母の漬け物を、未来へ人生の楽園 「笑顔のがっこ食堂」〜秋田・五城目町
秋田の朝市には、長いあいだ当たり前のように並んでいた味がある。家で漬けた野菜を樽から出し、「食べてみれ」と声をかけながら、人と人が言葉を交わす——そんな時間のそばにあったのが、「がっこ」だった。
けれど数年前、食品衛生法の改正によって、家庭で作られた漬物を売ることが難しくなった。安全のための制度である一方、朝市からは、あの懐かしい風景が静かに姿を消しかけていた。
秋田県五城目町。この町で育ち、祖母や母が作る漬物に親しんできた佐藤香織さんは、「このままでは、母の漬け物が食べられなくなる」そう感じたとき、立ち止まらなかった。
選んだのは、失われた味を嘆くことではなく、未来に残すための場所をつくること。母の漬け物を主役にした食堂。漬物を囲んで、お茶を飲み、語り合う「がっこ茶っこ」の文化を、もう一度日常の中へ。
五城目町に生まれた「笑顔のがっこ食堂」は、漬物を売るための店ではない。味と時間と、人のつながりを、未来へ手渡す場所だ。
【放送日:2026年1月24日(土)18:00 -18:30・テレビ朝日】
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五城目町の朝市と「がっこ」のある風景 — 当たり前だった味と、人が集まる時間
秋田県五城目町の朝市は、何か特別なことが起きる場所ではない。朝の冷たい空気の中、店先に並ぶ野菜や漬物、それをのぞき込みながら交わされる、短い言葉。「寒いな」「今年は出来いいよ」そんなやり取りが、当たり前のように続いてきた。その風景の中に、いつもあったのが「がっこ」だった。
大根や野菜を漬けただけの、素朴な味。けれどそれは、買うためだけに並べられていたものではない。味を確かめ、作り方を聞き、世間話をしながら笑う——がっこは、人と人をつなぐ真ん中にあった。
五城目町で育った人にとって、がっこは特別なごちそうではない。毎日の食卓にあり、お茶の時間に添えられ、誰かが来れば、自然と出てくる存在だった。
朝市のがっこも、同じだ。樽のふたを開け、「ちょっと食べてみれ」と声をかける。そこから始まる会話が、町のリズムをつくってきた。だから、がっこが並ばなくなるということは、単に一つの商品が消えることではない。人が立ち止まり、言葉を交わす時間が、少しずつ失われていくことでもあった。
この章で描きたいのは、懐かしさだけではない。「当たり前にあった風景が、どれほど大切な役割を果たしていたのか」そのことを、そっと思い出すための場所だ。
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祖母から母へ、そして娘へ — 家庭の台所で受け継がれてきた漬け物の味
佐藤香織さんが育った家には、いつも漬け物があった。特別な日だけではない。ごはんの横に、お茶の時間に、誰かが訪ねてきたときに——がっこは、暮らしの真ん中に置かれていた。その味の原点は、祖母にある。友人たちを招き、漬け物を囲んでお茶を飲み、笑い、語り合う。「がっこ茶っこ」と呼ばれる、
五城目町ならではの時間の中で、香織さんは自然と、その輪に加わっていた。母の本間ミネ子さんも、その背中を見て育った一人だ。家族のために漬け、季節ごとに味を変え、少しずつ工夫を重ねる。いつしか周囲からは、「漬物上手」と呼ばれるようになった。
それは、レシピがあったからではない。数字で量ったからでもない。野菜の具合を見て、天候を感じ、長年の感覚で、「今日はここまで」と判断する。台所で積み重ねられてきた時間そのものが、味になっていた。香織さんにとって、母の漬け物は、「伝統工芸」でも「商品」でもなかった。
家族をつなぎ、人を迎え、会話を生む、ごく自然な存在だった。だからこそ、その味が途切れてしまうかもしれないと知ったとき、胸に浮かんだのは、失われる不安だけではない。
「この味を、次の世代に、どう手渡すか」祖母から母へ。母から娘へ。五城目町の台所で続いてきたその流れは、ここで終わらせてはいけないものだった。
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食品衛生法改正がもたらした現実 — 安全のための制度と、消えかけた朝市のがっこ
およそ5年前、食品衛生法の改正によって、漬物の製造・販売をめぐる環境は大きく変わった。目的は、食の安全を守ること。一定の衛生基準を満たした加工所がなければ、漬物を販売できなくなったのだ。この制度は、大量生産や流通を前提とした食品にとっては、理にかなったものだった。
けれど、五城目町の朝市で続いてきた家庭の台所から生まれる漬物にとっては、あまりにも高い壁でもあった。長年、家で漬けてきた味。少量を、顔の見える相手に手渡す商い。それが一夜にして、「売れないもの」になってしまった。
母・ミネ子さんが朝市で販売してきたがっこも、例外ではない。加工所がなければ、これまで当たり前に続いてきたことが、続けられなくなる。「このままでは、朝市から“がっこ”の店が消えてしまう」それは、一つの商いが終わるという話ではない。
がっこを囲んで交わされてきた会話や、人と人のつながりが、静かに失われていくことを意味していた。制度は、誰かを困らせるために作られたものではない。けれど、制度が想定していなかった現場が、確かにここにあった。
この現実を前にして、佐藤香織さんは、怒りや諦めを選ばなかった。選んだのは、制度の内側で、味を守る道を探すことだった。
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「このままでは終わらせない」 — 娘・香織さんの決断
「このままでは、母の漬け物が食べられなくなる」そう気づいたとき、香織さんの胸に浮かんだのは、誰かを責める言葉ではなかった。どうすれば、続けられるのか?どうすれば、母の味を、五城目町の朝市の記憶を、未来につなげられるのか?
