2022年)
 ジェラシック・ワールド/新たなる支配者(2022年)

で、ほぼ毎年、数作品に関わっているのでとても挙げきれません。ざっと数えただけで60作品以上ありました。
<広告の下に続く>

戸田奈津子さんのまとめ

戸田奈津子さんの経歴

北九州市生まれの東京育ち。お茶の水女子大附属幼稚園・小・中・高から津田塾大学へ進んで、字幕翻訳者の道へ進みました。字幕翻訳者のレジェンドとして、ハリウッド作品をはじめとした数々の作品に字幕翻訳者としてクレジットされています。

戸田奈津子さんの主な作品

ざっと抜粋しただけでも60作品以上の作品に関わっておられます。戸田奈津子さんが関わった外国映画を見たことがないという日本人は少ないのではないでしょうか?

タイトルとURLをコピーしました