馬駆ける、その先に人がいた|岩手、人と馬が紡いだ物語【新日本風土記】

馬と会話 BLOG
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岩手では、昔から人と馬がともに暮らしてきました。戦場を駆け、畑を耕し、ときには家族のように寄り添いながら、馬はいつも人の暮らしのそばにいました。だからこそ、この土地には今も、馬を大切に思う心が静かに息づいています。

色鮮やかな装束で町を歩く「チャグチャグ馬コ」。新しい命の誕生を見守る人々。競走馬として役目を終えた馬が、新たな居場所で穏やかな日々を過ごす姿。そして宮沢賢治が愛した、夜明けの草原に響く馬たちの息づかい。

そこには、人が馬を育ててきた歴史だけではなく、馬もまた人の暮らしや心を支え続けてきた物語がありました。岩手の大地をゆっくりと歩きながら、人と馬が紡いできた信頼の歳月を訪ねます。

【放送日:2026年7月21日(火)20:00 -21:00・NHK-BS】
【放送日:2026年7月25日(土)18:00 -18:59・NHK-BSP4K】
【放送日:2026年7月26日(日)6:00 -7:00・NHK-BSP4K】

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『南部馬』とは?~岩手が育んだ人と馬の歴史~

岩手県は、古くから名馬の産地として知られてきました。広々とした牧野と冷涼な気候に恵まれ、この地で育った「南部馬」は丈夫で力強く、戦国時代には武将たちの軍馬として、江戸時代には南部藩を代表する産物として大切に育てられてきました。

しかし、南部馬の歴史は「良い馬を育てた」という一言だけでは語れません。はるか昔、人は馬と出会い、その力を借りながら暮らしを築いてきました。戦では命を預ける相棒となり、平和な時代には田畑を耕し、重い荷を運び、人々の毎日を支えてきたのです。

長い年月をともに過ごす中で、人は馬を育て、馬もまた人を信じることを覚えていきました。その積み重ねが、岩手の風土の中に今も息づいています。「チャグチャグ馬コ」の鈴の音が響くこの土地では、馬は単なる家畜ではありません。人とともに歴史を歩み、喜びや苦労を分かち合ってきた、大切な存在なのです。

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人と馬が寄り添う祭り~チャグチャグ馬コがつなぐ絆~

初夏の岩手に、「チャグチャグ」と鈴の音が響きます。色鮮やかな装束をまとった馬たちが、滝沢市の鬼越蒼前神社から盛岡八幡宮へと歩いていく「チャグチャグ馬コ」。馬の背には子どもが乗り、そのそばを家族や引き手たちが寄り添うように進んでいきます。華やかな祭りですが、その始まりにあるのは、馬への深い感謝でした。

かつて農家にとって、馬は田畑を耕し、荷物を運び、暮らしを支えてくれる大切な働き手でした。人と同じように汗をかき、疲れながら、一年をともに生きてきた存在だったのです。だから人々は、農作業の疲れを癒やすように馬を休ませ、きれいな装束を着せ、馬の守り神とされる蒼前神社へ連れていきました。

それは、単なる祭りではありません。「今年も一緒に働いてくれてありがとう」「どうか元気でいておくれ」そんな言葉にならない気持ちを、鈴や布飾りに託した祈りでした。

馬一頭に取り付けられた多くの鈴は、歩くたびに涼やかな音を響かせます。その音は、馬を勇ましく見せるためだけのものではなく、人と馬がともに過ごしてきた歳月を知らせる音のようにも聞こえます。

祭りに参加する子どもたちもまた、馬の背中の温もりを感じながら町を進みます。大人から子どもへ、そして次の世代へ。馬を愛し、大切にする心は、こうして祭りの中で受け継がれていくのでしょう。