選んだ答えは、制度の外で嘆くことではなく、制度の内側で、続ける形をつくることだった。知り合いの実家を購入し、そこを店に改装する。そして厨房の奥には、母・ミネ子さんが漬け物を作るための加工所を設ける。簡単な決断ではない。時間も、お金も、労力も、覚悟も必要だった。
それでも香織さんは、足を止めなかった。母の手仕事を、「昔ながらの味」として終わらせたくなかった。家庭の台所で受け継がれてきたものを、これからの暮らしの中に置き直したかったのだ。
2024年、五城目町に新しい場所が生まれる。食堂「GaccoChacco(がっこちゃっこ)処、道」。それは、漬け物を“売る”ためだけの店ではない。
漬け物を囲んで、人が集い、言葉を交わし、時間を共有するための場所。「このままでは終わらせない」その言葉は、声高な宣言ではなく、行動そのものとして、町に置かれた。
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笑顔のがっこ食堂「GaccoChacco処、道」 — 主役は、今日の定食のお漬物
暖簾をくぐると、まず目に入るのは、派手なメニューでも流行の料理でもない。ここで主役を張るのは、母・ミネ子さんが漬けたお漬物だ。「今日の定食」は、肉や魚が前に出る一般的な定食とは少し違う。添え物になりがちな漬物が、ここでは堂々と中心に置かれている。
常時およそ50種類。季節や仕込みによって顔ぶれは変わるが、三人連れのお客さんなら三種類、それぞれ違うがっこが並ぶように用意される。自然と始まるのは、「これ、どんな味?」「そっちはどう?」という会話だ。食べ比べは、競争じゃない。語るためのきっかけだ。
厨房の奥では、ミネ子さんがいつもの手つきで漬け物を仕込む。加工所という新しい場所に移っても、味の核は変わらない。長年の勘と感覚が、今日も静かに働いている。この食堂が生み出しているのは、単なる“食事の場”ではない。漬物を囲み、年齢も立場も違う人たちが、同じテーブルにつく時間だ。
がっこは、黙って食べる料理じゃない。話しながら食べるための料理なのだ。「GaccoChacco処、道」という名前には、漬物を囲んでお茶を飲み、語り合う「がっこ茶っこ」の文化が、そのまま息づいている。ここは、
用事がなくても立ち寄れて、理由がなくても座れる場所。地域の人たちが、“今日も顔を合わせる”ための道標のような存在だ。
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がっこ茶っこが生む、あたたかな時間 — 食べることは、語ること
「がっこ茶っこ」という言葉には、特別な作法があるわけではない。漬物をつまみ、お茶を飲み、その場にいる人と、ただ話す。それだけだ。けれど、その「それだけ」が、人を驚くほど元気にする。
五城目町で長く続いてきたがっこ茶っこの輪には、目的も結論もない。今日あったこと、昔の話、どうでもいいようで、どうでもよくない話が、ゆっくりと行き交う。「最近どうだ?」「このがっこ、しょっぺな」そんな言葉を交わすうちに、自然と笑いが生まれ、気づけば、顔色が明るくなっている。
がっこ茶っこは、誰かを励ますための場ではない。悩みを解決する場でもない。ただ、存在を確かめ合う時間だ。だからこそ、高齢の人たちにとって、この時間は大きな意味を持つ。家に閉じこもらず、誰かと顔を合わせ、声を出し、笑う。それだけで、「今日も大丈夫だ」と思える。
「GaccoChacco処、道」には、そんな時間が、意識せずとも生まれる空気がある。漬物が主役だから、話題に困らない。年齢の違いも、立場の違いも、自然と溶けていく。ここで交わされる会話は、特別なものではない。けれど、町が町であり続けるために、欠かせない会話だ。
がっこ茶っこは、文化として残すものというより、続いてしまうものなのかもしれない。誰かが場所をつくり、誰かが座り、誰かが話し始める。その連なりが、今日も、五城目町の時間を動かしている。
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母の漬け物を、未来へ — 守る形は変わっても、想いは変わらない
母の漬け物を守る、という言葉は、昔のやり方をそのまま残すことではない。時代が変わり、制度が変わり、暮らしの形が変わっていく中で、続けるために、形を変える。
佐藤香織さんが選んだのは、その道だった。家庭の台所で受け継がれてきた味は、加工所という新しい場所に移り、食堂という開かれた空間で、もう一度、人と人をつなぎ始めている。
それは、失われかけた文化を無理に取り戻すことでも、誰かを責めることでもない。ただ、「この味を、ここで終わらせたくない」その想いを、今の暮らしに合う形で、手渡していくという選択だ。
がっこは、特別なごちそうではない。毎日の食卓にあり、お茶の時間に添えられ、人が集まるとき、自然と並ぶもの。だからこそ、その味が続いていくことは、町の時間が続いていくことでもある。
五城目町の朝市から生まれ、家庭の台所で育まれ、「笑顔のがっこ食堂」で、新しい居場所を得た母の漬け物。そこには、大きな言葉も、派手な主張もない。
あるのは、漬物を囲んで笑う人たちと、今日も変わらず続いていく時間だけだ。——母の漬け物を、未来へ。それは、味を残すということ以上に、人がつながる風景を残すことなのかもしれない。