木の香りがふわりと漂う、山形県米沢市・笹野地区。1200年ものあいだ、この地では一本の刃――特別な刀「サルキリ」だけで木を彫り上げる、独自の技が受け継がれてきました。
その象徴が、縁起物として知られる民芸品「お鷹ぽっぽ」。力強く、しなやかに。一本の刃が刻む軌跡には、祈りと暮らしの歴史が宿ります。

今、中継の舞台となる笹野地区では、伝統を未来に手渡すため、若い職人たちが新しい作品づくりにも挑戦しています。一本の刃がつないできた文化の物語。その奥深い世界に、そっと足を踏み入れてみませんか?
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山形・米沢「笹野地区」と一刀彫のはじまり
山形県米沢市の南端、豪雪の里として知られる笹野地区。雪深い冬、外の仕事ができない時期に、人々は家の中で木を削りながら、祈りや願いを形にしてきました。
一刀彫は、1200年前(平安時代)に起源を持つと伝えられています。その始まりは、戦で命を落とした武士たちの霊を慰め、家族の無事や五穀豊穣を祈るための祭礼用の木彫りだったとも言われています。
この地で一刀彫に使われる木は、山地に自生するコシアブラ(ウコギ科)。柔らかく削りやすく、それでいて強さもある木肌は、一本の刃で大きく削り出す作業に適しており、地域の暮らしと木材の特性が自然に結びついていったのです。
やがて、それらの木彫りは縁起物や信仰玩具、守り札の役割を担うようになり、現在まで家業として受け継がれる文化になりました。笹野地区では、今も家々の軒先や工房でカン、カン、カン……という軽やかな音が響き続けています。一本の刃が、木と人の記憶を刻み続けている証のように。
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一本の刃で彫る「サルキリ」と一刀彫の技
笹野一刀彫を支えてきたのは、彫刻刀でもノミでもない、ただ一本の特別な刃物「サルキリ」。大小さまざまな刃を使い分ける一般の木彫りとは異なり、この技法では一本の刃ですべての形を削り出します。

サルキリの特徴は、幅広く厚みのある刃と、先端がわずかに角度を持って立ち上がった、独特の形状。まるで小さな鉈(なた)のようでもあり、その重さを利用しながら、大胆に木を割るように削るのが最大の特徴です。
木材は、笹野地区で採れるコシアブラ(ウコギ科の木)。柔らかくまとめやすい繊維を持ち、刃を入れた方向にスッと流れるように削れるため、サルキリとの相性はまるで運命の出会いのよう。
サルキリという名前の由来は定かではなく、アイヌ語の「削る/切る」を意味する言葉に由来する説や、「裂き切り(さききり)」が訛った説などが残ります。どれも、この刃物が“木を裂くように形を生み出してきた”
その姿を語っています。
一本の刃から生まれる形は、同じ作品でも二つとして同じものは存在しません。刃の角度、力の入り方、木の節目――すべてがその瞬間、その作り手だけの“声”として形になります。まるで、木と職人の対話そのもの。その静かな緊張感の中から、命を宿したような表情の作品が生まれるのです。
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「お鷹ぽっぽ」とは? — 祈りを込めた縁起物
笹野一刀彫を代表する作品が、鮮やかな彩色と優雅な姿を持つ木彫りの鳥、**「お鷹ぽっぽ」**です。
「ぽっぽ」は東北地方で“鳥”を指す愛称。古くから、鷹は家族を守り、幸運を呼び込む象徴とされ、子どもが生まれた家や、旅立ちの日の贈り物として広く用いられてきました。皆さんも学校の美術の教科書などで見たことのある方も多いのではないでしょうか?

その起源は、戦で命を落とした武士の霊を慰め、家族の無事と五穀豊穣を祈った慰霊祭の神具にあるとも言われています。祈りの象徴だった木彫りが、やがて暮らしの中で守り札や福の飾りとして愛されるようになり、
現在の形へと受け継がれてきました。
一本の刃で削り出された流麗なフォルムに、赤・青・緑・金の鮮やかな色彩が重ねられ、羽根の模様や表情は職人ごとに異なります。同じ「鷹」でも、力強いまなざしや柔らかい眼差し、豊かな羽模様など、ひとつとして同じものは存在しません。
手に取ると、木肌のぬくもりとわずかな重みが心を静かに包み、古くから受け継がれてきた祈りの気配を感じさせてくれます。「お鷹ぽっぽ」には、その家の幸せが続きますように――そんな素朴で真剣な願いが、今もそっと込められているのです。
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現代へつなぐ挑戦 — 若い職人と新しい一刀彫作品
1200年受け継がれてきた笹野一刀彫。しかしその技術と文化を未来へつなげるためには、新しい感性と挑戦する力が必要です。近年、笹野地区では若い職人たちが工房に入り、伝統を守りながらも独自の作品づくりに挑戦しています。
彼らは、古くから続く「お鷹ぽっぽ」や干支の置物に加え、現代の暮らしに寄り添う新しい一刀彫の形として——猫やフクロウ、家の守り神を象徴する動物、小型のオブジェや飾り棚サイズの作品、さらにはアクセサリー などへと表現を広げています。

一本の刃で削り出された形は、どれも温かみのある曲線と力強い木の表情を残しながら、現代の暮らしの空間にも自然に溶け込む存在へ。
“伝統は形を変えても、宿る魂は変わらない。”
若い世代の職人たちは、SNSを活用して制作過程や作品紹介を発信したり、ワークショップを通じて技術継承の輪を広げたりと、“見える伝統”として文化を再び活性化させています。
職人と木、一本の刃、そこに流れる時間。それらを未来に手渡す姿は、一本の灯火を次の人へ静かに渡すような、あたたかく、力強い情景です。
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まとめ|一本の刃がつなぐもの:祈りと暮らしの未来へ
山形県米沢市・笹野地区で1200年受け継がれてきた一刀彫の文化。一本の刃だけで木を割り、削り、形を生み出すその技は、長い冬を越える暮らしの中で育まれ、祈りと願いを象徴する民芸として生き続けてきました。
代表作 「お鷹ぽっぽ」 をはじめとする縁起物には、家族の無事、五穀豊穣、幸運を願う素朴でまっすぐな想いがこもっています。木の香り、手のぬくもり、刃が生む音。すべてが人の暮らしと結びつき、地域の記憶を今へと手渡してきました。
そして今、若い職人たちの挑戦によって、一刀彫は新しい形へと息を吹き返し、現代の生活空間にも寄り添う存在として静かに、その輪を広げています。
伝統は守られるだけではなく、
次に渡されたときに、未来を照らす力になる。
一本の刃が刻んできた1200年の時間は、これからも誰かの暮らしを温め、祈りの灯火をそっと照らし続けるでしょう。
2025年12月11日(木)放送のNHK「あさイチ・いまオシ中継」では、この深い文化と、今を生きる職人たちの物語に触れられます。あなたも、木の温もりを手のひらでそっと感じてみませんか?