秋になると、ダイビングで訪れた伊豆の民宿でよくカマスの塩焼きを食べました。漁港のすぐそばにある、小さな民宿。朝、水揚げされたばかりだったのでしょうか。焼きたてのカマスは皮が香ばしく、ふっくらとした白身には脂が乗っていて、「カマスっておいしい魚だな」と思った記憶があります。
けれど――、普通に出てきましたから、一度だって、「高級魚を食べている」と思ったことはありませんでした。そんなカマスを、NHK『うまいッ!』はこう紹介しています。「新鮮で脂の乗った高級かます」。
えっ?カマスって、高級魚だったの? しかも舞台となる長崎・伊王島では、700mにも及ぶ刺し網で魚を傷つけないように獲り、水揚げ後はスマートフォンまで駆使して、驚くほどの速さで出荷しているといいます。
そこまで「鮮度」にこだわるのには、理由があります。そういえば伊豆の民宿でも、カマスの刺身が出てきたのは一度だけでした。そのとき宿の人が言っていたのが、「カマスは、なかなか刺身では出せないんだよ」という言葉。塩焼きでは何度も食べていた魚なのに、刺身となると話が違う。
そして伊王島では、その扱いの難しいカマスを丁寧に獲り、鮮度を守ることで、新しい価値を生み出そうとしていました。でも、ここでもう一つ「ん?」があります。そこまで鮮度が大切なら、獲れたてを刺身で食べるのが一番なのでしょうか?
ところが、カマスの昔ながらの定番には「一夜干し」があります。せっかく新鮮な魚を、わざわざ一晩待って食べる。塩焼きもおいしい。刺身もおいしい。干せば、また違うおいしさが生まれる。さらに伊王島では、町おこしの中から新しいカマス料理まで次々と生まれています。
もしかすると魚のおいしさは、「新鮮な刺身が一番」という一本の物差しでは測れないのかもしれません。それに鯛だって獲れたての新鮮な時より、1日寝かせてからの方が身が柔らかくなり味も熟成されて、より美味しく感じたりします。
そして「いつものカマスは、いつから“高級魚”になったの?」長崎・伊王島の海から、一匹のカマスに隠れている、いくつもの「おいしい」を追いかけてみましょう。
【放送日:2026年10月8日(木)11:30 -11:54・NHK-総合】
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第一章 カマスって、そんなに高級な魚だった?──秋の食卓で親しまれてきた魚の素顔
「カマス」と聞いて、どんな料理を思い浮かべますか?刺身? それとも干物? 私が真っ先に思い浮かべるのは、秋の伊豆の民宿で食べた塩焼きです。こんがり焼けた皮に箸を入れると、ふっくらした白身がほろりとほぐれる。脂が乗っていて、塩だけでも十分においしい。
でも、タイやヒラメのような「ごちそうの魚」という印象はありませんでした。どちらかといえば、海辺の食卓で昔から親しまれてきた魚。ところが、カマスのことを少し調べてみると、そもそも「カマス」と呼ばれる魚が一種類ではないことに気づきます。
アカカマスと水カマス、何が違う?
日本の食卓でよく知られているのは、主に「アカカマス」と「ヤマトカマス」です。ヤマトカマスは「水カマス」とも呼ばれ、その名のとおり身に水分が多いのが特徴。鮮度が落ちやすい一方、新鮮なものは塩焼きにしてもおいしい魚です。
一方のアカカマスは、比較的身が締まり、脂の乗った大型のものは特に評価されます。港で漁師さんからは聞いていましたが、あまり意識して食べたことはありません。そもそもダイビングのエリアではほとんど見かけない魚です。
そして、長崎・伊王島で注目されているのも、このアカカマスです。つまり、ひと口に「カマス」といっても、種類が違えば身質も違う。大きさや季節によっても、その味わいは変わってくるのです。
秋のカマスは、なぜおいしい?
カマスは秋の味覚として知られています。特にアカカマスは、秋になると脂の乗ったものが出回り、塩焼きや干物でそのおいしさを楽しめます。ただし、魚の旬は産地や種類によっても異なります。「秋だから、どこのカマスも同じようにおいしい」という単純な話ではないのですね。
そう考えると、伊豆の民宿で食べたカマスも、季節と土地に恵まれた一皿だったのかもしれません。漁港のすぐそばにある民宿なら、その日の水揚げによって食卓に並ぶ魚も変わるでしょう。あの塩焼きは、もしかすると水カマスだったのかもしれません。
「高級魚」かどうかは、魚の名前だけで決まる?
