台湾という島は、いったいいつ、どうやって生まれたのでしょう。
最初から、あの高い山々があったのでしょうか。それとも、かつては海の底だったのでしょうか。大航海時代、西欧の航海者たちから「美麗島(フォルモサ)」と呼ばれた台湾。北には火山、中央には3000メートルを超える山々、そして深い渓谷や色鮮やかな断崖。比較的小さな島に、驚くほど多彩な風景が広がっています。
でも、どうして一つの島に、これほど違う絶景が生まれたのでしょう。その秘密を探っていくと、台湾の地下で向き合う二つの巨大なプレートに行き着きます。しかも不思議なことに、台湾の北東側と南側では、どちらのプレートが下に潜り込むのか、その関係が逆になっているというのです。いったい、地球の地下で何が起きているのでしょうか?
NHK『体感!グレートネイチャー』「美麗島 3つの絶景群~台湾・謎のプレート運動~」をきっかけに、今回は番組のあらすじを追うのではなく、私たち自身の「?」を手がかりに、台湾という島の誕生と、美しい絶景を生み出した大地の物語をたどってみたいと思います。
【放送日:2026年10月12日(月)19:30 -21:00・NHK-BSP4K】
【放送日:2026年10月14日(水)15:30 -17:00・NHK-BSP4K】
【放送日:2026年10月19日(月)8:00 -9:30・NHK-BSP4K】
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台湾という島は、いつ、どこから現れたの?
台湾の中央部には、標高3000メートルを超える山々が連なっています。その最高峰は、標高3952メートルの玉山(ぎょくざん)。日本の富士山よりも高い山が、台湾という島にそびえているのです。でも、この山々は、いつからそこにあったのでしょう。
時間を数百万年前まで巻き戻してみると、現在の台湾とはまったく違う風景が見えてきます。当時、ユーラシア大陸の東の縁には、海が広がっていました。その海底には、大陸から運ばれてきた砂や泥が、長い時間をかけて積み重なっていました。
一方、その東側には、フィリピン海プレートに乗った「ルソン島弧」と呼ばれる火山列がありました。島弧とは、海底のプレートが沈み込む場所に沿ってできる、弓なりの島々のことです。現在の日本列島にも、同じような成り立ちを持つ地域があります。
このルソン島弧が、フィリピン海プレートの北西方向への移動によって、ユーラシア大陸の縁へ近づいていきました。やがて、二つの地殻が衝突します。すると、それまで海底に積もっていた地層が押し縮められ、折り重なり、少しずつ持ち上がっていきました。
かつて海の底にあった地層が、やがて高い山々を形づくっていったのです。台湾の山脈をつくったこの衝突は、およそ数百万年前から本格化したと考えられています。ただし、島のどの部分がいつ海面上に現れたのかは一様ではなく、地域によって異なります。
つまり、台湾という島が、ある日突然、海からぽっかり姿を現したわけではありません。長い時間をかけて海底の地層が変形し、隆起し、雨や川に削られながら、現在のような島の姿になっていったのです。
そして、ここで一つ、不思議なことがあります。台湾の誕生に大きく関わったのは、二つのプレートの衝突でした。ところが、台湾の北東側では、フィリピン海プレートがユーラシアプレートの下へ沈み込んでいます。
一方、南側では反対に、ユーラシアプレート側の海洋地殻がフィリピン海プレートの下へ沈み込んでいるのです。同じ島の北と南で、なぜこんな違いが生まれたのでしょう。その謎を解く手がかりの一つが、台湾北部に広がる火山の風景に隠されています。
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北の火山は、なぜそこに生まれたの?
台湾の首都・台北から北へ向かうと、街の風景は次第に山深くなっていきます。そこに広がるのが、陽明山国家公園を中心とする「大屯火山群」です。山肌から白い噴気が立ち上り、地面からは熱い蒸気や硫黄を含むガスが噴き出しています。
でも、ここで一つ疑問が浮かびます。台湾の山々は、二つのプレートが衝突して押し上げられたのでしたよね。それなのに、どうして北部には火山があるのでしょう? 実は、山脈をつくる仕組みと、火山をつくる仕組みは、必ずしも同じではありません。
台湾の北東側には、琉球海溝が延びています。ここではフィリピン海プレートが、ユーラシアプレートの下へ沈み込んでいます。沈み込む海洋プレートが地下深くへ運ぶ水などの成分は、周囲のマントルで岩石が溶け始める条件を変え、マグマの発生に関わります。この仕組みは、日本の火山列島を考えるうえでもおなじみですね。
ただし、台湾北部の火山には、もう一つ重要な事情があります。台湾の北部では、かつて山脈を押し縮めていた地殻が、衝突後には引き伸ばされるような変形を受けるようになりました。その背景には、琉球弧の背後にある「沖縄トラフ」の拡大が関わっていると考えられています。
つまり、台湾北部の火山活動は、単純に「プレートが沈み込むから火山ができた」と説明するだけでは足りません。プレートの沈み込みと、衝突後に大地が引き伸ばされる動き。その複雑な組み合わせが、北部の火山を生み出してきたのです。しかも、大屯火山群では現在も噴気や熱水活動が見られ、地下の火山活動について観測と研究が続けられています。
台湾の北東部には、かつて金の採掘で栄えた金瓜石(きんかせき)という地域もあります。金鉱床の形成には、地下を循環する高温の熱水が重要な役割を果たしました。
さらに、その近くの海岸には、青い海と黄褐色の水が隣り合う「陰陽海」という不思議な景観があります。鉱物を含んだ水が海へ流れ込み、海水との色の違いを生み出しているのです。地下の熱、岩石に含まれる金属、そして海の色。一見すると別々の風景にも、大地の長い歴史が隠されているのですね。
では、台湾の中央部にそびえる、3000メートルを超える山々はどうでしょう。北部では地殻が引き伸ばされる動きが見られるのに、中央部では巨大な山脈が押し上げられている。同じ台湾なのに、なぜこんなにも違うことが起きているのでしょうか。次は、台湾の高峰を生み出したプレートの衝突を追いかけてみましょう。
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台湾の山は、どうしてこんなに高いの?
