あさイチ中継|硫黄山の熱が湧き出す温泉の川――北海道・弟子屈「川湯岩盤テラス」

岩盤テラスを眺めるまどか BLOG
川湯岩盤テラスは、その営みを飾らず、誇らず、ただ目の前に差し出してくれる場所だ。
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温泉といえば、湯船に浸かるもの。そんな常識を、やさしく裏切ってくれる場所が北海道・弟子屈(てしかが)町にある。摩周湖のふもと、硫黄山(アトサヌプリ)の地下深くで温められた湯は、岩盤層を伝い、やがて川のように地上へと姿を現す。それが川湯温泉だ。

2024年秋、その温泉の流れを間近に感じられる新たな名所「川湯岩盤テラス」が誕生した。湧き上がるゆけむり、鼻先をくすぐる硫黄の香り、そして地の底から届く熱の気配。あさイチ中継が伝えるのは、ただの温泉地ではない――大地と人がともに息づく、川湯温泉という風景だ。

川湯岩盤テラス(出典:弟子屈ナビ)
川湯岩盤テラス(出典:弟子屈ナビ)

【放送日:2026年1月21日(水)8:15 -9:55・NHK総合】

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弟子屈・川湯温泉とはどんな場所?

北海道の東、阿寒摩周国立公園の中にある弟子屈町。摩周湖や屈斜路湖の名を聞けば、思い浮かべる人も多いだろう。川湯温泉は、その弟子屈町の山あいにひっそりと広がる温泉地だ。

弟子屈・川湯温泉(出典:Googleマップ)
弟子屈・川湯温泉(出典:Googleマップ)

この温泉を特別なものにしているのは、硫黄山(アトサヌプリ)の存在だ。今も白い噴煙を上げる活火山の地下で熱せられた湯は、岩盤層を伝い、長い時間をかけて川湯の地へと流れ着く。その結果生まれるのが、pH1.6〜1.9という日本屈指の強酸性温泉

肌に触れると、少しピリッとした感触があり、同時に「効いている!」と実感させる力強さがある。川湯温泉街を流れる「温泉川」では、お湯がそのまま川として流れ、湯気を立てている。ここでは温泉は、湯船の中だけのものではない。風景の一部として、常にそこに流れている存在なのだ。

弟子屈・川湯温泉は、人が自然を「利用する」場所というより、自然の営みの中に、人の暮らしがそっと寄添ってきた場所。だからこそ、この地では温泉そのものが、語り手になる。

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硫黄山から続く岩盤層と“温泉の川”

川湯温泉の不思議さは、「湯が湧く」というよりも、「山で生まれた湯が、流れてくる」ところにある。源は、弟子屈町にそびえる硫黄山(アトサヌプリ)。地下深くにあるマグマの熱で温められた地下水は、そのまま地表に噴き出すのではなく、硫黄山から続く“岩盤層”の上を、ゆっくりと流れてくる。

川湯源泉MAP(出典:弟子屈なび)
川湯源泉MAP(出典:弟子屈なび)

『硫黄山の麓で温められた温泉は岩盤を伝いこのエリアで湧き出しています。各源泉から湧き出したお湯は各ホテルや入浴施設へと送られ、お風呂や、温泉熱暖房として利用されています。』

硫黄山から続く岩盤(出典:弟子屈なび)
硫黄山から続く岩盤(出典:弟子屈なび)

『地表に露出した岩盤は過去の火山活動によって噴出された(火山)灰等が堆積してできたもので、硫黄山から続いています。岩盤に沿って通常の地下水よりも浅い層に熱せられた地下水が流れており、このような温泉層と普通地下水層の逆転現象がみられる場所は極めて稀とされています』

この岩盤層は、水を通しにくい“フタ”のような役割を持っている。そのため、熱せられた地下水は下へ染み込まず、岩盤の上をすべるように移動し、やがて川湯温泉街のあたりで、地表へと現れる。こうして生まれるのが、川湯温泉を象徴する存在――通称「温泉の川」だ。

川底から次々と源泉が湧き出し、川そのものが湯となって流れていく光景は、全国的にも珍しい。しかもその湯は、pH1点台という極めて強い酸性。硫黄の香りをまといながら、白い湯けむりを立ちのぼらせて流れる。山形・蔵王温泉も強酸性の温泉として知られているが、蔵王温泉もpH値は1.25~2.0程度の強酸性なので、ほぼ同じくらいの酸性度(水素イオン濃度)と言えるだろう。

2024年10月に整備された「川湯岩盤テラス」は、この“見えない地下の旅”を、目で感じられる場所として生まれた。岩盤の上に設けられた升形の石垣の中では、硫黄山から届いた湯が、今もなお湧き続けている。温泉は、湧いて終わりではない。山と町を結ぶ、時間のかかった流れそのものなのだ。

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川湯岩盤テラスという“見える源泉”

川湯岩盤テラスのいちばんの魅力は、温泉を「入るもの」ではなく、「見るもの」として体験できるところにある。ここでは、地下から湧き出した源泉が、石垣で囲われた升のような空間の中で、今この瞬間も、ぶくぶくと音を立てて噴き出している。

湯は透明ではない。硫黄の成分をたっぷり含んだ白濁したお湯が、岩のすき間から立ちのぼる湯けむりとともに、「これは生きた温泉だ」と静かに主張してくる。

2024年10月の整備によって、テラスデッキや遊歩道が設けられたことで、訪れる人は立ち止まり、覗き込み、深呼吸することができるようになった。鼻をくすぐる硫黄の香り。冬でも途切れることのない湯けむり。足元を流れていく、ぬるりとした温泉の川。

ここにあるのは、派手な演出でも、「映え」を狙った仕掛けでもない。ただ、硫黄山から届いた湯が、ここに在る。それを隠さず、囲い込みすぎず、人の暮らしのすぐそばで見せている。川湯岩盤テラスは、川湯温泉という土地が持つ“成り立ちそのもの”を、そのまま差し出している場所なのだ。

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2024年誕生「川湯岩盤テラス」とは?

