冬になると、みかんを少し涼しい場所に置いておく家庭は多い。ザルの上に並べて、実同士が触れ合わないようにして。そうすると、不思議なことに、数日後のみかんが少し甘くなったように感じることがある。
実はそれ、気のせいではない。みかんは、収穫した瞬間が完成ではない果物だ。呼吸を続けながら、酸と糖のバランスを、ゆっくりと変えていく。
静岡県浜松市・三ヶ日で育てられる「三ヶ日みかん」は、その特性を最大限に生かした独自の貯蔵技術で知られている。動かさない。起こさない。そして、待つ。およそ3か月の“眠り”を経て、三ヶ日みかんは、甘く、濃厚な味へと近づいていく。
NHK「うまいッ!」は、なぜ三ヶ日みかんがこれほどまでにおいしくなるのか、その秘密を追いかける。
【放送日:2026年2月1日(日)11:30 -11:53・NHK総合】
三ヶ日みかんとは?日本屈指の産地・浜松市
三ヶ日みかんの産地、静岡県浜松市・三ヶ日町は、浜名湖を望む、温暖な気候に恵まれた土地だ。東名高速を走っていると、サービスエリア付近から見える湖と空。冬でもどこかやわらかい光が差し込み、冷え込みが厳しすぎないことが、この土地の空気から伝わってくる。
三ヶ日みかんは、この穏やかな気候と、水はけのよい斜面地で育てられてきた。昼夜の寒暖差がほどよく、日照時間も長い。みかんがゆっくりと色づき、糖と酸を蓄える条件がそろっている。
その品質の高さから、三ヶ日みかんは全国でも有数のブランド産地として知られ、厳しい基準をクリアしたものだけが「三ヶ日みかん」の名で出荷される。
けれど、この土地の魅力は、“育てる環境”だけではない。三ヶ日では、収穫後のみかんをどう扱うか――「貯蔵」まで含めて、みかんづくりと考えられてきた。温暖な土地で育ち、時間をかけて眠らせる。その両方がそろってこそ、三ヶ日みかんの濃厚な甘さは完成する。
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甘さの正体は「3か月の貯蔵」
三ヶ日みかんの甘さを決めているのは、収穫の瞬間ではない。むしろ、収穫してから始まる3か月の時間こそが、味の正体だ。
三ヶ日では、収穫されたみかんをすぐに出荷しない。低温で管理された貯蔵庫に入れ、一定の温度と湿度のもとで、静かに眠らせる。みかんは、収穫後も呼吸を続ける果物だ。その間に、酸は少しずつやわらぎ、甘さとのバランスが整っていく。
急がない。動かさない。余計な刺激を与えない。この「待つ」時間があるからこそ、三ヶ日みかんはただ甘いだけでなく、コクのある、濃厚な味になる。
家庭でみかんを涼しい場所に置いておくと、数日後に味が変わったように感じることがある。それを、産地のスケールで、徹底的に管理しているのが三ヶ日の貯蔵技術だ。
3か月の眠りを経たみかんは、ようやく「いちばんおいしい瞬間」に近づく。三ヶ日みかんは、育てて終わりではない。待つことで完成する果物なのだ。
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眠らせるための意外な工夫とは?
