日本人の心をとらえて離さない、めでたき魚・鯛。その赤い姿は、古代から「生命」と「祝福」の色として人々の暮らしを彩ってきました。
万葉の歌に詠まれ、京都の料理人が磨き上げ、唐津の祭りで舞い、銚子の浜では大漁旗となり、そして東京ではたい焼きとして笑顔を生む——。NHK「美の壺」では、古代から現代へ、時を超えて受け継がれる“めでたさの美”を探ります。
古代からの“めでたさ”——万葉に詠まれた鯛の心
日本人が鯛を愛した理由とは?
日本人にとって“めでたい”の象徴といえば、やはり鯛。その語感の響きも姿かたちも、古来より祝福の席にふさわしい魚とされてきました。奈良時代に編まれた『万葉集』には、「多比(たい)」という言葉が、豊かさと生命力の象徴として詠まれています。
祝いと信仰が重なる“朱の象徴”
万葉人にとって、鯛の赤は“生命の色”。海の恵みと太陽の光が溶け合う、その赤に“生きる喜び”を見たのです。「めでたさ」とは、単に祝うことではなく、自然のめぐみとともに生きることへの感謝の表れ。
だからこそ、祝いの膳には必ず“海の赤”が添えられました。現代でも、お正月や節目の祝いに鯛が登場するのは、単なる伝統ではなく、“命の記憶”を受け継いでいるから。千年以上の時を経ても、鯛の赤は人々の心に「始まりの色」として生き続けています。
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料理人の美学——京都に息づく“姿と味”の調和
京都の正月。老舗料亭の台所では、まだ薄暗い朝に炭の音が響き、料理人の手元で一尾の鯛が光を放ちます。
「めでたい」の語源を背負った魚は、祝いの席の中心で、最も美しい姿を求められる存在。鯛は切っても崩れず、焼いても形を保つ。その均整のとれた体は、まるで“自然がつくった彫刻”のようです。
料理人はその造形を壊さぬよう、包丁の角度や火の通し方を一つひとつ吟味します。
正月に「にらむ」関西の風習
関西では正月の間、「睨み鯛」といって焼いた鯛を食べずに“にらむだけ”という風習があります。それは“食すより先に心で味わう”という祈りの形。美しさを前に静かに手を合わせる——そこに、古都ならではの「見て味わう美学」が息づいています。
名店の包丁が描く“生命の美”
盛り付けの向き、尾びれの反り、塩の粒の置き方。そのすべてに「動の中の静」が宿る。鯛を扱う料理人たちは、生命の終わりを新たな祝福の形へと昇華させているのです。
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祭と造形——唐津の鯛山と銚子の大漁旗
七メートルの漆塗り「鯛山」に込められた情熱
唐津くんちの町を進む、全高七メートルの巨大な「鯛山」。その漆塗りの赤い胴体が陽光を受けてきらめくと、まるで本物の鯛が海から飛び出したように見えます。
鯛山は、江戸時代から受け継がれてきた祭礼の曳山(ひきやま)。唐津の人々が“めでたさ”を形にした巨大な彫刻です。木の芯に漆を何度も塗り重ね、金箔で目やうろこを飾る。

その工程には一年以上を要し、職人の手と町の心がひとつになって仕上げられます。海の恵みへの感謝、豊漁への祈り、そして「生きることそのものを祝う心」が鯛山に込められているのです。
海の男たちが染める“めでたき風”
一方、太平洋に面した銚子では、漁港に鮮やかな大漁旗がはためきます。風に舞う鯛の絵は、漁師たちの誇りと希望の象徴。朱・青・黄の大胆な色使いは、海の光をそのまま布に封じ込めたよう。
一枚一枚の旗には、家族や仲間の無事と大漁への願いが込められています。祭りの鯛も、港の鯛も、人々の祈りが生んだ“動の美”。そのエネルギーは、祝う心があってこそ生まれる日本人の美の原型なのです。
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甘くて幸せな“庶民の鯛”——たい焼きと金花糖
お祭りの喧騒が過ぎると、街角にはもう一つの“めでたい鯛”が顔を出します。焼き型からこんがりと立ちのぼる香ばしい香り。
明治のたい焼き誕生物語
たい焼きのはじまりは明治の東京——庶民が笑顔になれる“幸福のかたち”として生まれました。小麦粉の香ばしさとあんこの甘さ。その優しい味は、祝祭の後に訪れる“日常のよろこび”そのもの。
手に持てる小さな鯛の形に、日本人は“めでたさを分かち合う心”を見いだしたのかもしれません。

木型に刻まれた“祝う心”
そして、もうひとつの甘い鯛。江戸から伝わる砂糖菓子「金花糖(きんかとう)」です。
職人たちは木型に砂糖を流し込み、色をつけて命を吹き込みます。

木型には、祝いへの願いや、作り手の心が刻まれており、その繊細な彫りはまるで祈りのよう。
“食べるための鯛”から“飾るための鯛”へ——。そこには、日常の中にも祝福を見出す日本人の感性が息づいています。
甘く、やさしく、そしてどこか懐かしい。鯛の形をしたお菓子は、今も人々の心に“めでたさの余韻”を運び続けています。
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まとめ|命の赤がつなぐ、祝福の美
古代の歌に詠まれ、料理人の手で磨かれ、祭りの中で躍り、甘い菓子に姿を変えた鯛。そのめでたき姿は、時代とともに形を変えながら、日本人の「祝う心」を今へとつなぎ続けてきました。
赤は、命の色。海の底に差し込む光、火のぬくもり、春の朝日——そのすべてが“生きることの喜び”を映し出しています。
祝いとは、命をたたえること。静けさの中にも、躍動の中にも、人はいつも“めでたさ”を見いだしてきたのです。
今日もまた、食卓の上で、祭りの風の中で、小さな鯛の形が微笑みを運んでいる。それは、命の赤がつなぐ祝福の美——千年の時を超えて、今も輝き続けています。
