冬は、食べ物が少ない季節だと思われてきた。だが日本の各地では、その冬を越えるために、人々が知恵を絞り、あの手この手で食べ物を得てきた。恵みの少ない季節に、人は何を食べてきたのか?
川に残る命をすくい、海の恵みを保存し、山の静けさの中で獲物を待つ。「冬を食べる」という営みは、気候風土に身を委ねながら生きてきた、日本人の冬の記憶でもある。
【放送日:2026年1月19日(月)17:00 -18:00・NHK-BS】
冬は、食べ物が少ない季節だった
冬は、食べ物が少ない季節だった。雪や寒さに閉ざされ、畑は休み、川や海も思うように恵みを与えてはくれない。だが人々は、ただ耐えるだけではなかった。
冬に残るものは何か、冬でも手に入るものは何か。川の底に、海の中に、雪の下に。人々は目を凝らし、耳を澄まし、冬という季節そのものに向き合いながら、食べる道を探してきた。
「冬を食べる」とは、恵みの少なさを嘆くことではなく、その中に残された可能性を見つけ出すことだった。
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川に残る命を食べる ― 長野・天竜川のざざ虫
水生昆虫の幼虫を食べると聞いて、多くの人は、思わず身構えるかもしれない。だが、山深い川辺の冬では、それは特別な挑戦でも、奇をてらった食文化でもなかった。
川底の石を足で転がしながら、石に付いた小さな生き物を一つ一つ掬い取る。冬の川に、確かに残っている命を、食べてきただけのことだ。冬の山奥では、思うように動物性たんぱくを得ることが難しい。そこで人々が目を向けたのが、天竜川のざざ虫だった。
醤油やみりん、砂糖で佃煮にすることで、それは特別なものではなく、日々の食卓に並ぶ「いつもの味」へと姿を変えていく。
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身ではなく“中身”を食べる ― 能登のナマコ
ナマコと聞いて、思わず身構える人もいるかもしれない。だが冬の海では、ナマコはごく身近な存在でもある。私がダイビングをする伊豆半島でもナマコは普通に見かける。夏場にはまだら模様のトラフナマコばかりだったのが、冬になって水温が下がると海底には太く、黒いマナマコの姿が目立つようになる。
能登では、ナマコはその身以上に、体の内側に宿るものが大切にされてきた。卵巣を塩漬けにして干した「くちこ」、腸を塩辛にした「このわた」。冬のあいだに、海の恵みを余すことなく受け取るための、もう一つの食べ方だ。
身をたっぷりと蓄えた冬のナマコは、保存され、姿を変え、やがて特別な一口となる。それは贅沢というより、冬の海に残された価値を、静かに引き出してきた結果だった。
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獲ること自体が知恵 ― 加賀の坂網猟と治部煮
冬の空を見上げながら、網を手に、じっと待つ猟がある。
坂網猟は、Y字型の長い竿の先に網を張り、それを空に向かって投げ、飛んでくるカモを捕らえる猟だ。飛んでくるカモの進路、風の向き、時間帯、雪の具合などを全部を読み切って、「ここだ」という一瞬だけ投げる。獲物と人が、同じ冬空を読んでいる猟だ。
だから、獲れることは多くない。せいぜい一羽、運が良くても数羽ほどだ。だが、それで十分なのだ。大切にしているのは獲るまでの時間、獲物を待つという技、冬の空を読む感覚である。
坂網猟で獲れるカモは、筋肉が締まり、脂がのっている。その肉は、煮ても硬くならず、出汁に深い旨みを残す。そうして行き着いたのが、鴨肉を使った治部煮だった。加賀の冬を温めてきたこの料理は、特別な日のもてなしとして、いまも受け継がれている。
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海の魚を山で食べる ― 広島・三次のワニ
海から遠い山里では、正月のごちそうに、海の魚が並ぶ。広島県三次(みよし)で「ワニ」と呼ばれてきたのは、サメのことだ。腐りにくく、保存に向いたその身は、海から遠い土地でも、冬の晴れの日まで運ばれてきた。
古い日本語では、大きく、人を脅かす海の生きものを、まとめて「ワニ」と呼んだ。冷蔵も流通も整っていなかった時代、サメは、塩に耐え、身が崩れにくい魚だった。だから三次では、正月に並ぶことのできる、貴重な海の味になった。
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冬に育てるという逆転 ― 米沢の雪菜
冬の米沢は雪に閉ざされる。畑に葉物野菜がなくなっても、雪の下には雪菜があった。雪菜は捨てるところが多くて、食べられる部分は少ない。あまり割に合わない野菜だがそれでも——冬の米沢では、その一枚の白い葉が、とても貴重だった。雪に閉ざされた季節に、土の中から、もう一度、葉物が現れる。それだけで、食卓の景色が変わる。
雪菜は「雪の中で勝手に育つ」野菜ではない。夏に育て、秋に掘り上げて稲わらに包み、雪の中へと預ける。つまりこれは、育て直すのではなく、冬に引き継ぐ作業だ。
雪の中で、雪菜はゆっくりと呼吸を続ける。寒さの中で、えぐみが抜け、甘みが増す。それは、「冬でも育てた」成果じゃなくて、冬に預けた結果だった。
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冬を食べてきた国、日本
冬は、恵みの少ない季節だとされてきた。それでも人々は、冬に残るものを探し、冬に耐えるものを受け取り、冬とともに食べてきた。
川に残る命を掬い、海の恵みを保存し、獲りすぎることなく、雪の中に時間を預ける。それらは特別な工夫というより、この国の気候風土の中で、当たり前のように積み重ねられてきた選択だった。
冬を食べるとは、厳しさに抗うことではなく、冬のかたちを、そのまま受け入れること。日本は、そうして冬を食べながら、季節とともに生きてきた国なのかもしれない。