では、カマスは高級魚なのでしょうか。実は、ここが少しややこしいところです。カマスは決して珍しい魚ではありません。昔から塩焼きや干物として親しまれ、日常の食卓にも登場してきました。
けれど、脂の乗った大型のアカカマスや、鮮度と状態のよいものは、市場で高く評価されることがあります。つまり、同じ「カマス」という名前でも、価値は一様ではないのです。

魚の種類だけでなく、大きさ、季節、鮮度、そして水揚げ後の扱い方。そうした条件が重なることで、普段は身近な魚が、特別な一匹になることもある。それなら、長崎・伊王島のカマスが「高級かます」と呼ばれるのにも、何か理由がありそうです。
その秘密を探るには、料理の前に、まず海へ出なければなりません。伊王島の漁師さんたちは、700mにも及ぶ刺し網を使いながら、カマスをできるだけ傷つけずに獲ろうとしています。なぜ、そこまで一匹の魚を大切に扱うのでしょうか。次は、その漁の現場をのぞいてみましょう。
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第二章 700mの網で、傷つけずに獲る?──伊王島の漁師が守る一匹の価値
長崎・伊王島のカマス漁で使われるのは、長さおよそ700mにも及ぶ「刺し網」です。もちろんこれは、700m先にいる魚を狙うわけではありません。海中に長い網を仕掛け、泳いできたカマスが網目に刺さったり、絡まったところを捕まえる漁法です。
網に魚がかかれば、あとは引き揚げるだけ。……と思ったら、どうやらそう簡単ではないようです。
網にかかった魚を外すのが、ひと苦労?
刺し網にかかったカマスを取り外す作業。漁師さんによればこれが、なかなか厄介なのだそうです。網目に頭や体が入り込んだ魚を、無理に引っ張れば、皮が傷ついたり、身が傷んだりするおそれがあります。だから漁師さんは、一匹ずつ状態を確かめながら、できるだけ傷つけないように網から外していきます。
700mもの網にかかった魚を、丁寧に扱う。考えただけでも根気のいる仕事です。番組に登場した漁師さんも、この作業には手間がかかると、思わずぼやいていました。
でも、そのひと言が、かえって印象に残ります。「大変だけれど、丁寧にやる」そこには、魚をよい状態で届けたいという思いがあるのでしょう。
魚は、獲れた瞬間から商品になる
魚のおいしさを考えるとき、私たちはつい「どれだけ新鮮か」に注目します。けれど、鮮度がよくても、魚体が傷ついていたらどうでしょう。見た目が悪くなるだけではありません。身が傷つけば、品質を保つうえでも不利になります。
特に、刺身など魚そのものの状態が分かりやすい料理では、傷の少なさも大切な条件です。つまり、カマスの価値を守る仕事は、港に帰ってから始まるのではありません。海の上で、網から一匹を外す瞬間から始まっているのです。これまで身近な魚だと思っていたカマスが、少し違って見えてきませんか。
「面倒くさい」を省かなかった理由
もし、魚を網から外す速さだけを優先したら、作業はもっと楽になるかもしれません。でも、伊王島の漁師さんたちは、魚を傷つけないことを大切にしています。その手間は、カマスの姿をきれいに保ち、品質を守るためのもの。そして、こうした積み重ねが、伊王島のカマスを特別な商品として届けるための土台になっているのでしょう。
ただし、ここで一つ、気になることがあります。せっかく傷つけずに網から外しても、その後の扱いが悪ければ、鮮度は落ちてしまいます。魚は水揚げされた瞬間に、時間との競争が始まるからです。
そこで伊王島では、今度は氷だけでなく、スマートフォンまで登場します。魚を傷つけないためには、時間をかける。鮮度を守るためには、時間をかけない。同じ一匹のカマスに、正反対のような二つの工夫が必要になるのですね。次は、伊王島の漁師さんたちが挑む「鮮度との勝負」を追いかけてみましょう。
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第三章 魚のおいしさは、時間との勝負?──氷とスマホが守る鮮度の秘密
