乾きが生む秩序 ナミブ砂漠──霧を飲む命と砂の円環|Nスぺ・ホットスポット2

夜明けのナビブ砂漠 BLOG
ナミブ砂漠は、何も語らない。ただ風を受け、砂を運び、円を描き続ける。
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赤い砂の大地に、無数の円が広がっている。直径数メートル、草の生えない裸の輪。まるで誰かが空から幾何学模様を描いたような、不思議な光景。

アフリカ南西部、世界で最も古い砂漠といわれるナミブ砂漠。そこでは、生命は「乾き」とともに生きている。水はほとんど降らない。それでも命は消えない。むしろ、乾燥という制約のなかで、秩序が生まれる。

フェアリーサークルと呼ばれる円の謎。霧を集めて水を飲む小さな生きもの。灼熱の砂の上を疾走するカメレオン。夜の闇に現れる幻の珍獣ツチブタ。乾きは、ただ奪うのではない。ときに、形をつくる。赤い砂漠に隠された“設計図”をたどる、地球の旅がはじまる。

【放送日:2026年3月1日(日)9:00 -9:49・NHK-BSP4K】
【放送日:2026年3月3日(火)18:11 -19:00・NHK BSP4K】

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世界最古の砂漠とは?──時間が乾いた場所

地図を広げて、アフリカ大陸の南西へ目を向ける。大西洋に沿って、細長く伸びる赤い帯。それがナミブ砂漠だ。海のすぐそばに、砂の海がある。それだけでも少し不思議だ。

ナミブは「世界最古の砂漠」といわれる。少なくとも五千五百万年以上、乾燥した環境が続いてきたと考えられている。どうしてそんなことがわかるのだろう。

鍵になるのは、海だ。ナミブの沖を流れるのは、冷たいベンゲラ海流。南大西洋のアフリカ南端から北西へ向かって流れる冷たい寒流だ。

冷たい海流は空気を冷やし、上昇気流を弱める。雲が育ちにくく、雨が降らない。この寒流の存在が、長いあいだ変わらず続いてきたことが、周囲の地層や堆積物の分析からわかっている。

砂丘の年代測定や岩盤の風化の痕跡もまた、この土地がきわめて長期にわたって乾いていたことを示している。つまりナミブは、偶然できた砂漠ではない。地球規模の海流と大気循環が、何千万年もかけて維持してきた“気候の構造”の上にある。

五千五百万年という時間は、人間の感覚からすれば、ほとんど永遠に近い。そのあいだ、砂は移動し、風は形を変え、それでも「乾いている」という条件だけは保たれてきた。

乾燥は、欠乏ではない。それはひとつの前提だ。水が少ないという制約のなかで、命はどうふるまうのか。どんな形を選び、どんな仕組みを生み出すのか。ナミブ砂漠は、その問いを何千万年もかけて考え続けてきた場所なのかもしれない。赤い砂の上に立つとき、そこにあるのは空虚ではなく、時間が乾いて結晶化した風景だ。

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砂漠に描かれた円──フェアリーサークルの謎

上空からナミブ砂漠を眺めると、赤い大地に無数の円が浮かび上がる。直径はおよそ5メートル前後。その内側だけ、草が生えていない。しかも、それらはばらばらではなく、どこか規則的に、互いに距離を保ちながら並んでいる。

フェアリーサークル――妖精の輪と呼ばれるこの現象は、長いあいだ謎とされてきた。誰が、何のために、こんな幾何学模様を描いたのか?

フェアリーサークル(出典:カラパイア)
フェアリーサークル(出典:カラパイア)

かつてはシロアリの仕業だと考えられた。地下で水分を確保するために植物を枯らし、結果として円形の裸地ができるという説だ。一方で、近年有力になっているのは、植物同士の「水の奪い合い」による自己組織化という考え方だ。

雨がほとんど降らない土地では、植物はわずかな水を求めて根を広げる。もし近くに別の植物があれば、互いに水を奪い合い、共倒れになる可能性が高い。その結果、一定の距離を保つほうが生き残りやすい。すると、最初は偶然だったはずの配置が、やがて規則的なパターンへと整っていく。これを自己組織化という。

中央に指揮者がいるわけではない。命令もない。ただ、環境という制約のなかで、最も安定する形が自然に現れる。

フェアリーサークルは、砂漠が描いた偶然の落書きではない。乾きという条件のもとで、植物が選び取った“距離”のかたちなのだ。水が少ないからこそ、空間は分け合われる。奪い合いは、やがて秩序になる。赤い砂の上に広がる無数の円は、命がつくった幾何学。乾きが生んだ、静かな設計図である。

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空気から水を飲む!?──霧を収穫する命

雨がほとんど降らないナミブ砂漠。それでも命は途切れない。その理由のひとつが、「霧」だ。大西洋から流れ込む冷たいベンゲラ海流。その上を通る湿った空気は、内陸の熱い大地と出会い、朝方、白い霧となって砂漠を包むことがある。

年間降水量はきわめて少ない。けれど、霧は別だ。水は、空から落ちてこなくてもいい。空気のなかに、すでに含まれている。この見えにくい水を利用する生きものがいる。

たとえばナミブの甲虫。体を逆立ちさせるようにして風に向かい、背中に霧を受け止める。微細な凹凸のある表面に水滴が凝結し、やがて重みをもって口元へと流れ落ちる。まるで空気を飲んでいるかのようだ。一部のトカゲもまた、皮膚や目のまわりに付着した水分を舐め取る。

