クマを獲って食べるのは残酷なのか?秋田・阿仁のマタギが問いかける“いただく”ということ|小さな旅

マタギ BLOG
スポンサーリンク

クマを獲って食べると聞くと、どこか残酷なことのように感じる人もいるかもしれません。けれど、私たちは牛も豚も魚も、そして植物も含めて、ほかの命をいただきながら生きています。そう考えると、本当に問うべきなのは「残酷かどうか」よりも、命をいただくことを、どう引き受けて生きるのか なのかもしれません。

秋田県北秋田市・阿仁は、「マタギ」発祥の地として知られる山あいの土地。そこには、山の恵みを授かり、山の神に感謝しながら、今も自然の中で生きる人たちの暮らしがあります。

今回の『小さな旅』「山に生きるマタギの春~秋田県阿仁~」では、狩りだけではない、山とともにある生活のかたちが静かに映し出されそうです。

【放送日:2026年4月5日(日)14:45 -15:10・NHK-BS8K】
【放送日:2026年4月6日(月)17:00 -17:25・NHK-BS8K】

<広告の下に続きます>

阿仁はなぜ「マタギの里」と呼ばれてきたのか?

秋田県北秋田市の阿仁は、深い山々に抱かれた土地です。冬は雪に閉ざされ、春になれば山菜が芽吹き、秋には木の実やきのこが実る。そうした山の恵みとともに暮らしてきたこの地域では、自然は“景色”ではなく、昔から生活そのものの一部でした。

その阿仁が「マタギの里」と呼ばれてきたのは、単にクマやカモシカを狩る人がいたからではありません。山に入り、山の恵みを受け取りながら、自然に対して一定の作法と敬意を持って生きてきた人たちの文化 が、この土地に長く受け継がれてきたからです。

マタギというと、どこか特別で、今では少し遠い存在のように聞こえるかもしれません。けれど本来それは、山で命をつなぎ、家族を養い、季節とともに暮らしてきた人々の営みでした。山に入ることも、獲物を追うことも、決して“勇ましい伝説”ではなく、日々を生きていくための現実だったのだと思います。

阿仁には今も、現役で山に入るマタギがいます。また、マタギの命を守る刃物「ナガサ」を鍛える職人や、山菜やクマ鍋をふるまう宿、そして地域に受け継がれてきた芸能も残っています。
つまりここで息づいているのは、単なる“狩猟の技術”ではなく、山とともにある暮らしの総体 なのです。『小さな旅』が映そうとしているのも、きっとその部分なのでしょう。

クマを獲る人だけではなく、その背後にある食卓や道具、祈りや共同体まで含めて、阿仁という土地には、今もなお「山に生きる」という感覚が残っています。だからこそ阿仁は、「マタギがいた土地」ではなく、今もなお「マタギの里」と呼ばれるのかもしれません。

<広告の下に続きます>

クマを獲って食べるのは残酷なのか?──“いただく”を引き受けるということ

クマを獲って食べると聞くと、残酷だと感じる人は少なくないと思います。近年はクマの出没被害がニュースになることも増え、その姿を映像で目にする機会も多くなったぶん、なおさら感情が動きやすくなっているのかもしれません。けれど、そこで少し立ち止まって考えてみたいことがあります。

それは、私たちもまた、ほかの命をいただかなければ生きていけない という、ごく当たり前の事実です。牛や豚や鶏や魚だけではありません。野菜も穀物も果実も、みんな生き物です。動物だけが「かわいそう」で、植物は違う、と単純に分けられるものでもないはずです。

私たちは、どこまでいっても、自分ではない命を食べることでしか生きられない。その厳しさは、誰にも平等にあるのだと思います。だから今回のテーマで本当に問われているのは、「クマを食べるのは残酷かどうか」という二択ではなく、命をいただくことを、どう受け止めて生きるのか なのではないでしょうか?

