風を待つ凧、春を待つ酒──雪の中の春、秋田・湯沢|よみがえる新日本紀行

春の小川 BLOG
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雪に閉ざされた秋田・湯沢。白く音を吸い込む季節のなかで、町はじっと春を待っている。蔵では名酒の寒仕込みが続き、雪原では凧が風を待つ。
昭和46年に描かれた雪国の日々が、4K映像でよみがえる。53年の歳月を経て再び訪ねた湯沢で見えてきたのは、減りゆく酒蔵の現実と、それでも受け継がれる技と心。凍てつく空気のなかで静かに息づく人々の営みは、今も変わらず春へと向かっている。

【放送日:2026年3月3日(火)15:30 -16:08・NHK-BSP4K】

昭和46年の湯沢――雪国に息づく営み

昭和46年、カメラが訪ねた湯沢は、雪に包まれていた。白い世界のなかで、人々の暮らしは淡々と続いている。

蔵では、寒仕込みの酒づくりが行われていた。凍てつく空気のなかで蒸米の湯気が立ちのぼり、麹の香りが静かに広がる。低温でゆっくりと進む発酵は、雪国ならではの知恵だった。

町には、凧絵を描く職人の姿もあった。鮮やかな色で描かれた武者や吉祥の図柄。外は白一色でも、紙の上では風と春が先に動き出している。

そして、春を前にして町を離れる若者たち。雪の残る道を見送られながら、それぞれの未来へ向かっていく。厳しい寒さのなかにも、確かに「次の季節」が宿っていた。湯沢は、声を上げる町ではない。ただ、雪の下で静かに息をしていた。

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53年後の再訪――減った酒蔵、それでも続く寒仕込み

53年後、再び訪ねた湯沢の町は、変わらず雪に包まれていた。けれど、風景の中身は少しずつ変わっている。昭和46年当時、10軒あった造り酒屋は半分以下に減った。後継者不足、人口減少、消費の変化。雪国の酒造りは、決して楽ではない。

それでも蔵の中では、蒸米の湯気が立ちのぼる。外気の冷たさを味方に、低温でゆっくりと醸す寒仕込み。新しい酒米を取り入れながらも、基本の工程は変わらない。発酵は急がない。酵母は寒さの中で静かに働き、目に見えない時間が酒を育てる。

減った蔵の数だけ、物語はある。だが、残った蔵には意地がある。それは声高な覚悟ではなく、今日も仕込むという選択。雪に閉ざされた季節を、じっと受け止めながら、春を待つ。耐えるというより、淡々と続ける。その姿が、湯沢の静けさを支えている。

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守られる凧、広がる空――湯沢凧と子どもたち

雪原に、色が差す。白い世界の上に、ひとつ、またひとつと凧が揚がる。湯沢凧は、市の有形民俗文化財に指定されている。武者絵や吉祥の図柄が描かれた伝統の凧は、同好会によって守られてきた。

会長の小野育朗さんは、自ら凧を作りながら、小学生にその楽しさを伝えている。竹を割り、和紙を張り、絵を描く。手を動かすうちに、凧はただの遊び道具ではなくなる。風を読む道具になる。

雪の上を、子どもたちが走る。凧糸を握りしめ、転びそうになりながら、それでも前へ進む。厳しい寒さも、その瞬間だけは遠のく。

凧が空をつかむとき、子どもたちの声が雪原に響く。守られてきたのは、形だけではない。春を待つ気持ちもまた、受け継がれている。白い季節の中で、空だけが先に春を知っている。

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雪の中の春――待つという強さ

湯沢の春は、急にやって来るわけではない。雪が一夜で消えることもない。それでも、町のあちこちに小さな兆しがある。蔵では発酵が進み、凧は空をつかみ、子どもたちの足跡が雪を踏み固めていく。「待つ」という時間は、止まることではない。

雪に閉ざされているように見えても、その下では確かに動いている。酒は、寒さの中で澄んでいく。凧は、風を読むことで空へ上がる。人もまた、季節を受け入れながら、次の一歩を探している。

53年という歳月が流れても、湯沢の営みは途切れなかった。数は減り、形は変わっても、「続ける」という選択は受け継がれている。

やがて雪はゆるみ、川の水音が少しだけ強くなる。春は、遠くから押し寄せるものではなく、雪の中で静かに育つものなのだ。湯沢は、今日も待っている。その待つ姿そのものが、この町の強さになっている。

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