華やかな装束の下にあるのは、昔も今も変わらない馬の体温です。人が馬を思い、馬が人を信じる。その穏やかな絆が、鈴の音とともに岩手の町をゆっくりと歩いていきます。

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馬は今日も人と生きる~競馬・引退馬・新しい命~

時代が変わっても、人と馬の関係は終わりません。岩手では今も、地方競馬で人とともに走る馬がいます。その一方で、競走馬としての役目を終えた馬たちは、新しい暮らしの中で静かな日々を送っています。番組では、引退した競走馬がマッシュルーム農園で暮らす様子も紹介されます。

現役時代には速さを求められ、多くの人の期待を背負って走り続けた馬。その役目を終えたあとも、人は馬とともに生きる道を探し続けています。

そして、草原では新しい命が生まれます。生まれたばかりの子馬は、おぼつかない足取りで母馬のそばに立ち、人々はその成長を優しく見守ります。走る馬も、働く馬も、生まれたばかりの馬も。その一頭一頭に、それぞれの人生があります。

人は馬を育てながら、その命に寄り添い、ときには別れを迎えます。だからこそ、人と馬の物語には、喜びだけではなく、切なさもあります。それでも人は、また子馬の誕生を喜び、新しい命を迎えます。

別れがあるからこそ、出会いはより大切なものになる。馬とともに生きる営みは、そんな命の巡りを静かに教えてくれるのです。

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馬が育てた文化~宮沢賢治とオシラサマの世界~

岩手では、馬は暮らしを支える働き手であると同時に、人の心に寄り添う存在でもありました。
南部地方には、人と馬が同じ屋根の下で暮らす「曲り家」が残されています。冬の寒さが厳しいこの土地では、馬のぬくもりが人の暮らしを支え、人もまた馬の命を守ってきました。

毎日同じ時間を過ごし、同じ季節を迎える。直に言葉は交わせなくても、その息づかいや足音、体温を感じながら、人と馬は少しずつ心を通わせていったのでしょう。そんな暮らしの中から、岩手ならではの文化も育まれました。

家々で大切に祀られてきた「オシラサマ」は、人と馬の深い結びつきを今に伝える民間信仰の一つです。豊かな実りや家族の幸せを願う祈りの中には、馬への感謝や敬いの心も静かに息づいています。そして、この岩手の風土を愛した宮沢賢治もまた、馬を身近な命として見つめ続けました。

賢治が描く世界には、自然や動物たちが人と対等な命として息づいています。それは、馬を「使う存在」としてではなく、ともに生きる命として見つめてきた岩手の風土が、彼の心を育んだからなのかもしれません。

人と馬がともに暮らした時間は、祭りとなり、信仰となり、文学となって受け継がれてきました。目には見えなくても、そのぬくもりは今も岩手の風の中に静かに息づいています。

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馬が教えてくれること~人と馬が紡いだ信頼は未来へ~

人は馬に言葉を教えることはできません。馬もまた、人の言葉を話すことはありません。それでも人と馬は、長い年月をともに過ごす中で、互いの気持ちを感じ取り、信頼を育んできました。

手綱を握る手の力。優しく首をなでる手の温もり。ゆっくりと重なる足音。言葉はなくても、そこには確かに通じ合うものがあります。

岩手に残る祭りも、馬を思う祈りも、人と馬がともに暮らしてきた時間の中から生まれました。競走馬として走る馬も、役目を終えて静かに暮らす馬も、生まれたばかりの子馬も、その命は人との関わりの中で今日を生きています。

人は馬を育ててきました。けれど、本当は馬もまた、人の心を育ててきたのではないでしょうか。信じること。寄り添うこと。そして、別れがあっても、その命を忘れないこと。

馬は何も語りません。けれど、その温かな体に触れたとき、人は大切なことを思い出します。馬は、人の一生よりも少し短い時を生きます。だから人は、その命を見送りながら、生きることの尊さを教えられるのかもしれません。人と馬が紡いできた信頼は、これからも静かに、この岩手の大地で受け継がれていくのでしょう。

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