阿仁のマタギの暮らしには、その問いに対する一つの答えが残っています。彼らにとって狩りは、単なる娯楽でも、力を誇示するための行為でもありません。山に入り、山の神に感謝し、必要なぶんだけを授かる。そして、その命をきちんと食べて生きる。

そこには、現代の私たちが忘れがちな「食べることの重さ」 が、今もはっきりと息づいています。もちろん、それを見てなお「つらい」と感じることは自然なことです。命が失われることを軽く考えていいはずはありません。

でも同時に、そのつらさをただ“残酷”という言葉で片づけてしまうと、私たち自身もまた同じように命を食べて生きているという現実から、目をそらしてしまうことにもなります。

むしろ大切なのは、命を奪うことを美化しないこと と、命をいただいて生きることを、見ないふりで済ませないこと。阿仁のマタギたちは、そのあいだの難しい場所で、ずっと暮らしてきた人たちなのだと思います。

東北地方、とくに秋田県では、昨年もクマの出没が相次ぎました。人里に現れ、罠にかかったクマを処分する役目が、現場のハンターに委ねられることもあります。あるハンターの男性が語っていた「俺だって、檻に閉じ込められているクマを撃ち殺したくはないよ」という言葉が、強く印象に残っています。

命を奪う側にいる人が、平気でその引き金を引いているわけではない。そこにはきっと、外から見ているだけでは想像しきれない葛藤や重さがあるのでしょう。

「かわいそうだ」という声を向けることは簡単です。けれど、その“かわいそう”の先にある現実を、誰が引き受けているのかまで考えたとき、見えてくるものは少し違ってくるのかもしれません。

だから『小さな旅』が映すのは、単に「クマを獲る人」の話ではなく、“いただく”という行為を、生活の中で引き受けてきた人たちの姿 なのかもしれません。

それは今、スーパーのパック肉や加工された食品の向こう側を見えにくくしてしまった私たちにとって、少し痛くて、でも大切な問いを投げかけてくる気がします。

<広告の下に続きます>

山に入るマタギは、ただ獲物を追う人ではない

マタギという言葉から、銃を持って獲物を追う“猟師”の姿を真っ先に思い浮かべる人は多いかもしれません。けれど、阿仁に受け継がれてきたマタギの姿は、そうした単純なイメージだけではとても捉えきれないもののように思います。

彼らが山に入るのは、ただ動物を仕留めるためだけではありません。山の気配を読み、天候を感じ、足跡や風の流れから生き物の存在を探り、自分が今どこにいて、何に生かされているのかを確かめるように、ひとつひとつの感覚を研ぎ澄ませながら山に入っていく。
そこには「狩り」という行為の前に、自然の中で人間がどう振る舞うべきか という、長い時間をかけて育まれてきた知恵があります。

マタギ文化には、山に対する独特の敬意や禁忌も残ってきました。山は単なる資源の場所ではなく、人が勝手に支配できるものでもない。必要なものを授かる場所であり、同時に、軽々しく踏み込んではならない領域でもある。
だからこそ、獲物を追うことそのものよりも、山にどう入るか、山から何を持ち帰るか、そして何を持ち帰らないか が大切にされてきたのでしょう。

そこには、現代の感覚でいう“自然保護”とも少し違う、もっと生活に根ざした節度があります。必要以上に獲らないこと。授かった命を無駄にしないこと。そして、山に入る自分もまた、山の大きな流れの中ではひとつの小さな存在にすぎないと知っていること。

マタギとは、そうした感覚を身体で受け継いできた人たちなのだと思います。だから彼らは、単なるハンターではありません。動物を追う人である前に、山の中で人としてどう在るかを知っている人 なのかもしれません。

『小さな旅』が映す現役マタギの男性も、きっとただ「クマを獲る人」として描かれるのではなく、山に入り、山を読み、山の恵みを授かって生きる人として映し出されるのでしょう。そこには、獲物を追う緊張感と同じくらい、山に身を置く人間の静かな覚悟があるはずです。

私たちはつい、「狩る」という行為だけを切り取って見てしまいがちです。でも本当は、その前後にある時間のほうが、ずっと長く、ずっと深いのかもしれません。

山に入る前の祈り、山の中での沈黙、そして山から戻ってきて命をいただくまでの一連の営み。マタギという生き方は、その全部を含めてはじめて成り立っているのだと思います。そう考えると、彼らが向き合っているのは、獲物だけではなく、山そのものと、その中で生きる自分自身 なのかもしれません。

