命は森に育まれる|日本海・佐渡 海藻の森の四季【ワイルドライフ】

たらい船から箱眼鏡で海の中を覗く女性 BLOG
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海に入ると、視界は一気にやわらぐ。光は揺れ、音は遠くなり、足元には、思いのほか密な世界が広がっている。自分が吐く呼吸の泡の音だけがあたりを支配する。

日本海・佐渡。ここには、世界屈指といわれる海藻の森が育っている。岩に根を張り、潮に身を揺らしながら、静かに広がる海の森。その中で、無数の命が行き交い、出会い、生まれ、守られてきた。

夏、巨大なコブダイがぶつかり合う。群れをなす魚たちが集い、新しい命が産み落とされる。夜には、鮮やかな色が闇に浮かび、冬には、卵を守るために命を懸ける魚の姿がある。

海藻の森は、ただの背景ではない。そこは、命のドラマが成立する舞台そのものだ。NHK「ワイルドライフ」は、日本海・佐渡の海藻の森を通して、生きものたちの四季と、それを支える「場」の力を見つめていく。

【放送日:2026年2月3日(火)19:30 -21:00・NHK BSP4K】

海の中に広がる「森」― 佐渡の海藻の世界

佐渡の海に潜ると、まず目に入るのは、魚よりも先に、揺れる影だ。海底から立ち上がるように伸びる海藻。葉は幾重にも重なり、潮の流れに合わせて、静かに身を揺らしている。それは、一本一本が独立した存在でありながら、全体としては、ひとつの大きな空間をつくり出している。

光は、海藻のあいだを縫うように差し込み、海底にやわらかな模様を落とす。視界は開けすぎず、閉じすぎもしない。佐渡の海藻の森が「世界屈指」といわれる理由は、その密度にある。隠れる場所があり、休む場所があり、産み、守る場所がある。

ここでは、生きものたちが身を寄せる“余白”が確かに用意されている。海藻は、ただ生えているだけではない。潮を和らげ、外敵の目を遮り、命が続くための条件を整えてきた。森があることで、生きものたちは無理に主張する必要がなくなる。

速く泳ぐことも、大きくなることも、唯一の答えではなくなる。佐渡の海藻の森は、命を選別する場所ではない。命を受け止める場所だ。この静かな空間があるからこそ、やがて、巨大魚の衝突も、新しい命の誕生も、夜の恋の舞も、冬の覚悟も、すべてがここで起こり得る。海の中の森は、物語の舞台ではなく、物語そのものなのだ。

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夏、巨大魚がぶつかる ― コブダイの闘い

夏の佐渡の海は、一気に騒がしくなる。海藻の森の奥から、ぬっと現れる影。体長は、ゆうに1メートルを超える。巨大魚、コブダイだ。分厚い体。突き出た額。その姿は、森の中ではあまりにも異質で、それだけで視線を引きつける。

夏は、コブダイにとって特別な季節だ。メスを巡り、オス同士が正面からぶつかり合う。逃げも隠れもせず、文字どおり、頭と頭を激突させる。水中に、鈍い衝撃音が響く。その一瞬、周囲の魚たちが距離をとる。

だが、この闘いは、無秩序な争いではない。海藻の森という限られた空間の中で、互いの力を確かめ、優位を示すための行動だ。

森があるからこそ、闘いは森の外へ広がらない。視界が遮られ、距離が制限されることで、無駄な追撃は起こらない。巨大であることは、ここでは単なる強さではない。森の中でどう振る舞うかが、問われている。

コブダイの闘いは、支配ではなく、秩序を保つための行為だ。そのすぐ足元では、海藻が揺れ、小さな魚たちが身を潜めている。

巨大魚の衝突もまた、この森の営みのひとつ。夏の佐渡の海は、静けさと激しさを、同時に抱えている。

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群れが集い、命が生まれる ― オキタナゴの出産

夏の海藻の森に、ある時期になると、小さな魚たちが集まりはじめる。
オキタナゴ。一見すると、どこにでもいそうな、目立たない魚だ。けれど、この魚は、海の中では珍しい生き方を選んでいる。オキタナゴは、卵を産まない。子どもを産む。体の中で卵を育て、稚魚の姿になってから、外の世界へ送り出す。魚でありながら、出産という方法をとる存在だ。

その舞台に選ばれるのが、決まって、この海藻の森である。揺れる葉のあいだ。視界がほどよく遮られ、外敵の目が届きにくい空間。ここは、生まれたばかりの命にとって、数少ない安全な場所だ。群れが集まり、その中で、ひとつ、またひとつと、小さな命が放たれていく。

森の中では、出産は大きな出来事として主張されない。静かに、当たり前のこととして、繰り返される。もし、この森がなかったら。もし、隠れる場所が失われたら。この生き方は、成立しない。オキタナゴの出産は、特別な能力の物語ではない。場があるからこそ選ばれた、生き方の物語だ。

