朝、目を覚ませば当たり前のように部屋に灯りがつく時代。けれど、電気がなかった頃、人は小さな炎とともに暮らしていました。食卓を照らし。夜なべ仕事を見守り。祈りの時間に静かに寄り添う。和ろうそくの灯りです。
福岡県みやま市は、和ろうそくの原料となる「櫨蝋(はぜろう)」の国内有数の産地。天然のハゼの実から作られる植物性の蝋は、油煙が少なく、やわらかな炎の揺らぎを生み出します。
その灯りは、ただ明るさを得るためのものではありません。風の気配。人の気配。時間の流れ。目には見えない空気まで、静かに照らしてきました。
江戸時代から受け継がれてきた櫨蝋づくり。手間を惜しまない職人の技。そして、時代が変わっても守り続けられてきた土地の営み。
今回の『あさイチ』では、福岡県みやま市に息づく和ろうそくの世界を訪ねます。小さな炎の向こうに見えてくるのは、灯りそのものではなく、人から人へ受け継がれてきた時間なのかもしれません。
【放送日:2026年5月25日(月)8:15 -9:55・NHK-総合】
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和ろうそくって何が違う?|櫨蝋から生まれるやさしい灯り
ろうそく、と聞くと、多くの人が思い浮かべるのは白く細い洋ろうそくかもしれません。けれど、日本には昔から、もうひとつの灯りがありました。和ろうそくです。和ろうそくの特徴は、その原料。
福岡県みやま市で作られる和ろうそくは、「櫨(はぜ)」の実から採れる「櫨蝋(はぜろう)」を使った植物性の蝋で作られています。石油由来の原料を使う一般的なろうそくとは違い、天然素材ならではのやさしい灯りを生み出します。
炎は少し大きく。ゆらゆらと揺れる。どこか生き物の呼吸のようにも見える、不思議な灯りです。油煙や煤(すす)が少ないことも特徴のひとつ。だから昔から寺院や茶の湯の席、伝統的な空間でも大切に使われてきました。
そして、和ろうそくの魅力は「明るさ」だけではありません。電球は部屋を均一に照らします。けれど和ろうそくは少し違います。明るい場所。少し暗い場所。揺れる影。静かな余白。そこに生まれる陰影が、空間に奥行きを作っていくのです。
昔話。怪談。お寺の本堂。静かな夜の時間。昔の人たちは、ただ部屋を照らしていたのではありません。灯りの向こうに広がる空気を感じながら暮らしていました。
先日まで放送されていたNHKの朝ドラ「ばけばけ」でも、主人公のおトキが怪談を語るとき、その前には和ろうそくがありました。そして最後に「フッ!」と吹き消す…。
和ろうそくは、空気を照らします。そして時間も照らします。人がゆっくり過ごしていた頃の時間。誰かが手をかけて守ってきた時間。小さな炎の揺らぎの中には、そんな日本人の暮らしの記憶が、今も静かに灯っています。
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みやま市はなぜ和ろうそくの里になった?|櫨蝋を育てた筑後の歴史
和ろうそくのやさしい灯りは、突然生まれたものではありません。そこには長い時間をかけて育まれてきた土地の歴史があります。福岡県南部、筑後地方。有明海に面し、豊かな水と肥沃な大地に恵まれたこの地域は、昔から農業や手仕事の文化が根づいてきました。
みやま市周辺では、和ろうそくの原料となる「櫨(はぜ)」の栽培が盛んに行われてきました。秋になると実るハゼの実。その実から取り出される「櫨蝋(はぜろう)」は、江戸時代には貴重な産業資源でした。
電気がない時代。夜を照らす灯りは暮らしに欠かせません。寺社。武家屋敷。商家。人々の暮らしを支える灯りとして、木蝋は大切に使われてきました。
筑後地方が木蝋の産地として発展した背景には、この土地の気候や風土だけではなく、人の営みもありました。苗を植える。木を育てる。実を採る。蝋を作る。ひとつの灯りの向こうに、たくさんの人の仕事がつながっていたのです。
そして筑後は、古くから交通の要衝でもありました。有明海。筑後川の流れ。薩摩街道。人と物が行き交う中で、この土地の技術や文化も育まれてきました。
みやま市の和ろうそくは、単なる地域の特産品ではありません。筑後という土地が育ててきた時間そのもの。豊かな自然。積み重ねられた仕事。受け継がれてきた技。そのすべてが、小さな炎の中に静かに灯っています。
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和ろうそくの炎はなぜ美しい?|影を揺らし、空気を照らす灯り