<広告の下に続きます>

命を守る刃物「ナガサ」に宿る、山の知恵と覚悟

山に入るということは、美しい景色の中へ入っていくことでもありますが、同時に、人間の都合だけではどうにもならない自然の中へ身を置くことでもあります。足元のぬかるみ、急な斜面、天候の変化。そして何より、そこには人間よりもはるかに力の強い生き物たちが生きています。

山に入る人にとって自然は、癒やしの場であると同時に、一歩間違えれば命を落としかねない場所でもあるのでしょう。そんな場所で、マタギの命を守ってきた刃物が「ナガサ」です。阿仁では今も、そのナガサを打つ鍛冶職人がいるといいます。

「刃物」と聞くと、つい“獲物を仕留めるための道具”を想像しがちです。けれどナガサは、それだけではないはずです。山の中で枝を払うこともあれば、道を切り開くこともある。いざという時には、自分の身を守るために使われることもある。つまりそれは、山で生きて帰るための道具 なのだと思います。

マタギが山で向き合うのは、ただ獲物だけではありません。自然そのものの厳しさや、ときには「こちらがやられるかもしれない」という緊張感も含めて、彼らは山に入っているのでしょう。そんなとき、ナガサは単なる“刃物”ではなく、自分の身体の延長のような存在なのかもしれません。

この感覚は、山だけに限ったものではないのだと思います。たとえば海に潜る漁師たちもまた、
「マキリ」と呼ばれる刃物を身につけて海へ入ることがあります。ロープや網が身体に絡まったとき、それを切って自分の命を守るためです。趣味のダイバーが使うようなちゃちなダイビングナイフでは切れないものを、現場で生きる人たちは、最初から“命綱”として想定している。

そう考えると、ナガサもまた、自然の中に入る人が持つべき覚悟のかたちのひとつなのだと思います。それは、相手を傷つけるための道具というよりも、自然の中で自分が無力であることを知ったうえで、それでも山に入るために必要なもの。言い換えれば、自然を甘く見ないための道具 なのかもしれません。

そして、そのナガサを打つ鍛冶職人もまた、ただ鉄を打っているのではなく、山に入る人の命を預かるつもりで、一振りずつ仕上げているのでしょう。そこに宿っているのは、機能だけではなく、阿仁という土地で受け継がれてきた山の知恵と、自然と向き合う人々の静かな覚悟なのだと思います。

『小さな旅』では、そんなナガサが単なる“珍しい道具”としてではなく、山で生きる人たちの現実を支えるもの として映し出されるのではないでしょうか。

それはきっと、私たちがふだん安全な場所から眺めている「自然」の奥に、本当はどれだけ切実な現場があるのかを、静かに教えてくれる気がします。

<広告の下に続きます>

クマ鍋と山菜──「食べる」を、きちんと暮らしに戻す場所

山で授かった命は、狩りの場面だけを切り取って見れば、どうしても強い印象を残します。けれど本当は、その命が意味を持つのは、食卓に戻ってきたとき なのかもしれません。

阿仁には、代々マタギが継いできた旅館があり、そこでは山菜やクマ鍋といった、山の恵みを生かした料理がふるまわれているそうです。それは観光向けの珍味として並べられる“特別な一品”というよりも、この土地の季節と暮らしの延長にある、ごく自然な食のかたちなのでしょう。

クマ鍋と聞くと、どこか強い言葉のように感じるかもしれません。けれど、それが囲まれるのはきっと、湯気の立つ鍋を前にした、いつもの食卓です。

山菜のほろ苦さや、だしの香り、丁寧に盛られた小鉢や椀の中に、山から分けてもらったものを無駄にせず、きちんといただこうとする暮らしの姿勢がにじんでいる気がします。

命をいただくということは、ただ「食べる」という行為だけでは終わらないのだと思います。それを料理し、器に盛り、家族や客人と囲み、身体の中へ受け取っていくところまで含めて、はじめて“いただく”になる。