砂漠の朝は短い。そのわずかな時間に、必要な水を確保する。これをフォグ・ハーベスティング――霧の収穫という。液体の水を探すのではない。水蒸気や霧を、液体に変える。乾燥地帯では、生きることは発想の転換でもある。ないものを嘆くのではなく、あるものを見つける。

霧は目に見えにくい。けれど確かに存在する。ナミブの命は、そのかすかな気配を逃さない。乾きは、すべてを奪うわけではない。ときに、空気のなかに隠された恵みをそっと教えてくれる。

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灼熱を走る!──疾走カメレオンの戦略

朝のやわらかな霧が消えると、砂は急速に熱を帯びる。ナミブの地表は、日中60℃を超えることもある。触れれば焼ける。立ち止まれば、体温はすぐに上がる。

そんな大地の上を、一匹のカメレオンが走る。ゆらり、ではない。哲学者のように枝を渡る姿とも違う。砂の上では、彼らは短い距離を一気に駆け抜ける。止まり、また走る。止まり、また走る。これは気まぐれではない。砂との接触時間を減らし、体温の上昇を抑えるための戦略だ。足裏が熱を受け続ければ、命に関わる。

ナミブのカメレオンは、色を変えるだけの存在ではない。熱という物理法則と戦うために、動き方そのものを最適化している。乾燥地帯での生存は、根性論ではない。エネルギーの計算であり、熱の管理であり、秒単位の判断だ。

砂の上を走るその姿は、どこか滑稽にも見える。けれど、その一歩一歩は理にかなっている。環境が厳しいほど、生きもののふるまいは洗練される。ゆっくり揺れる森のカメレオンと、灼熱を疾走する砂漠のカメレオン。同じ名を持ちながら、その生き方はまるで違う。

乾きは、命を削るだけではない。命を研ぎ澄ませる。赤い砂の上を走る小さな影は、砂漠という条件が生んだ、動く設計図だ。

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夜の設計者?!──ツチブタという裏方

日が沈み、砂漠の熱がゆっくりと逃げていくころ、地面のどこかが静かに崩れる。そこから現れるのが、ツチブタだ。豚のような鼻。長い耳。ずんぐりした体。どこか愛嬌のある姿だが、その前足には強靭な爪がある。彼らは夜行性。主な目的はシロアリやアリを食べること。だが、その過程で大きな“穴”を掘る

数メートルに及ぶ巣穴。砂漠ではそれが、命の避難所になる。昼の灼熱から逃れるため、小型哺乳類や爬虫類がその穴を利用する。ときにはフクロウやジャッカルまでも。

ツチブタは豚と言われるがブタとは関係がない。どちらかというとアリクイと外見や食性が似ているが、ツチブタ科に属する1属1種のユニークな存在で、分類的にはハイラックスに近い存在だ。

ツチブタ(出典:ナショナルジオグラフィック日本版)
ツチブタ(出典:ナショナルジオグラフィック日本版)

ツチブタは、意図して建築しているわけではない。ただ食べ、ただ生きている。けれど結果として、彼らの行動は“空間”を生む。生態学ではこうした存在を「エコシステム・エンジニア」と呼ぶ。自らの活動によって、他の生きものが暮らせる環境を作る者。

フェアリーサークルが植物の距離の産物なら、ツチブタの穴は動物の距離を縮める。乾いた大地に、目に見えない地下のネットワークが広がっている。昼の砂丘には何もないように見える。だが夜には、静かな設計者が動いている。

秩序は、必ずしも意図から生まれるわけではない。無数の円。霧を集める甲虫。灼熱を走るカメレオン。そして穴を掘るツチブタ。それぞれは自分のために生きている。けれど、その重なりが砂漠の構造をつくる。

乾きは孤立を生まない。むしろ、静かにつながりを生む。夜の砂漠で掘られるひとつの穴は、見えない都市の入口なのかもしれない。

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乾きが生む秩序とは?──砂漠という設計図

ナミブ砂漠を貫いているのは、ひとつの単純な条件だ。水が少ない。それだけだ。けれど、その「だけ」が、すべてを形づくる。

植物は互いの距離を調整し、円を描く。昆虫は霧を集め、水蒸気や霧を液体へ変える。カメレオンは熱を計算し、走る。ツチブタは穴を掘り、他者の居場所を生む。

どれも命令ではない。中心に設計者はいない。だが、結果として秩序が立ち上がる。これを科学では自己組織化と呼ぶ。制約のもとで、最も安定する構造が自然に現れる現象だ。

乾きは破壊ではない。条件である。条件があるから、ふるまいが決まり、形が生まれ、関係が編まれていく。フェアリーサークルの円も、地下の巣穴のネットワークも、目に見えない水の流れも、すべては制約から導かれた答えだ。

砂漠は空白ではない。むしろ、余計なものを削ぎ落としたあとの純粋なロジックの場だ。もしそこに思想があるとすれば、それはこういうことかもしれない。

足りないからこそ、整う。
乾いているからこそ、かたちになる。

ナミブ砂漠は、何も語らない。ただ風を受け、砂を運び、円を描き続ける。その静かな営みのなかに、地球という星の設計図が、そっと現れている。

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