日本六古窯のひとつに数えられる備前焼。その歴史は千年を超え、今もなお多くの人々を魅了し続けています。備前焼の特徴は、釉薬を使わず土そのものの表情を生かすこと。そして窯の中で生まれる炎の働きによって、一つとして同じもののない「景色」が器に刻まれることです。
今回の「美の壺」では、備前焼専門ギャラリーの店主が語る景色の見方や、迫力ある大壺を生み出す陶芸家・星野聖さんの創作の現場を紹介。また、人間国宝・金重陶陽の流れを受け継ぐ陶工たちによる土づくりや、暮らしの中に息づく備前焼の魅力にも迫ります。
さらに巨大な備前焼の鳥居や、三百年以上の時を刻む旧閑谷学校の瓦など、器の枠を超えて地域の風景を支えてきた備前焼の姿も登場します。土と炎、そして長い時間が育む美しさとは何か。飾らず、たくましく生き続ける備前焼の魅力を探ります。
【放送日:2026年6月14日(日)23:00 -23:30・NHK-Eテレ】
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土が生み出す表情|備前焼が「土の焼き物」と呼ばれる理由
岡山県備前市周辺で生まれた備前焼は、日本六古窯のひとつとして千年以上の歴史を受け継いできました。その最大の特徴は、釉薬を使わず、土そのものの魅力を生かして焼き上げることにあります。
多くの焼き物が鮮やかな色彩や繊細な絵付けによって個性を表現する一方で、備前焼は土の質感や焼き締めによる自然な表情を大切にしてきました。素朴で力強く、どこか温かみを感じさせる姿は、長い年月を経ても多くの人を魅了し続けています。
今回の「美の壺」では、人間国宝・金重陶陽の流れを受け継ぐ陶工たちによる土づくりにも注目します。備前焼に使われる土は、作品の出来栄えを左右する大切な素材。採取した土から不純物を取り除き、時間をかけて練り上げる工程は、まさに作品づくりの原点ともいえる作業です。
土はただの材料ではありません。どのような土を選び、どのように向き合うかによって、焼き上がった作品の表情は大きく変わります。だからこそ備前焼は「土の焼き物」と呼ばれ、その魅力は完成した器の姿だけでなく、土と向き合う職人たちの営みの中にも息づいているのです。
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炎が描く景色|窯の中で生まれる唯一無二の美
備前焼の魅力は、土だけでは完成しません。窯の中で燃え続ける炎との出会いによって、その表情は大きく変わります。
備前焼では釉薬を使わないため、焼き上がった器の色や模様は、薪の灰や炎の流れ、器の置かれた位置などによって自然に生み出されます。同じ窯で焼いても、まったく同じ表情になることはありません。こうして生まれた焼き肌は、備前焼の世界で「景色」と呼ばれています。
例えば、薪の灰が降りかかって生まれる「胡麻(ごま)」、藁を巻いて焼くことで赤い筋模様が現れる「緋襷(ひだすき)」、炎や灰の作用によって青灰色の美しい濃淡が生まれる「桟切(さんぎり)」など、その表情は実にさまざまです。
興味深いのは、それらが職人によって描かれた模様ではないことです。窯の中で起こる自然の働きが、偶然と必然を重ねながら器に刻み込まれていきます。
今回の「美の壺」では、京都の備前焼専門ギャラリーの店主が、そうした景色の味わい方を紹介します。一見すると素朴に見える備前焼ですが、よく目を凝らすと炎が残した痕跡や、土が見せる微妙な変化が浮かび上がります。
備前焼の美しさは、完成された均一さの中にはありません。同じものが二つと生まれないからこそ、人はそこに自然の力と時間の積み重ねを感じるのでしょう。
土が器の骨格をつくるなら、炎はその器に命を吹き込む存在なのかもしれません。窯の中で生まれた景色は、焼き上がったあとも静かに語り続けます。
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土と炎が育む大作|陶芸家・星野聖さんの挑戦
備前焼の魅力は、日々の暮らしに寄り添う器だけではありません。その可能性をさらに広げるように、巨大な作品づくりに挑み続ける陶芸家がいます。今回の「美の壺」に登場する星野聖さんです。
星野さんが手がける大壺は、人の背丈を超えるほどの迫力を持っています。目の前に立つと、まるで大地がそのまま立ち上がったかのような存在感に圧倒されます。
これほど大きな作品になると、一般的な器づくりとはまったく異なる世界になります。土を積み上げるだけでも大仕事であり、自らの体を使いながら少しずつ形を整えていかなければなりません。制作の途中では床に身を寄せるような姿勢で作業を続けることもあり、その光景からは土と格闘するような真剣さが伝わってきます。
しかし、力任せに形をつくればよいわけではありません。土の重さや水分量、乾燥の進み具合を見極めながら、作品が自ら立ち上がろうとする力を支えていきます。そこには長年培われた経験と感覚が息づいています。