日本人が食事の前に「いただきます」と言うのは、もしかすると、「(あなたの命を)いただきます」ということなのかもしれません。そう考えると、クマ鍋や山菜料理は、狩猟文化の“結果”というよりも、山と人との関係が、もっともやわらかい形で現れる場所 なのかもしれません。

しかも、その食卓には、ただ栄養を摂る以上の意味があるように思えます。山に入る人がいて、刃物を打つ人がいて、季節の山菜を摘む人がいて、それを料理し、ふるまい、食べる人がいる。食卓は、そうした土地の営みの終着点であると同時に、また次の季節へと暮らしをつないでいく始まりでもあります。

現代の私たちは、肉や魚を切り身やパックの状態で買い、それがどこから来たのかを意識しないまま食べることにも慣れています。もちろんそれ自体が悪いわけではありません。

でも、そうやって“食べること”が暮らしから切り離されていくほど、命をいただくという実感もまた、少しずつ遠のいてしまうのかもしれません。

その点で、阿仁のクマ鍋や山菜の食卓は、食べるという行為を、もう一度ちゃんと生活の場所へ引き戻してくれる ように思います。

山から授かったものを、季節の中で受け取り、感謝しながら味わい、次の世代にも手渡していく。そこには、命を“消費”するのではなく、暮らしの中で受け止める という感覚が、今も残っているのでしょう。

『小さな旅』が映すクマ鍋や山菜料理も、ただ「珍しい郷土料理」としてではなく、山に生きる人たちが、命をどう食卓へ戻しているのか を映す場面になるのだと思います。

山で終わらず、食卓へ戻る。そして食卓で終わらず、また暮らしへ戻っていく。その循環の中にこそ、阿仁のマタギ文化の静かな深さがあるのかもしれません。

そして、そうした「いただく」の感覚は、ひとつの食卓の中だけで完結するものではなく、土地の記憶や人のつながりの中で、少しずつ受け継がれてきたものでもあるのでしょう。

<広告の下に続きます>

根子番楽がつなぐ、山の村の時間

山に入る人がいて、山の恵みを食卓へ戻す人がいて、その命を受け取って生きる暮らしがある。けれど、そうした営みは、ひとりひとりの生活だけで成り立っているわけではないのだと思います。

秋田県阿仁に伝わる「根子番楽(ねっこばんがく)」もまた、この土地に流れてきた時間を静かにつないでいるもののひとつなのでしょう。

番楽は、ただ“古くから伝わる芸能”というだけではありません。太鼓や笛の音、舞の所作、受け継がれてきた型のひとつひとつには、その土地で生きてきた人たちの祈りや記憶が折り重なっています。

それは観光のために見せる「文化財」というよりも、この村が、この村であり続けるために守ってきた時間 に近いものなのかもしれません。

マタギの文化もまた、狩りの技術だけで成り立っているわけではありません。山に入る人を送り出し、帰りを待ち、季節の恵みを食卓に並べ、同じ土地で同じ季節を何度も生き直していく人たちがいて、はじめてその文化は続いていくのです。

そう考えると、根子番楽のような存在は、一見すると狩猟や山の暮らしとは別のものに見えて、実はその土台を静かに支えているのかもしれません。

人は、食べることだけでは生きていけません。もちろん命をつなぐために食は欠かせないけれど、それだけでは、人が「ここで生きていく理由」までは持てません。

祭りや踊りや音楽、あるいは土地に伝わる祈りや所作のようなものがあってはじめて、人は自分の暮らしを、ただの生存ではなく“生きること”として受け取れる のかもしれません。

根子番楽には、そうした村の時間が、今も形を変えずに残っているのでしょう。年齢の違う人たちが集まり、同じ型を覚え、同じ音に合わせて身体を動かす。それは単に「伝統を守る」ということ以上に、この土地の時間を次の世代へ手渡していく行為 に見えます。

阿仁のマタギ文化もまた、誰かひとりの特別な技術として残ってきたのではなく、こうした共同体の中で、少しずつ受け継がれてきたのだと思います。

山に入る作法も、命をいただく感覚も、言葉だけで教えられるものではなく、村の空気や季節の行事や食卓の記憶の中で、いつのまにか身体に染み込んでいくものなのかもしれません。