海藻の森は、闘いの場であると同時に、命が生まれる場所でもある。その両方を抱え込めるほど、この森は、豊かで、深い。

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夜の森で始まる恋 ― 鮮やかな求愛の舞

日が沈むと、佐渡の海藻の森は、昼とはまったく違う表情を見せはじめる。光は弱まり、色は沈む。代わりに、普段は目立たなかった存在が、静かに動き出す。そのひとつが、アイナメだ。

昼間のアイナメは、岩陰に身を寄せ、どこか控えめな印象がある。けれど夜になると、その姿は一変する。オスは、鮮やかな赤いヒレを大きく広げ、体をくねらせるように動く。まるで、海藻のあいだで踊っているかのようだ。この動きは、威嚇でも、狩りでもない。求愛のダンスだ。

森の中で、相手の視線を引きつけるために、色と動きを最大限に使う。暗闇の中だからこそ、その赤は、はっとするほど際立つ。海藻の森は、夜になると、光のない舞台になる。

周囲の視界が限られることで、この繊細なダンスが、無駄なく伝わる。もし、開けた海底だったら。もし、隠れる場所のない場所だったら。この恋の形は、生まれなかったかもしれない。

アイナメの求愛は、派手な競争ではない。静かに、しかし確かに、命をつなぐための表現だ。昼の闘い。昼の出産。そして、夜の恋。海藻の森は、時間帯によって、まったく異なる役割を担っている。命は、休むことなく、この森の中で、姿を変えながら続いている。

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冬、卵を守る ― 黄金色のアイナメの覚悟

冬の佐渡の海は、静かで、厳しい。水温は下がり、海藻の揺れも、どこか重たくなる。生きものたちは、動きを最小限にしながら、この季節をやり過ごす。その中で、ひときわ目を引く存在がいる。黄金色に輝く、アイナメのオスだ。

海藻に産み付けられた卵。小さく、透明で、宝石のように連なるその塊を、オスは体を張って守り続ける。外敵が近づけば、すぐに追い払う。餌をとる時間も惜しみ、その場を離れない。

この行動は、衝動ではない。偶然でもない。卵を守るという選択は、この厳冬の海で、命を次につなぐためにDNAに刻まれてきた行動だ。

動けば凍える。離れれば奪われる。それでも、その場に留まる。黄金色に見える体も、誇示のためではない。守るべきものがあるという事実が、そう見せているだけなのかもしれない。

夏の恋のダンスは、ここへとつながっていた。海藻の森は、出会いの場であり、誕生の場であり、そして、守り抜く場でもある。冬の静けさの中で、アイナメは、ひとつの命の重さを、その体で引き受けている。

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人もまた、森と生きてきた ― たらい舟の海

佐渡の海藻の森は、魚たちだけの世界ではなかった。この海では、人もまた、森の存在を前提に暮らしてきた。たらい舟。丸い木の舟に身を乗せ、静かに海面を進む独特の漁法だ。狙うのは、魚ではない。海底に張りつくアワビやサザエ。海藻の森に育まれた、硬い殻の命たちだ。

小回りが利き、海底をのぞき込みやすい。たらい舟は、森を荒らさず、必要な分だけを受け取るための道具だった。海藻の森がどこにあり、どこが育ちやすく、どこに手を入れてはいけないのか。それは、長い時間をかけて培われてきた感覚だ。

人は、森を支配していたわけではない。ましてや、切り崩していたわけでもない。そこにあることを前提に、距離を測りながら、生きてきた。

海藻の森が豊かであれば、海は応えてくれる。獲りすぎれば、やがて静かになる。その循環を、言葉ではなく、経験として知っていた。

今では、たらい舟は、観光の象徴として知られている。けれどその背景には、海藻の森とともに生きてきた人の時間がある。

魚が生まれ、守られ、育つ場所。そして、人が恵みを受け取る場所。佐渡の海では、その境界線が、とても近いところに引かれてきた。

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森が消えれば、命の物語も消える

海藻の森が失われるとき、真っ先に消えるのは、目に見える生きものではない。出会いの場。隠れる場所。産み、守るための空間。命の物語が始まる条件そのものが、静かに失われていく。

なぜ森が消えるのか。温暖化なのか、海藻を食べる魚の増加なのか。理由は、ひとつではないのかもしれない。確かなのは、まだすべてが分かっているわけではない、ということだ。それでも、森があったときに成立していた営みが、次々と姿を消している事実だけは、否定できない。

巨大魚の闘いも、静かな出産も、夜の恋も、冬の覚悟も。それらはすべて、「場」があってこそ、物語として続いてきた。森が消えれば、命はすぐに絶えるわけではない。けれど、語られるべき物語は、ひとつずつ、途切れていく。

これは、人類への警告というより、地球が、すべての生きものに向けて発している継承のサインなのかもしれない。どの命を残すのかではなく、どんな場所を残すのか。その問いが、今、静かに投げかけられている。

日本海・佐渡の海藻の森は、今日も揺れている。命を抱え、物語をつなぎながら。その揺れに、耳を澄ませること。それが、次の季節へ手渡せる、最初の一歩なのだろう。

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