和ろうそくの魅力は、ただ明るいことではありません。むしろ、少し暗い。少し揺れる。そこにこそ美しさがあります。
和ろうそくの炎は、洋ろうそくより大きく、やわらかく揺らぐのが特徴です。櫨蝋から作られる植物性の蝋。そして、和紙やい草などを使って作られる独特の芯。その組み合わせが、あの静かに揺れる炎を生み出します。
炎は一定ではありません。少し大きくなる。少し小さくなる。ゆらゆらと揺れる。だから影も動く。柱の陰。壁の模様。畳の縁。部屋の空気そのものが、生きているように静かに変わっていきます。
電球は、空間を均一に照らします。LEDは効率よく、隅々まで明るくします。けれど和ろうそくは少し違います。明るい場所。暗い場所。見える場所。見えない場所。その「あいだ」を残してくれる。
だから昔の人は、炎のそばで物語を語りました。怪談もそう。昔話もそう。寺の本堂。茶室。静かな夜。揺れる炎は、見えないものを想像する余白を作ります。
見えそうで見えない。いるようで、いない。だから心が動く。怖さも。懐かしさも。静けさも。炎が揺れるたび、少しずつ空気が変わっていく。和ろうそくは、部屋を照らすだけではありません。空気を照らします。そして時間を照らします。
電気がなかった頃から続いてきた人の暮らし。夜を静かに過ごした時間。誰かが手をかけて守ってきた営み。そのすべてが、小さな炎の揺らぎの中に、今も静かに灯っています。
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手仕事はなぜ受け継がれる?|和ろうそく職人が守る時間
一本の和ろうそくができるまでには、多くの時間が流れています。櫨を育てる。実を収穫する。蝋を作る。芯を整える。一本ずつ、手で仕上げていく。効率だけを考えるなら、もっと簡単な方法はいくらでもある時代です。
けれど、それでも手仕事は受け継がれてきました。なぜなのでしょう。和ろうそくは、単なる製品ではないからかもしれません。そこには技があります。感覚があります。長い時間をかけて磨かれてきた経験があります。
炎を見ればわかる。蝋を触ればわかる。言葉だけでは伝えきれないもの。人から人へ。手から手へ。受け継がれてきた時間があります。福岡県みやま市では、今も櫨蝋を使った和ろうそくづくりが続けられています。
全国でも数少なくなった植物性の和ろうそく。時代が変わっても、その灯りを守る人がいます。派手ではありません。けれど静かに続いています。昔から受け継がれてきた技を、今日もまた誰かが次へ渡している。一本のろうそくの向こうには、そうした人の時間があります。
便利になることは悪いことではありません。新しい技術も大切です。けれど、人の手だから残せるものもあります。少し時間がかかる。少し手間がかかる。でも、その積み重ねがあるからこそ生まれる灯りがあります。揺れる炎の向こうには、今日も静かに、守り続ける人の時間が灯っています。
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揺れる炎に、受け継がれた時間が灯る|みやま市が守る和ろうそくの物語
小さな炎が、静かに揺れています。大きく燃え上がるわけではありません。部屋の隅々まで明るく照らすわけでもありません。けれど、その灯りには不思議な力があります。人の気持ちを少しゆっくりにする。空気をやわらかくする。時間の流れを、少しだけ静かにする。
福岡県みやま市で受け継がれてきた和ろうそく。櫨を育てる人。実を採る人。蝋を作る人。手仕事を守る人。たくさんの人の時間がつながり、小さな炎へと受け継がれてきました。
便利な時代になりました。電気をつければ、部屋はすぐに明るくなります。LEDは長持ちして、効率もいい。けれど、人は時々、効率だけでは届かないものを求めます。少し揺れる灯り。少し残る暗がり。見えそうで見えない余白。
昔の人が感じていた夜の時間。人の気配。静けさ。和ろうそくは、ただ部屋を照らすものではありません。空気を照らします。時間を照らします。そして、人から人へ受け継がれてきた営みを、静かに灯し続けています。
みやま市に残る和ろうそくの文化。その小さな炎の向こうには、土地が守り続けてきた時間があります。揺らぎながら。消えそうで消えない灯りのように。今日もまた、人の手によって受け継がれています。『あさイチ』福岡県みやま市「和ろうそく」。そこに灯っていたのは、蝋ではなく、受け継がれてきた人の時間だったのかもしれません。