700mもの刺し網から、魚体を傷つけないように一匹ずつカマスを外していく。手間のかかる仕事です。ところが、ようやく網から外れたからといって、ひと安心――とはいきません。今度は、別の勝負が始まります。鮮度との勝負です。
伊王島で獲れるアカカマスは、水分が多く傷みやすい魚。そこで漁師さんたちは、日の出の時間帯に獲ったカマスを、船の上で一匹ずつ丁寧に「氷締め」にします。魚を獲って港まで運び、それから鮮度を守るのではありません。まだ海の上にいるうちから、すでに「おいしく届けるための仕事」が始まっているのです。
「伊王島日の出カマス」には条件がある
実は「伊王島日の出カマス」は、伊王島の近くで獲れたカマスなら、何でもそう呼べるわけではありません。日の出の時間帯に刺し網で漁獲すること。船上で一匹ずつ丁寧に氷締めすること。そして、その日のうちに出荷すること。
こうした決められた条件を守ったものだけが、「伊王島日の出カマス」として出荷されます。ここまで来ると、第一章で抱いた、「カマスって、そんなに高級な魚だった?」という疑問の答えが、少しずつ見えてきます。
珍しい魚だから価値があるのではない。いつもの魚を、いちばんよい状態で届けるために手間をかける。その積み重ねが、一匹のカマスに新しい価値を与えているのです。
スマホまで使って、時間を縮める
そして番組では、さらに興味深い光景が紹介されます。登場するのは、スマートフォン。水揚げした魚をできるだけ早く出荷につなげるため、スマホも活用しながら情報をやり取りし、スピーディーな出荷へつなげていきます。
昔ながらの刺し網漁と、現代のスマートフォン。ずいぶん不思議な組み合わせに見えます。けれど、目的は同じです。カマスのおいしい時間を、できるだけ失わないこと。漁の方法そのものは昔ながらでも、その魚を届ける方法まで昔のままである必要はありません。
氷で魚の変化を抑え、情報はスマホで素早く動かす。魚そのものの時間と、流通にかかる時間。その両方を縮めようとしているのですね。
「刺身で食べられる」は、鮮度の証し
ここで思い出すのが、伊豆の民宿で聞いた言葉です。
「カマスは、なかなか刺身では出せないんだよ」
実際、カマスは塩焼きや干物ではおなじみなのに、刺身で出会う機会はそれほど多くありません。
ところが「伊王島日の出カマス」は、刺身でも味わえるほどの鮮度を保って出荷されています。だからといって「刺身で食べられる」という言葉は、単に刺身を一番ぜいたくな食べ方として持ち上げているのではないのでしょう。むしろ、それほどよい状態のまま、カマスを届けられる。その鮮度管理の証しなのだと思います。
でも――。ここで、また一つ「ん?」が浮かんできます。そんなに鮮度を大切にしているのなら、獲れたてを刺身で食べるのが一番なのでしょうか?
ところがカマスには、昔から親しまれてきた食べ方があります。塩をして、少し時間を置いて、あえて水分を抜く。そう、「一夜干し」です。せっかく必死になって鮮度を守った魚を、どうしてわざわざ干すのでしょう。次は、カマスの「時間を止める工夫」から、「時間をかけるおいしさ」へ進んでみましょう。
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第四章 新鮮なのに、なぜ一晩干すの?──刺身だけでは分からないカマスのうまみ
伊王島の漁師さんたちは、カマスを傷つけないように網から外し、船の上で氷締めにして、その日のうちに出荷します。そこまで徹底して鮮度を守るのは、カマスのおいしさを届けるため。それなら、獲れたてを刺身で食べるのが一番なのでしょうか。
ところが、カマスの昔ながらの食べ方といえば、塩焼きや干物です。特に一夜干しは、せっかく新鮮な魚を、わざわざ塩に漬けて干してしまう料理。……ちょっと不思議ですよね。鮮度が大切な魚なのに、どうして時間をかけるのでしょう?
魚は、新鮮なら新鮮なほどおいしい?