3か月の貯蔵を経た三ヶ日みかんは、すでに「目覚める直前」の状態にある。産地では、みかんを眠らせるために、いくつもの工夫が重ねられてきた。
まず大切なのが、温度と湿度の徹底管理だ。低温すぎず、高すぎず。乾燥させすぎず、湿らせすぎない。みかんが余計な呼吸をしないよう、“刺激を与えない環境”が保たれている。
さらに、箱の中でみかん同士が傷つかないよう、配置や通気にも細かな配慮がされている。こうして、みかんは静かに酸を落ち着かせ、甘さとのバランスを整えていく。
だが――この状態のみかんを、家庭で同じように保存するのは難しい。貯蔵を終えたみかんは、すでに「食べごろ」に近づいている。家に持ち帰ってからは、これ以上眠らせるよりも、早めに味わうのがいちばんおいしい。
箱に入れたまま置いておくと、湿気がこもり、カビが生えやすくなることもある。家庭では、風通しのよい場所に出し、重ねず、傷んだ実があればすぐに取り除く。それだけで、みかんは安心して、最後の時間を迎えることができる。
三ヶ日みかんの貯蔵とは、「長く持たせる」ための技術ではない。いちばんおいしい瞬間まで、静かに連れていくための技術なのだ。
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国内最大級の選果場と最新AIシステム
三ヶ日みかんの品質を支えているのは、生産者の経験だけではない。浜松市・三ヶ日には、国内最大級ともいわれる選果場があり、そこでは最新のAIシステムが導入されている。
ベルトコンベアを流れる無数のみかん。AIは、外からは分かりにくい糖度や酸度、内部の状態までを瞬時に判別し、一つひとつを適切に仕分けていく。この技術によって、「甘い三ヶ日みかん」に当たる確率は、格段に高くなった。
だが、すべてを機械に任せているわけではない。最初にみかんを育て、収穫し、貯蔵してきたのは、人の手だ。AIは、その積み重ねを裏切らないための仕上げとして使われている。経験と勘。そして、データと技術。三ヶ日みかんの選果場では、その両方が重なり合い、「おいしさのばらつき」を減らしている。
だから私たちは、どこで買っても、安心して三ヶ日みかんを手に取ることができる。最新技術は、味を作るためではなく、育ててきた味を、きちんと届けるために使われているのだ。
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機内食に選ばれた三ヶ日みかん料理
国際線の機内食に、三ヶ日みかんが使われている。地上で食べてもおいしいみかんが、なぜ、あえて機内食に選ばれたのか。そこには、空の上ならではの理由がある。
飛行機の機内では、気圧や湿度の影響で、人の味覚は鈍くなりやすい。甘さや香りは感じにくく、味の輪郭がぼやけてしまうことも多い。
そんな環境でも、三ヶ日みかんの味は、はっきりと伝わる。3か月の貯蔵を経て整えられた甘さと酸味。ただ甘いだけではない、輪郭のある濃厚さが、空の上でも存在感を失わない。
その特性を生かし、三ヶ日みかんはデザートや料理の一部として、機内食のメニューに採用されてきた。旅の途中、雲の上で口にするみかんの味は、どこか記憶に残る。それは特別な演出ではなく、素材そのものが持つ力だ。地上で眠り、最もおいしい瞬間を迎えた三ヶ日みかんは、空の上でも、きちんと“おいしい”役割を果たしている。
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地元で愛される名物「みかん大福」
三ヶ日みかんのおいしさは、特別な料理だけで楽しまれているわけではない。地元では、その甘さと香りを生かした「みかん大福」が、長く親しまれてきた。
白あんのやさしい甘さ。そこに包まれる、みずみずしい三ヶ日みかん。噛んだ瞬間に広がる果汁は、甘いだけでなく、ほどよい酸味があと味を整えてくれる。それは、貯蔵によって酸が落ち着き、甘さの輪郭がはっきりした三ヶ日みかんならではの味わいだ。
みかん大福は、観光用の名物というより、地元の人が「今日はこれにしよう」と選ぶおやつ。特別な日に食べるものではなく、日常の延長にあるからこそ、素材の良さがそのまま問われる。みかんを育て、眠らせ、食べる。その一連の流れが、和菓子という形になって、三ヶ日の暮らしの中に息づいている。
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まとめ|知ると、もっと食べたくなる三ヶ日みかん
三ヶ日みかんのおいしさは、特別な魔法で生まれるわけではない。温暖な土地で育ち、収穫後も急がず、3か月という時間をかけて眠らせる。動かさず、起こさず、いちばんおいしい瞬間を待つ。
その積み重ねが、甘さに奥行きを与え、どこで食べてもぶれない味をつくっている。家庭でみかんを並べて保存する工夫も、産地の貯蔵技術も、考え方は同じだ。
みかんは、待つことで完成する果物なのだ。機内食として空の上へ運ばれ、地元ではみかん大福として親しまれる。三ヶ日みかんは、特別でありながら、暮らしのすぐそばにある。
その背景を知ると、ただ甘いだけではないことが分かる。次にみかんを手に取るとき、少しだけ、その時間のことを思い出してみてほしい。きっと、いつもよりおいしく感じられるはずだ。