川湯岩盤テラスは、2024年10月に整備された、川湯温泉の新しい顔だ。「新しい」といっても、何かを新しく“作った”というより、もともとそこにあったものを、そっとひらいた場所に近い。

硫黄山から続く岩盤層。その上を伝って流れてくる強酸性の源泉。そして、温泉街を流れる“温泉の川”。これまで川湯温泉では、源泉は宿や浴場の裏側で静かに役割を果たしてきた。

川湯岩盤テラスは、その源泉が集まる一帯を「見て、感じて、立ち止まれる場所」として整えた空間だ。石垣で囲われた升状の源泉。その縁をなぞるように設けられたデッキと遊歩道。一年を通して立ちのぼる湯けむりと、硫黄の香りが満ちる空気。

ここでは、「温泉に入らなくても、温泉を体感できる」。服のまま、歩きながら、ただ眺めて、匂いを吸い込み、この土地が“生きている火山の上にある”ことを知る。川湯岩盤テラスは、観光スポットである前に、川湯温泉という場所の仕組みを、そのまま見せる展示室のような存在なのだ。

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升のような石垣から噴き出す、強酸性の湯

川湯岩盤テラスで、思わず足を止めてしまうのが、升(ます)のように石垣で囲われた源泉だ。四角く切り取られた岩盤のくぼみから、白く揺れる湯けむりとともに、音もなく、しかし確かな勢いで湯が噴き出している。

この源を生んでいるのが、硫黄山――アイヌ語でアトサヌプリ(裸の山)と呼ばれる火山だ。強い火山活動によって木々を寄せつけず、地肌をさらした山容。無数の噴気孔から立ちのぼる白煙は、この土地が今も火山の鼓動の上にあることを教えてくれる。

世界には、インドネシア・ジャワ島のように火山から硫黄を採取し、生活の糧とする土地もある。けれど川湯では、硫黄を「掘る」のではなく、湯として受け取り、流し、使い続けてきた。pH1.6〜1.9という、国内屈指の強酸性。触れれば肌がピリリと感じるほどの湯は、同じ強酸性で知られる蔵王温泉とも肩を並べる存在だ。

だからこそ、この升状の源泉はどこか神聖に見える。人の手で整えられていながら、湯そのものは一切“飼い慣らされていない”。

一方で、川湯温泉の特産品を探してみると、少し意外な気持ちにもなる。乳製品が有名と言われながら、温泉プリンや温泉まんじゅうといったいかにも「温泉地らしい」名物はほとんど見当たらない。目につくのは、せいぜい温泉蒸し玉子くらい。箱根の「黒たまご」のように、見た目で語る派手さもない。黒くなるわけでもない。正直、ちょっと地味だ。

でもそれは、川湯温泉が「売り方」をまだ語っていないだけなのかもしれない。ここでは、加工された名物よりも先に、湧き出す湯そのものが主役なのだ。

升のような石垣から噴き出す湯を前にすると、「これで十分だ」と、どこか納得してしまう。飾らなくても、足さなくても、この土地はもう、完成している。――もったいない、と思う気持ちと同時に、無理に何かを足さない強さも感じる場所だ。

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湧いた湯は、町をあたためる

川湯温泉の湯は、ここで立ち止まるためだけに湧いているわけではない。岩盤テラスで姿を現した源泉は、やがて見えない管の中へと分かれていき、町の宿や入浴施設へ、静かに送られていく。浴槽を満たす湯として。冬の寒さを和らげる、温泉熱暖房として。人の体を、暮らしを、そっとあたためるために。

この町では、温泉は「観光資源」である前に、生活を支えるインフラだ。硫黄の香りが漂う路地も、白い湯けむりが立ちのぼる川も、特別な演出ではない。

ただ、湧いた湯が自然に流れているだけ。だからこそ、川湯温泉には「見せよう」「売ろう」という気配が薄い。群馬・草津温泉の湯畑のように華々しく売り出そうともしない。

湯は、主張しない。黙って、流れ続ける。それはまるで、町そのものが温泉と一緒に呼吸しているような感覚だ。源泉が湧き、岩盤を伝い、川となり、人の暮らしへと届く。その循環が、何十年も、何百年も、途切れずに続いてきた。

川湯温泉の魅力は、派手さではなく、湯が湧き、町をあたため、また流れていくという当たり前にある。その当たり前が、どれほど貴重なことかを、この場所は何も語らずに教えてくれる。

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まとめ|地の底の熱とともに生きる、川湯温泉という風景

川湯温泉の湯は、人を迎えるために用意されたものではない。硫黄山の地下深くで生まれ、岩盤層を伝い、ただ流れ着いた場所に町ができただけだ。強酸性という扱いづらさも、硫黄の香りも、一年中立ちのぼる湯けむりも、すべてはこの土地が選んできた「ありのままの姿」。

川湯岩盤テラスは、その営みを飾らず、誇らず、ただ目の前に差し出してくれる場所だ。入らなくてもいい。買わなくてもいい。ただ立ち止まり、湯の気配を感じるだけでいい。

湧いた湯は町をあたため、町は湯とともに息づく。そこには、無理に語らない強さと、長い時間を生き抜いてきた土地の静かな自信がある。

川湯温泉は、「楽しませよう」としない温泉地だ。それでも、気づけば心の奥まであたたまっている。――地の底の熱とともに生きる。その風景が、ここにはある。

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