魚のおいしさを表す言葉として、よく使われるのが「新鮮」です。獲れたての魚を刺身にして、「新鮮だからおいしい!」。もちろん、それも間違いではありません。けれど、魚のおいしさは鮮度だけでは決まりません。例えばタイは、適切に処理して低温で寝かせることで、締めた直後とは違う味わいになります。
魚は死後、筋肉ではATPなどの成分が変化し、うまみ成分であるイノシン酸が増えていきます。一方、死後硬直が進み、やがて解けることで、身の食感も変わります。ただし、時間を置けば置くほどおいしくなるわけではありません。魚種や保存状態によって、うまみの変化も品質の保たれる時間も異なります。
興味深いことに、2024年に「伊王島日の出カマス」を長崎市長が試食した際にも、料理人はカマスを一晩寝かせて寿司に仕上げていました。新鮮さを大切にしたブランド魚なのに、すぐには食べなかったのです。これは、鮮度を守ることと、食べ頃を見極めることが、必ずしも同じではないと教えてくれます。
一夜干しで、カマスの身に何が起きる?
では、カマスを一夜干しにすると、何が変わるのでしょう。まず、魚に塩をして水分を抜きます。カマスはもともと水分の多い魚です。干すことで余分な水分が減り、身が引き締まっていきます。ここで大切なのは、水分が減ることで、残った成分の味を濃く感じやすくなるということ。
うまみ成分が魔法のように次々と生まれるというより、水分が抜けることによる濃縮が、味わいを変える大きな理由なのです。さらに、塩によって味が整い、焼いたときには皮や身の表面に香ばしさが生まれます。生のカマスとは違う、引き締まった食感。塩焼きとも違う、凝縮された味わい。
一夜干しは、単に魚を長持ちさせるための知恵ではなく、カマスのおいしさを引き出す調理法でもあるのですね。なお、一夜干しは必ずしも天日で一晩干すという意味ではありません。衛生的に温度や乾燥状態を管理することが大切で、干したからといって鮮度管理が不要になるわけではありません。
刺身、塩焼き、干物。どれが一番おいしい?
伊豆の民宿で食べた、秋のカマスの塩焼き。焼けた皮の香ばしさと、ふっくらした白身のおいしさは、今でも記憶に残っています。一方、伊王島のカマスは、丁寧な鮮度管理によって刺身でも楽しめる魚として注目されています。
そして一夜干しには、また別のおいしさがあります。刺身なら、みずみずしい身の食感。塩焼きなら、脂と皮の香ばしさ。一夜干しなら、水分を抜いたことで際立つ、凝縮された味わい。
どれか一つが正解というわけではありません。同じ一匹の魚でも、どう扱い、どう料理するかによって、違うおいしさに出会える。それこそが、カマスの面白さなのでしょう。
おいしさは、手をかけることで広がっていく
伊王島の漁師さんが大切に守ってきた鮮度。それは、刺身で食べるためだけのものではありません。よい状態の魚が届くからこそ、料理する人は、刺身にするか、焼くか、干すか、さまざまな選択ができます。鮮度を守ることは、おいしさの可能性を守ることでもあるのです。
そして伊王島では、その可能性をさらに広げようとする人たちがいます。昔ながらの一夜干しだけでなく、寿司や揚げ物、工夫を凝らした創作料理へ。一匹のカマスから、新しい料理が次々と生まれているのです。いつもの魚に、まだ知らなかったおいしさがある。その発見は、やがて伊王島という町そのものの魅力へとつながっていきます。
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最終章 いつもの魚が、町の宝物になる──伊王島のカマスが教えてくれたこと
長崎・伊王島のカマスを追いかけてきて、ようやく最初の疑問に戻ってきました。
「いつものカマスは、いつから高級魚になったの?」
伊豆の民宿で食べたカマスの塩焼きは、決して特別なごちそうではありませんでした。でも、おいしかった。それだけは、今でもよく覚えています。そして伊王島では、その身近な魚に、新しい価値を見つけようとする人たちがいました。
「高級魚」は、海からそのまま揚がってくるわけじゃない
伊王島の漁師さんたちは、700mもの刺し網にかかったカマスを、一匹ずつ丁寧に外していきます。魚体を傷つけないように。鮮度を落とさないように。船上で氷締めにし、できるだけ早く出荷する。その仕事は、決して楽なものではありません。
漁師さんが思わず「面倒くさい」とぼやくほど、手間のかかる作業です。けれど、その手間を省かない。なぜなら、同じカマスでも、どんな状態で届けるかによって、価値が変わってくるからです。
伊王島の「日の出カマス」は、ただ魚に立派な名前をつけただけのものではありません。その名前にふさわしい魚を届けるために、漁師さんたちが仕事の一つひとつを積み重ねている。そこに、このブランドの大切な意味があるのでしょう。
一匹の魚から、新しい料理が生まれる
そして伊王島では、カマスのおいしさをもっと多くの人に知ってもらおうと、さまざまな料理が考えられています。昔ながらの塩焼きや一夜干し。鮮度を生かした刺身や寿司。さらに、揚げ物などの創作料理。どれも同じカマスなのに、調理法が変われば、違う表情を見せてくれます。考えてみれば、これも魚を大切にする方法の一つなのかもしれません。
「カマスなら塩焼き」「カマスなら干物」そんな決まった食べ方だけにとらわれず、まだ知られていないおいしさを探してみる。そうすることで、今までカマスにあまり関心のなかった人も、手を伸ばしてくれるかもしれません。
そして、その料理を食べるために伊王島を訪れる人が増えれば、魚のおいしさは町の魅力にもなっていきます。一匹のカマスから、町の新しい物語が生まれようとしているのですね。
魚の価値を決めるのは、値段だけ?
