日本列島の多くは山に覆われている。深い森と清らかな川に囲まれた土地では、古くから人々は自然と向き合い、その恵みを分けてもらいながら暮らしてきた。
熊野の山では、野生のミツバチを巣箱に迎え入れて蜜をいただく伝統の養蜂が続く。高千穂では、危険なオオスズメバチの巣を探り当て、栄養豊かなサナギを山の恵みとしていただく蜂とりの技が受け継がれている。そして長良川では、人と鵜が息を合わせてアユをとる鵜飼いが、千年以上にわたり川の文化を支えてきた。
森に生きる虫、川を泳ぐ魚、空を飛ぶ鳥。人はそれらを支配するのではなく、知恵と技で寄り添いながら命をいただいてきた。熊野、高千穂、長良川。日本の深山に残る、人と生きものの絆の物語をたどる。
【放送日:2026年3月17日(火)19:30 -20:59・NHK-BSP4K】
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日本の深山に残る「自然とともに生きる知恵」とは?
日本の国土の多くは山に覆われている。人の手が届かない深い森や清らかな川は、古くから人々に畏れと恵みの両方をもたらしてきた。
こうした深山では、人は自然を征服するのではなく、その営みに寄り添いながら暮らしてきた。森に生きる虫、川を泳ぐ魚、空を舞う鳥。その力を巧みに借りることで、山の暮らしは成り立ってきたのである。
たとえば熊野の山では、野生のニホンミツバチを巣箱に誘い、蜂たちと共に蜜を分け合う養蜂が受け継がれている。高千穂では、山の危険な生きものでもあるオオスズメバチの巣を探し当て、そのサナギを貴重な食料としていただく「蜂とり」の技がある。そして長良川では、人と鵜が呼吸を合わせてアユをとる鵜飼いが千年以上続いてきた。
どれも人が自然を支配する技ではない。人と生きものが互いの力を借り合いながら生まれた知恵である。熊野、高千穂、長良川。日本の深山に残る、人と生きものの関わりをたどる旅が始まる。
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熊野の森の恵み──野生のミツバチと伝統養蜂
紀伊半島の南部に広がる熊野の山々は、古くから神々の宿る場所として人々の畏敬を集めてきた。深い森に包まれたこの地では、自然の恵みを分けてもらいながら暮らす知恵が今も受け継がれている。そのひとつが、野生のニホンミツバチを迎え入れる伝統的な養蜂だ。
一般的な養蜂ではミツバチを飼い、巣箱を管理して蜂蜜を採る。しかし熊野の伝統養蜂は少し違う。人はただ森の中に巣箱を置き、ミツバチが住みつくのを静かに待つ。やがて群れが巣をつくれば、人は蜂たちの営みを見守りながら、分けてもらえる分だけ蜜をいただく。
そこには「飼う」という発想はない。森に生きるミツバチと、人がゆるやかに関わり合う暮らしがある。山の花々を巡り、森の恵みを集めた蜜。熊野の蜂蜜は、まさに深山そのものの味といえる。
人は森を支配するのではなく、森の生きものとともに生きる。熊野の養蜂は、そんな日本の古い自然観を今に伝えている。
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高千穂の山の知恵──オオスズメバチを追う蜂とり
神話の里として知られる高千穂の山々には、自然の恵みをいただく独特の知恵が受け継がれている。そのひとつが、危険なオオスズメバチの巣を探し当てる「蜂とり」だ。
山の中で人々はまずミツバチを捕まえる。そしてその体に細い糸を結びつけて空へ放つ。やがてミツバチを襲ったオオスズメバチは、獲物を抱えたまま巣へと戻っていく。人はその糸をたどり、山の奥に隠れた巣の場所を見つけ出す。
一見すると大胆な方法だが、そこには山の生きものの習性を知り尽くした知恵がある。人は力で巣を探すのではなく、スズメバチの行動を借りて山の奥へ導かれるのだ。
見つけた巣からいただくのは、栄養豊かなサナギ。山の暮らしにとって貴重なたんぱく源であり、昔から大切な食べ物として受け継がれてきた。
危険な生きものと向き合いながら、その命の恵みを分けてもらう。高千穂の蜂とりには、自然とともに生きる山の知恵が今も息づいている。
