子供のころ、ピーマンが苦手だった。
独特の苦味。青っぽい香り。お弁当に入っていると、少しだけ残念な気持ちになった人もいるかもしれない。けれど、大人になると、あの味が妙に恋しくなることがある。炒め物の香り。焼いたときの甘み。
夏が近づくころに感じる、あの緑の匂い。茨城県神栖市は、そんなピーマンの一大産地だ。海風が吹く広い畑と、緑に並ぶハウス。この土地では、一年を通してピーマンが育てられている。なかでも“旬”の時期のピーマンは、肉厚でやわらかく、苦味も少ないという。
なぜ神栖は、日本一のピーマンの町になったのか。「あさイチ」が見つめるのは、夏の入口に広がる、海辺の町の緑の風景である。
【放送日:2026年5月7日(木)8:15 -9:55・NHK-総合】
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なぜピーマンは苦手だったのか?|子供のころの“夏の味”
子供のころ、ピーマンが苦手だった人は多い。独特の苦味。切った瞬間に口いっぱいに広がる青臭い臭い。お弁当に入っていると、少しだけ身構えてしまった記憶がある人もいるかもしれない。特に子供は、苦味に敏感だ。
大人になると“香り”や“ほろ苦さ”として楽しめる味も、子供のころは、どうしても強く感じてしまう。だから家庭では、少しでも食べやすくしようと、いろいろな工夫が生まれてきた。細かく刻んで炒飯に混ぜたり、甘辛く味付けしたり、ピーマンの肉詰めにしたり。
火を通したピーマンは、苦味がやわらぎ、ほんのり甘みも感じられるようになる。もっとも、子供によっては、上手にピーマンだけを外して、肉だけ食べてしまうこともあるのだが(笑)
それでも、大人たちは、「いつか好きになるかもしれない」と願いながら、食卓にピーマンを並べ続けてきた。そして不思議なことに、成長するにつれて、あの苦味が少しずつ“夏の味”に変わっていく。
炒める音。油と混ざる香り。夕方の台所の空気。ピーマンには、そんな季節の記憶まで、静かに染み込んでいるのかもしれない。
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海風が育てる緑|神栖が“ピーマン日本一”になった理由とは?
茨城県神栖市は、いまや全国有数のピーマン産地として知られている。広い畑。海沿いに並ぶハウス。夏が近づくころ、町には鮮やかな緑が広がっていく。神栖がピーマン栽培に適していた理由のひとつが、鹿島灘から吹く海風だ。温暖な気候と、水はけのよい砂地。その環境が、ピーマンを元気に育ててきた。
さらに神栖では、季節ごとに苗を植え替えながら、一年を通して栽培が行われている。“いつでもある野菜”のように見えて、実はその裏側には、季節と向き合いながら育てる農家の工夫があるのだ。
神栖で本格的にピーマン栽培が広がったのは、戦後のこと。米軍向けの野菜として栽培された品種が、この土地の環境に合っていたことから、少しずつ産地として発展していった。
つまり神栖のピーマンには、海辺の風土だけでなく、戦後の農業の歴史も重なっている。――海風が育てる緑。その風景の中には、人と土地が積み重ねてきた時間が、静かに息づいている。
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“旬のピーマン”は何が違う?|夏においしくなる秘密
ピーマンは、いまでは一年を通して店頭に並ぶ野菜だ。そのため、「旬」と聞いても、あまり実感がわかない人もいるかもしれない。けれど、神栖のピーマンには、ちゃんと“夏においしくなる理由”がある。
強い陽射し。海から吹く風。昼と夜の温度差。そうした夏の環境の中で育つことで、実は肉厚になり、香りや甘みもぐっと増していく。特に神栖で育てられている品種は、苦味が比較的やわらかく、みずみずしい食感が特徴だという。子供のころに感じた、あの“青臭くて苦い野菜”の印象とは、少し違う味わいかもしれない。
そして、旬のピーマンは、火を入れることで、さらに表情を変える。炒めると甘みが立ち、焼けば香ばしさが広がる。ピーマンの肉詰め。細切りにした炒め物。丸ごと焼いて、しょうゆを少したらすだけでもいい。シンプルな料理ほど、旬のピーマンの力がよく分かる。
――“苦い野菜”だったはずなのに、気づけば夏になると食べたくなる。それはきっと、大人になるにつれて、苦味の奥にある“季節の味”を感じるようになるからなのだろう。
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焼くだけでごちそうになる|神栖ピーマンの食べ方
ピーマンは、手をかけすぎないほうがおいしい。そんなふうに感じる瞬間がある。強火でさっと炒める。焼き網にのせて丸ごと焼く。しょうゆを少したらし、鰹節をのせる。それだけで、ピーマンは立派な“夏のごちそう”になる。
特に旬の神栖ピーマンは、肉厚でみずみずしく、火を入れることで甘みがぐっと増す。細切りにして炒めれば、シャキッとした食感の中に、ほろ苦さと香ばしさが広がる。そこへ鰹節の旨味と、しょうゆの香りが重なると、思わず箸が止まらなくなる。気づけば、山のように食べてしまう。そんな経験がある人もいるかもしれない(笑)
もちろん、定番の肉詰めも人気だ。肉の旨味をまとったピーマンは、苦味がやわらぎ、子供でも食べやすくなる。もっとも、器用にピーマンだけ外して、肉だけ食べる子もいるのだが(笑)
それでも、大人たちは、「いつかこの味が分かる日が来る」と思いながら、夏の食卓にピーマンを並べ続ける。――焼くだけで、ごちそうになる。それはきっと、旬の野菜そのものに、ちゃんと力があるからなのだろう。
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緑を育てる人たち|海辺の町に広がるピーマン畑
神栖のピーマン畑には、どこか海辺の町らしい広がりがある。平らな土地。遠くまで続くハウス。そして、鹿島灘から吹き抜ける風。その風景の中で、農家の人たちは、一年を通してピーマンを育てている。
ピーマンは、ただ植えておけば育つ野菜ではない。気温。水分。日差し。少しの違いで、実の状態や味わいも変わっていく。だから農家の人たちは、季節ごとに苗を植え替えながら、ハウスの温度や風通しを細かく調整している。
真夏には暑くなりすぎないように。冬には冷え込みすぎないように。海辺の気候を読みながら、その時々の環境に合わせて育てていくのだ。
鮮やかな緑色。肉厚な実。やわらかな苦味。その一つひとつの裏側には、毎日畑と向き合ってきた人たちの時間がある。――緑を育てるということ。それは、野菜を作るだけではなく、季節の味を、次の食卓へつないでいくことなのかもしれない。
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“ピーマン嫌い”が変わる日|神栖に流れる夏の時間
子供のころ、苦手だった味。けれど気づけば、大人になってから好きになっていた。そんな食べ物が、誰にでもひとつくらいあるのかもしれない。ピーマンも、その代表格だ。
あの苦味が嫌だったはずなのに、いつの間にか、炒めた香りに食欲をそそられるようになる。焼いたピーマンの甘み。油と合わさった香ばしさ。夏の夕方の台所に漂う、あの匂い。それらは、単なる“野菜の味”ではなく、季節の記憶そのものなのだろう。
神栖のピーマン畑にも、そんな夏の時間が流れている。海風の中で育つ緑。朝露をまとった葉。ハウスに響く作業の音。そこには、毎年変わらず、夏の味を育て続ける人たちの営みがある。
――“ピーマン嫌い”が変わる日。それはきっと、苦味の奥にあるおいしさや、季節の気配を感じられるようになる瞬間なのかもしれない。そしてその味は、いつの間にか、夏の思い出と静かにつながっていく。