ここまで見てくると、「高級魚」という言葉の意味も、少し違って感じられます。もちろん、大きくて脂の乗ったカマスが高値で取引されることもあるでしょう。でも、今回の伊王島の取り組みを、単に「カマスを高く売るための工夫」とだけ考えるのは、少しもったいない気がします。
魚を傷つけずに獲る人。鮮度を守って届ける人。その魚に合った料理を考える人。そして、おいしさを町の魅力として伝えようとする人。一匹の魚の向こう側に、たくさんの人の仕事が見えてきます。高級魚だから大切に扱うのではなく、大切に扱うことで、その魚の価値が高まっていく。伊王島のカマスが教えてくれたのは、そんなことだったのかもしれません。
あの秋の塩焼きも、きっと
ふと、伊豆の民宿で食べたカマスを思い出します。あの魚がアカカマスだったのか、水カマスだったのか、今となってはもう分かりません。朝、漁港で買ってきた魚だったのかもしれませんし、前の日に水揚げされた魚だったのかもしれません。
けれど、焼きたての皮の香ばしさと、ふっくらした白身のおいしさは、確かに記憶に残っています。あのとき、魚の値段も、ブランド名も、気にしていませんでした。ただ、おいしいと思って食べていたのです。
でも今なら、少しだけ想像できます。あの一皿にも、魚を獲った人がいて、選んだ人がいて、ちょうどよく焼いてくれた人がいたのだろう、と。
いつもの魚が、特別な一皿になる。それは、立派な名前がついたときだけではないのでしょう。魚を大切に扱う人がいて、そのおいしさを受け取る人がいる。そんな当たり前のことが、実は一匹の魚の価値を支えているのかもしれません。
長崎・伊王島の海では、今日も日の出とともにカマス漁が始まります。海の上で、一匹ずつ丁寧に網から外されるカマスたち。その小さな手間の積み重ねが、いつもの魚を、町の宝物へと変えていくのでしょう。
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あとがき|「高級魚」の向こうに見つけたもの
今回の『うまいッ!』をきっかけに、カマスという身近な魚を見つめ直してみました。傷つけずに獲ること。鮮度を守って届けること。魚の特徴に合わせて、おいしく料理すること。そして、その魅力を多くの人に伝えること。「高級魚」という言葉の向こうには、そんな人たちの工夫と手仕事がありました。
魚のおいしさは、鮮度だけでも、値段だけでも決まりません。刺身には刺身のおいしさがあり、塩焼きには塩焼きのおいしさがあり、一夜干しには一夜干しのおいしさがあります。そのどれもが、一匹の魚が持っている魅力の一つなのでしょう。
いつものカマスは、いつから“高級魚”になったの?
その答えは、魚が変わったからではなく、魚の価値を見つめる人たちの仕事の中にあったのかもしれません。そして、私にとってのカマスは、これからもきっと、秋の伊豆の民宿で食べた、あの塩焼きです。高級魚だなんて思わなかったけれど。あれは、間違いなく、ごちそうでした。
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