『小さな旅』が根子番楽を映すのは、おそらく“マタギの話から少し逸れるから”ではなく、むしろその逆で、マタギという生き方が、土地全体の時間の中にあること を伝えるためなのでしょう。

狩りだけを見れば、マタギは個人の技のように見えます。けれど、その背後には、村の記憶、祈り、共同体のつながりといった、目には見えにくい土台がずっと流れています。

根子番楽はきっと、その“見えにくい土台”を、音と身体で今に残しているものなのだと思います。だからこの土地で受け継がれているのは、狩りの技術だけではありません。山とともに生きる人たちの時間そのものが、静かに、でも確かに、次の世代へと渡され続けているのでしょう。

<広告の下に続きます>

「いただく」を忘れた時代に、阿仁のマタギが残しているもの

今の私たちは、昔よりずっと多くのものを、簡単に手に入れられるようになりました。食べ物も、季節を問わず店に並び、肉や魚も、きれいに切り分けられた状態で買うことができます。それは便利で、豊かなことでもあります。

けれどその一方で、私たちはいつのまにか、自分が何の命の上に生きているのかを実感しにくい暮らし の中にいるのかもしれません。食べることは、ただの消費ではない。それは本来、ほかの命を自分の命へと受け取ることです。

けれど、その実感が薄れていくほど、「いただきます」という言葉も、ただの挨拶のように軽く通り過ぎてしまう。何かを食べるということの重さも、ありがたさも、少しずつ見えにくくなってしまうのでしょう。

そんな時代だからこそ、阿仁のマタギの暮らしは、どこか古い文化として懐かしむだけでは済まないものを残している気がします。

彼らは、命を奪うことを美化しているわけではありません。自然を支配できるとも思っていない。むしろその逆で、人は自然の中で生かされている存在にすぎない ということを、山の中で、食卓で、そして村の時間の中で、ずっと身体で知ってきた人たちなのだと思います。

だから彼らが残しているのは、「狩猟の技術」だけではありません。それ以上に、命をいただいて生きることを、見ないふりをせずに引き受ける感覚そのものなのではないでしょうか。それは、現代の私たちにとって、少し不便で、少し痛くて、でも本当はとても大事な感覚です。

何かを食べるとき、その向こうにあった命のことを思うこと。自然から何かを受け取るとき、それを当然の権利のように扱わないこと。そして、自分もまた、ほかの命に支えられて生きている小さな存在だと知ること。阿仁のマタギの暮らしは、そんな当たり前のことを、もう一度静かに思い出させてくれるように思います。

『小さな旅』「山に生きるマタギの春〜秋田県阿仁〜」が映すのも、きっとただの“珍しい文化”ではなく、いまを生きる私たち自身にもつながっている問い なのでしょう。

命をいただき、自然に生かされ、それでもなお、人としてどう生きるのか。阿仁の山に残っているのは、単なる昔の暮らしではなく、私たちが置き忘れてきたものの輪郭なのかもしれません。

<広告の下に続きます>

まとめ|マタギ文化とは山の作法かもしれません

秋田県阿仁に残るマタギの暮らしは、ただ「クマを獲る人たち」の話ではありませんでした。山に入る作法があり、命を守る道具があり、授かった恵みを食卓へ戻し、村の時間の中でそれを受け継いでいく——そこには、自然の中で生きることの厳しさと、それでもなお丁寧に暮らそうとする人たちの姿がありました。

私たちは日々、たくさんの命をいただきながら生きています。けれど、そのことを見えにくくしたまま暮らせる時代だからこそ、阿仁のマタギたちの生き方は、少し痛くて、でもどこかあたたかく胸に残ります。

『小さな旅』「山に生きるマタギの春〜秋田県阿仁〜」は、山の文化や狩りの技術を映すだけではなく、“いただく”とは何か、“生きる”とは何か を、静かに問いかけてくれる回になりそうです。

山の恵みを授かり、山の神に感謝しながら、人はどう生きるのか。その答えは簡単には言葉にできないけれど、阿仁の山に流れる時間の中には、私たちが忘れかけていた大切な感覚が、今もそっと残っているのかもしれません。

タイトルとURLをコピーしました