そして完成した作品は、大きな窯へと託されます。どれほど精魂を込めて形を整えても、最後の仕上げを担うのは炎です。巨大な作品であればあるほど、焼成には高度な技術と細やかな管理が求められます。
土と向き合い、炎に託し、長い時間をかけて完成へと導く。その過程には、備前焼が受け継いできた伝統だけでなく、新たな表現へ挑戦し続ける作り手の情熱が込められています。星野聖さんの大壺は、土と炎、そして人の力がひとつになった結晶なのかもしれません。
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暮らしの中で育つ美|人間国宝の系譜と備前焼の器
備前焼の魅力は、窯から出た瞬間に完成するものではありません。人の暮らしの中で使われ、長い時間を重ねることで、その美しさを深めていきます。
今回の「美の壺」では、備前焼の陶工として初めて人間国宝となった金重陶陽の流れを受け継ぐ金重周作さん、陽作さん兄弟が登場します。代々受け継がれてきた技と精神は、作品づくりだけでなく、日々の暮らしに寄り添う器の中にも息づいています。
備前焼には華やかな絵付けも鮮やかな釉薬もありません。しかし、その素朴な姿には飽きることのない魅力があります。使い込むほどに手になじみ、艶を増し、少しずつ表情を変えていく。その変化こそが備前焼ならではの楽しみです。
こうした姿は、民藝の世界で語られる「用の美」にも通じるものがあります。器は飾られるためだけに存在するのではなく、日々の暮らしの中で使われることで本来の美しさを発揮します。
湯呑みにお茶を注ぐ。食卓に器を並べる。そんな何気ない日常の積み重ねが、備前焼に新たな景色を与えていきます。
人から人へ受け継がれ、暮らしの記憶を刻みながら育っていく器。備前焼の魅力とは、完成された美しさではなく、人とともに歩みながら深まっていく美しさなのかもしれません。
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器を超えて受け継がれる美|鳥居と瓦に宿る備前焼の力
備前焼というと、多くの人は茶碗や湯呑み、花器などの器を思い浮かべるかもしれません。しかし、その魅力は器の世界だけにとどまりません。
今回の「美の壺」では、巨大な備前焼の鳥居や、三百年以上の時を刻む旧閑谷学校の瓦が紹介されます。そこには、器を超えて地域の風景そのものを支えてきた備前焼の姿があります。
岡山県にある旧閑谷学校の講堂は、国宝に指定される日本最古の庶民のための学校として知られています。その屋根を覆う備前焼の瓦は、長い年月に耐えながら建物を守り続けてきました。
また、備前焼でつくられた大鳥居は、人々を迎え入れる地域のシンボルとして存在感を放っています。土から生まれた焼き物が、人の手の中で使われる器から、町の景色を形づくる存在へと広がっているのです。そこにあるのは華やかな装飾ではありません。風雨にさらされながらも静かに立ち続ける力強さです。
土を練り、炎で焼き締める。その営みは器づくりも瓦づくりも変わりません。しかし器が人の暮らしを支えるものだとすれば、瓦や鳥居は地域の歴史や記憶を支える存在といえるでしょう。
千年以上受け継がれてきた備前焼の技と精神は、器の中だけに宿るものではありません。町の風景の中に溶け込み、人々の暮らしや学び、祈りを静かに見守り続けているのです。
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土と炎、そして時間|備前焼が伝える美の心
備前焼の魅力をたどっていくと、その中心にあるのは華やかな装飾や技巧ではないことに気づかされます。土と向き合い、炎に託し、長い時間をかけて焼き上げる。その営みは千年以上にわたり受け継がれ、今日まで続いてきました。
土は器の土台となり、炎は唯一無二の景色を生み出します。しかし、それだけでは備前焼は完成しません。使い手の暮らしの中で育まれ、時を重ねることで、その表情はさらに深まっていきます。
人間国宝から現代の陶芸家へ。日々の食卓から地域の風景へ。備前焼は形を変えながらも、人とともに歩み続けてきました。
そこには、自然の力を受け入れながら最善を尽くす姿勢があります。土を選び、形を整え、炎を見守る。できる限りのことをしたあと、最後は自然の働きに委ねる。その心は、備前焼の美しさそのものなのかもしれません。
窯から生まれた器は、人の手に渡り、新たな時間を刻み始めます。そして使われるほどに味わいを深め、暮らしの記憶を宿していきます。
完成した瞬間が終わりではない。そこから先も、人とともに育ち続ける。備前焼が教えてくれるのは、そんな静かで力強い美の心です。土と炎、そして時間。そのすべてが重なり合うことで生まれる景色は、これからも多くの人の暮らしの中で息づいていくのでしょう。