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清流に受け継がれる技──長良川の鵜飼い
岐阜の町を流れる長良川は、日本を代表する清流のひとつとして知られている。夏の夜、この川では千年以上続く伝統の漁「鵜飼い」が行われる。
舟の上で火を焚き、鵜匠が操る鵜が川へ潜る。鵜は素早く泳ぎ、鮎をくわえて水面に戻る。人はその様子を見守りながら、鳥と呼吸を合わせて漁を進めていく。
鵜飼いの特徴は、人が魚を捕るのではなく、鵜の力を借りて魚をいただくところにある。鵜は古くから人とともに暮らしてきた鳥だが、完全に人の思い通りになるわけではない。だからこそ鵜匠は長い年月をかけて鵜との信頼関係を築いていく。
長良川の鵜飼いは、かつて朝廷に鮎を献上する漁として大切に守られてきた。清流とともに受け継がれてきたこの技には、川と生きものへの敬意が今も息づいている。
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神の山と川に生きる──自然と人の「絆」
熊野、高千穂、長良川。今回の旅の舞台となる三つの土地には、ある共通点がある。それは、いずれも古くから「神の宿る場所」として人々に敬われてきた土地だということだ。
熊野の山々は、熊野三山へと続く信仰の地。深い森は神々の領域とされ、人々はその自然を畏れながら暮らしてきた。高千穂は、いわずもがな、日本神話に登場する天孫降臨の舞台と伝えられる場所。神話の物語とともに、山の恵みをいただく暮らしが受け継がれている。
そして長良川の鵜飼いは、かつて朝廷へ鮎を献上する「御料鵜飼」として守られてきた。川の恵みを神へ捧げるという意味を持つ漁でもあった。
山や川は、ただの自然ではない。人々にとってそれは、命を分けてもらう神聖な場所でもあった。ミツバチの蜜、スズメバチのサナギ、清流の鮎。人は自然の命を奪うのではなく、恵みとして「いただく」。その感覚こそが、日本の深山に息づく人と生きものの絆なのかもしれない。
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『ワイルドライフ・深山に生きる』の見どころ
今回の『ワイルドライフ』は、日本の深い山々と清流を舞台に、人と生きものが織りなす不思議な関係を美しい映像で描き出す。
熊野では、森に生きるニホンミツバチと人との静かな共生が紹介される。人は蜂を飼うのではなく、巣箱を置き、森の中で蜂たちの営みを見守りながら蜜を分けてもらう。深い森の花々から集められた蜂蜜は、まさに熊野の自然そのものだ。
高千穂の山では、危険なオオスズメバチの巣を探り当てる伝統の蜂とりが登場する。ミツバチを使って巣の場所を突き止める大胆な方法は、山の生きものの習性を知り尽くした知恵の結晶といえる。
そして長良川では、千年以上続く鵜飼いの技が夜の川を彩る。鵜匠と鵜が呼吸を合わせて鮎をとる姿は、川の文化と人の暮らしが結びついた日本ならではの風景だ。
森の虫、山の蜂、川の鳥。人はそれらの力を借りながら、深山の恵みを受け取ってきた。番組は、日本の自然の美しさだけでなく、人と生きものが築いてきた長い関係の物語を映し出していく。
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まとめ|深山の恵みをいただく日本の知恵
熊野の森、高千穂の山、そして長良川の清流。日本の深山には、人と生きものが寄り添いながら暮らしてきた知恵が今も残っている。
森ではミツバチとともに蜜をいただき、山では蜂の営みを頼りにサナギを分けてもらう。川では鵜の力を借りて鮎をとる。どれも人が自然を支配するのではなく、自然の力を借りながら生きてきた暮らしだ。
こうした土地は、古くから神の宿る場所として敬われてきた。山と人里の境、川と町の境。人はその境界に生きながら、森や川の命を「恵み」としていただいてきた。
自然と向き合い、知恵を重ねながら生きてきた人々の営み。深山の風景の中には、そんな日本の暮らしの記憶が静かに息づいている。