レプリカもすごい!本物じゃなくても心は動く|横浜「ツタンカーメン美術館」に行ってみたくなる理由

黄金のマスクと見つめあうまどか BLOG
レプリカ展示が人の心を打つ理由は、本物かどうか以前のところで、感情に触れてくるからだと思うのです。
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「一度、行ってみようかな」
そんな軽い気持ちで気になっていたのが、横浜みなとみらいのツタンカーメン美術館です。展示は“本物”ではなく、レプリカ。けれど、だからといって心が動かないわけじゃない。

以前、東京都美術館でロゼッタストーンのレプリカを見たとき、思っていた以上の大きさに、思わず息をのんだ。同じ会場で別の日に展示されていた「バベル(の塔)」のレプリカも忘れられない。細部まで描き込まれた人物や街並みを前に、「これは“知っている絵”じゃなく、“向き合う絵”なんだ」と感じた。

国立博物館で体験した、ラスコー洞窟の実物大再現模型もそうだ。(しかも、中を歩ける。)本物の洞窟には立ち入れなくても、壁の凹凸や天井の低さを体で感じることで、はるか昔の人間の息づかいが、ふっと近づいてきた。

本物であるかどうかよりも、想像できるか、実感できるか。その体験があるだけで、心はちゃんと動く。だからこそ、「レプリカだからこそ楽しめる展示」がある場所に、今、あらためて惹かれている。

【放送日:2026年1月7日(水)8:15 -9:55・NHK総合】

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ツタンカーメン・ミュージアムって、どんな場所?

正直に言うと、「そんな美術館あったの?」って思ってる人、かなり多いと思います。横浜・みなとみらいという立地なのに、大きな国立の博物館や美術館のように前に出てくるわけでもない。だからこそ、あさイチ中継で紹介される意味があるのでしょう。

この場所の名前は、ツタンカーメン・ミュージアム。もともとは期間限定の展覧会として始まったのだけれど、来場者の反響がとても大きく、常設展示として続くことになった――この事実だけでも、展示の力が伝わってくるのです。

展示の中心は、ツタンカーメン王の副葬品をはじめとする古代エジプトの遺物たち。黄金のマスク、棺、装飾品、壁画……いずれも精巧に作られたレプリカですが、「眺める」よりも「近づく」ことを前提にした展示構成になっています。会場には、約130点を超える実物大のスーパーレプリカを展示していて。限りなく本物に近づけて精巧に再現された展示は私たちを3,300年前のエジプトに誘います。

難しい専門知識がなくても大丈夫。ガラス越しに遠くから拝むのではなく、大きさ・質感・配置を通して、「これは人の手で作られ、使われ、祈られたものなんだ」と感じられる。だからここは、エジプト史に詳しい人のための場所というより、“はじめて古代エジプトに触れる人”にやさしい美術館なんだと思うのです。

ツタンカーメンの黄金の玉座(出典:公式Webサイト)
ツタンカーメンの黄金の玉座(出典:公式Webサイト)

ツタンカーメン・ミュージアム

  • 神奈川県横浜市西区みなとみらい4丁目3-1 プロット 48
  • (みなとみらい線「新高島駅」2番出口)
  • ※みなとみらい博物館とは別の建物です
  • ※※駅からの詳しい道順は横浜観光情報のサイトに載っています
  • 開館時間:10:00~18:00(平日は11:00~、詳しくは公式サイト・[ツタンカーメン展について]参照)
  • 休館日:火曜
  • URL:https://tutankhamen.jp/

(まどかの独り言)「それにね……公式サイトの、“女性とツタンカーメンの黄金のマスクが見つめ合う映像”。あれ、ずるいよね。説明なんて一切なくても、「見つめ返してしまう感覚」だけで、この場所が何を大事にしているか伝わってくるんだよね。」

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なぜ“レプリカ展示”は、ここまで心を動かすのか?

レプリカ展示が人の心を打つ理由は、「本物じゃないのにすごい」からじゃない。本物かどうか以前のところで、感情に触れてくるからだと思うのです。

①「近づける」ことで、想像が始まる

本物の文化財は、守るために距離が必要になります。でもレプリカは、

  • 目線の高さ
  • 実際の大きさ
  • 配置や空間

それらを人の感覚に合わせて体験させてくれる。(だからといって雑に扱っていいわけでは決してありません!)

