伊豆・湯ヶ島の山あいには、澄んだ水が流れ続ける静かなわさび田がある。石積みの棚田のような畑。ひんやりとした空気。そして、水の音に包まれながら育つ緑のわさび。その中でも“幻”と呼ばれるのが、「真妻(まづま)わさび」だ。
強い辛み。豊かな香り。そして、あとからほんのりと残る甘み。一般的なわさびよりも長い時間をかけて育てられる真妻わさびは、栽培が難しく、生産量も少ない。
それでも伊豆では、代々、この味を守り続けてきた家族がいる。さらに今、その伝統を支えているのは、放射線技師として働いてきた息子が生み出した“新しい技術”だという。
なぜ“幻のわさび”は守られ続けるのか。「食彩の王国」が見つめるのは、伊豆の清らかな水と、家族が受け継いできた時間である。
【放送日:2026年5月9日(土)9:30 -9:55・テレビ朝日】
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なぜ伊豆のわさびは特別なのか?|水が育てる“真妻わさび”
伊豆のわさび田には、独特の静けさがある。山の斜面に沿って積まれた石。その間を絶えず流れ続ける、澄んだ水。耳を澄ませると、聞こえてくるのは水の音ばかりだ。
わさびは、とても繊細な植物だという。強すぎる日差し。濁った水。わずかな環境の変化でも、味や香りに影響してしまう。だからこそ、伊豆の山深い環境が、わさび栽培に適していた。
天城山系から流れる冷たい湧水。年間を通して安定した水温。そして、豊かな森が育む清らかな水。伊豆のわさびは、こうした自然の条件によって支えられている。その中でも“幻”と呼ばれるのが、真妻(まづま)わさびだ。
強い辛みと、鼻に抜ける香り。さらに、あとからほんのり甘みが残る上品な味わい。一般的なわさびよりも粘りが強く、食通たちから高く評価されている。
けれど、その美味しさは、ただ“辛い”だけでは語れない。真妻わさびの魅力は、伊豆の冷たい水と、長い時間が育てているのだろう。――水が育てる味。そこには、山の自然と向き合いながら受け継がれてきた、伊豆ならではの風土が息づいている。
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“幻”と呼ばれる理由|真妻わさびに必要な長い時間
真妻わさびが“幻”と呼ばれるのには、理由がある。そのひとつが、育つまでに必要な“長い時間”だ。一般的なわさびよりも、真妻わさびは成長がゆっくりだという。
冷たい水の中で、少しずつ根を太らせながら、香りと辛みを育てていく。けれど、その長い栽培期間のあいだには、さまざまな難しさがある。
病気。水温の変化。そして、外からは分からない内部の黒変。丹精込めて育てても、収穫して初めて状態が分かることも少なくなかった。時間をかけるほど、リスクも増えていく。
それでも飯田さん一家は、真妻わさびを作り続けてきた。強い辛みの奥にある、やわらかな甘み。その味わいは、簡単には生み出せないものだからだ。
大量生産ではなく、手間と時間を惜しまないこと。真妻わさびの価値は、まさにその“待つ時間”の中にあるのかもしれない。――ゆっくり育つからこそ、生まれる味。そこには、効率だけでは測れない、伊豆のわさび作りの哲学が静かに息づいている。
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家族で守り続ける味|わさび農家・飯田家の時間
伊豆の山あいで、真妻わさびを守り続けてきた飯田さん一家。わさび作りは、ただ作物を育てる仕事ではない。毎日、水の流れを見て、石の間を整え、わずかな変化に気を配りながら、自然と向き合い続ける暮らしだ。
わさび田には、絶えず冷たい水が流れている。夏でもひんやりとした空気。静かな山の音。その中で、親から子へ、少しずつ技術と感覚が受け継がれてきた。どれくらい水を流すのか。どのタイミングで手を入れるのか。言葉だけでは伝えきれない“勘”のようなものもあるのだろう。
父・茂雄さんが守ってきた真妻わさび。そして、その背中を見ながら育ってきた息子・訓司さん。親子で同じ水を見つめながら、同じ味を守り続けている。けれど、それは単に“昔のまま続ける”ということではない。変わりゆく時代の中で、どう残していくのかを考え続けることでもある。
――家族で守り続ける味。その奥には、伊豆の山と水に寄り添いながら積み重ねてきた、静かな時間が流れている。
【江戸時代から続く真妻わさび農家】イリヤマナカ
- 静岡県伊豆市地蔵堂88
- TEL:0558-83-1130