ツタンカーメンの黄金のマスクも、「歴史的にすごいもの」ではなく、“目の前にある顔”として向き合える。だから、思わず見つめ返してしまう。

②「知識」より先に、「実感」がくる

レプリカ展示の強さは、説明文を読まなくても伝わるところ。

  • 大きい
  • 重そう
  • 細かい
  • 手がかかっていそう

そんな直感的な驚きが、あとから「知りたい」に変わっていく。これは、「わかる人だけが楽しめる展示」とは真逆のアプローチなんだよね。

③「時間の距離」が、ふっと縮まる

古代エジプトは、あまりにも遠い。だからこそ、レプリカという“媒介”を通して、

これは人が作った
これは人が祈った
これは人が大切にした

そう感じられた瞬間、歴史が“出来事”から“人の営み”に変わる。ラスコー洞窟の実物大再現模型を歩いたときに感じた、あの「同じ天井の下にいる」感覚。あれと、まったく同じ種類の感動だと思うのです。

④ レプリカは、入口をひらく

レプリカ展示は、”代用品”ではありません。それは入口なんだと思うのです。

  • 子どもでも
  • 専門知識がなくても
  • 初めてでも

「見ていい」「感じていい」と言ってくれる場所。ツタンカーメン・ミュージアムが心に残るのは、黄金や王の物語よりも先に、“感じていいよ”という許可をくれるからなのではないでしょうか?

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初めてでも大丈夫。ツタンカーメン・ミュージアムの楽しみ方とは?

ツタンカーメン・ミュージアムは、「知ってから見る」より、「見てから気づく」美術館。だから、予習ゼロでもちゃんと楽しめるのです。

ツタンカーメン・ミュージアム(出典:横浜観光情報)
ツタンカーメン・ミュージアム(出典:横浜観光情報
黄金の玉座(出典:横浜観光情報)
黄金の玉座(出典:横浜観光情報

① まずは「正面から」見てみる

入ってすぐに意識したいのは、斜めから流し見しないこと。黄金のマスクや棺は、正面に立つと「展示物」ではなく“誰かの顔・誰かの居場所”として立ち上がってくるのです。ここで無理に説明を読む必要はありません。まずは、見つめ合うだけで十分です。

② 大きさに、ちゃんと驚く

学校の教科書の写真やテレビで映像で見ていたものって、実際に見るとだいたい印象が変わります。

  • 思ったより大きい
  • 思ったより繊細
  • 思ったより人の手の跡がある

この「想像とのズレ」を楽しむのが、レプリカ展示のいちばんの醍醐味でもあります。

③ 「なぜ作ったか」を想像してみる

レプリカだからこそ、保存状態や距離を気にせず考えられる。

  • これは誰のため?
  • どんな場面で使われた?
  • 作った人は、何を願った?

正解はなくていいのです。想像した時点で、もう展示と対話してるのですから。

④ 疲れたら、立ち止まっていい

全部を理解しなくていいし、全部を見なくてもいい。気になったところで立ち止まって、「ここ、好きだな」と思えたら、それで成功です。この美術館は、鑑賞ペースを人に合わせてくれる場所なんだと思うのです。

⑤ 帰り道に、じわっと残る感覚を味わう

見終わったあとに残るのは、知識よりも感触。

  • 金の重さ
  • 空間の静けさ
  • 遠い時代なのに近く感じた気配

それが残っていれば、その展示は、ちゃんと心に届いているのですから。だから、

わからなくてもいい。
感じられたら、それでいい。

ということなのです。

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横浜みなとみらい散歩と合わせて楽しむ

横浜みなとみらいは、「目的地に向かう街」じゃなくて、歩くこと自体が気持ちいい場所。ツタンカーメン・ミュージアムは、そんなみなとみらい散歩の途中に、すっと差し込める“静かな寄り道”なんです。

みなとみらい
みなとみらい
象の鼻パーク
象の鼻パーク
みなとみらいの夕景
みなとみらいの夕景

① 先に歩く、あとで展示

いきなり展示を見るより、先に海沿いを歩いたり、空を見上げたり。身体が少しゆるんだ状態で入ると、展示の静けさが、すっと染み込んでくるかもしれません。みなとみらいの開けた景色から、古代エジプトの閉じた空間へ。このコントラストが、意外といいんです。

② 展示のあとは、余韻を連れて歩く

ツタンカーメン美術館を出たあとは、すぐに次の目的地を決めなくていい。

  • さっき見た金色
  • 重たそうだった棺
  • 静かな空気

それを連れたまま、少しだけ街を歩く。みなとみらいは、考え事を持ち歩くのにちょうどいい街だから。

③ カフェは「話すため」に使う

感想をまとめなくていい。知識を整理しなくていい。「思ったより大きかったね」「ちょっと怖かったかも」それくらいで十分。展示の話じゃなくてもいい。同じものを見た時間が、ちゃんと残ってる。

④ 日常に戻るための距離

みなとみらいは、非日常から日常へ戻るための緩衝地帯みたいな場所。いきなり現実に戻らず、少しずつ戻れる。だから、ツタンカーメン美術館は「遠くの国の話」で終わらない。

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まとめ

本物かどうかよりも、どれだけ近くで感じられるか。ツタンカーメン美術館は、そんなシンプルな問いを、静かに差し出してくれる場所です。レプリカだからこそ生まれる実感があって、みなとみらいを歩く時間の中で、その感覚は今日の記憶に溶けていきます。「一度、行ってみようかな」その気持ちが残ったなら、もう十分、心は動いているのですから…。

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