- mail:iriyamanaka@gmail.com
- HP:https://iriyamanaka.com/
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伝統は進化して続いていく|息子が生んだ“わさび判定法”
真妻わさびを育てる中で、飯田さん一家には、長年の悩みがあった。それが、内部の黒変だ。外から見ると美しく育っていても、収穫して初めて、中が黒く傷んでいることが分かる。時間をかけて育てたわさびほど、その損失は大きい。
特に真妻わさびは、一般的なわさびより栽培期間が長く、繊細な品種でもある。だからこそ、“見えない異変”をどう見つけるかが、大きな課題だった。
そこで立ち上がったのが、息子の訓司さんだ。放射線技師として働いてきた経験を生かし、わさび内部の状態を調べるための新たな方法を模索していく。
わさび農家「イリヤマナカ」のInstagramなどでも紹介されているのが、光センサーを活用した判定の試みだ。外からでは分からない黒変を、光の反応から見つけ出そうとしている。それは、単なる“効率化”ではない。父の代から守り続けてきた真妻わさびを、これから先も残していくための挑戦なのだ。
伝統とは、昔のまま変わらないことではない。守りたい味があるからこそ、新しい知識や技術を取り入れていく。伊豆のわさび田では今、山の水と共に、そんな新しい時間も流れ始めている。
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涙のあとに甘みが残る|真妻わさびが生きる料理たち
真妻わさびの魅力は、ただ“辛い”だけでは終わらない。すりおろした瞬間に広がる、澄んだ香り。そして、鼻に抜ける強い辛みのあとから、ふわりと甘みが残る。その余韻こそが、真妻わさびならではの美味しさなのだろう。
伊豆では、その香りを生かした料理が、さまざまな形で楽しまれている。地魚と合わせる寿司。静かに香りを引き立てる和食。そして今回登場するのが、伊東市にある「のんき寿司」の“涙巻き寿司”だ。

涙が出るほどの辛み。けれど、不思議と箸が止まらない。辛さの奥にある香りや甘みが、次のひと口を誘っていく。
のんき寿司
- 静岡県伊東市宮川町1丁目2−10
- TEL:0557-37-2454
- 営業時間:11:30~14:00、17:00~22:00
- 定休日:水曜
- URL:https://www.nonkizushi.com/
さらに、伊東市のR135号線から伊豆急の「富戸駅」に降りていく道の途中にある、イタリアン「レガーロテッラ」では、真妻わさびを使った新作料理にも挑戦するという。注目したのは、普段あまり使われない“わさびの茎”。そこに伊豆ならではの食材を組み合わせることで、新しい美味しさを引き出していく。
レガーロテッラ
- 静岡県伊東市富戸1108−35
- TEL:0557-48-7798
- 営業時間:11:30~15:00、18:00~22:00
- 定休日:水曜
- URL:http://regaloterra.com/
伝統の食材でありながら、和食だけにとどまらない。真妻わさびには、そんな奥深さもあるのだろう。――涙のあとに甘みが残る。それはきっと、伊豆の冷たい水と、長い時間が育てた味だからなのかもしれない。
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なぜ“幻のわさび”は守られるのか?|伊豆に流れる家族の時間
伊豆のわさび田には、今日も変わらず水が流れている。山の湧水が、石積みの間を静かに通り抜け、わさびの緑をやさしく育てていく。その風景は、何十年も前から、きっと大きくは変わっていない。けれど、その“変わらなさ”を守るためには、人の手と時間が必要だった。
長い時間をかけて育てる真妻わさび。病気や黒変と向き合う難しさ。そして、次の世代へ受け継いでいく責任。飯田さん一家は、伊豆の水と向き合いながら、そのすべてを抱えてきた。
父が守ってきた味。息子が新しい技術で支えようとする未来。そこには、“昔ながら”だけでは終わらない、家族の時間が流れている。だからこそ真妻わさびは、単なる高級食材ではないのだろう。
伊豆の自然。山の水。そして、人が積み重ねてきた時間。そのすべてが重なって、“幻”と呼ばれる味を育てている。――なぜ“幻のわさび”は守られるのか。その答えはきっと、辛みの奥に残るやさしい甘みのように、人から人へ静かに受け継がれていくのかもしれない。