台湾には、標高3000メートルを超える山々が数多くあります。その最高峰は、標高3952メートルの玉山。日本の富士山よりも高い山です。でも、不思議だと思いませんか。日本の富士山は、噴火によって溶岩や火山灰が積み重なってできた火山です。では、台湾の玉山も、かつて巨大な噴火を繰り返して高くなったのでしょうか。
実は、そうではありません。玉山は火山ではなく、地殻の衝突によって押し上げられた山なのです。その仕組みを知るために、もう一度、台湾が生まれる前の海へ戻ってみましょう。
かつてユーラシア大陸の東の縁には、長い時間をかけて砂や泥が堆積していました。そこへ、フィリピン海プレートに乗ったルソン島弧が近づき、大陸の縁と衝突します。二つの地殻が押し合うと、その間にあった地層は横から強く圧縮されます。
行き場を失った地層は、折れ曲がり、断層に沿って重なり合い、厚みを増していきました。そして、地殻全体が持ち上がり、山脈が形成されていったのです。
ここで思い浮かべたいのは、机の上に広げた一枚の布。その布を両側からゆっくり押すと、中央にしわが寄り、盛り上がりますよね。もちろん、実際の地殻は布ほど柔らかくありません。岩石が変形し、断層が動き、何百万年という時間をかけて山が育っていきます。
でも、台湾の山脈をつくる力のイメージとしては、少し似ています。台湾の高い山々は、地下から噴き出した溶岩の山ではなく、横から押し縮められた大地がつくった山なのです。
そして、もう一つ驚くことがあります。台湾では、山が高くなる一方で、雨や川がその山を削り続けています。台湾は雨が多く、台風の影響も受ける島です。急な斜面に大量の雨が降れば、川は激しい勢いで流れ、岩盤を削り、土砂を海へ運び出します。
こうして生まれるのが、深い谷や切り立った峡谷です。台湾東部の太魯閣(タロコ)峡谷は、その代表的な景観の一つ。大地が隆起し、川が岩盤を削り続けることで、壮大な峡谷が形づくられてきました。
つまり、台湾の絶景は、ただ山が持ち上がるだけでは生まれません。大地を高くする力と、その大地を削る力。二つの働きが重なって、険しい山々と深い谷が生まれているのです。
しかも、台湾周辺では現在もプレートの衝突が続いています。地殻変動による隆起と、風雨や河川による侵食。そのせめぎ合いのなかで、台湾の山々は今も姿を変え続けているのですね。
では、山を削った川の先には、どんな景色が待っているのでしょう。台湾には、色の異なる地層が重なり、まるで大地の断面を見せているような断崖もあります。その色彩は、いったい何を物語っているのでしょうか。次は、岩石に刻まれた地球の記憶を探しに行きましょう。
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カラフルな断崖は、何を物語っているの?
台湾の山々には、深い谷が刻まれています。険しい斜面の間を川が流れ、両側には切り立った岩壁。なかには、上空から見るとアルファベットの「V」の字のように見える渓谷もあります。そんな渓谷の奥に、色鮮やかな断崖が隠されているというのです。でも、どうして岩壁がカラフルなのでしょう?
私たちが普段目にする岩肌といえば、灰色や黒っぽい色、あるいは茶色を思い浮かべることが多いですよね。ところが、岩石の色は、その材料や生まれた環境によって大きく変わります。
例えば、鉄を含む鉱物が酸化すれば、岩石が赤褐色や黄色っぽく見えることがあります。白っぽい岩石には、石英や方解石などの明るい色の鉱物が多く含まれている場合があります。また、堆積岩では、砂や泥が積もった時代の環境によって、層ごとに色や粒の大きさが違うこともあります。
つまり、岩石の色は、ただの飾りではありません。その岩石がどのような材料からでき、どんな変化を経験してきたのかを知る手がかりなのです。ただし、台湾のカラフルな断崖が具体的に何によって色づいているのかは、現地の岩石や地層を調べなければわかりません。
ここで、もう一つ考えてみたいことがあります。そもそも、どうして地下にあったはずの地層が、断崖となって私たちの目の前に現れているのでしょう。その答えの一つが、台湾の山々をつくったプレートの衝突です。
かつて海底に積み重なっていた地層は、地殻が押し縮められることで折れ曲がり、断層に沿って重なり、持ち上げられてきました。
そして、隆起した大地を長い時間をかけて川が削っていきます。川は地表を流れるだけでなく、岩盤を侵食し、谷を深く刻んでいきます。斜面では崩落も起こり、それまで隠れていた岩石が姿を現します。こうして、地層の断面が露出することがあるのです。
考えてみれば、不思議な話ですよね。かつて海の底にあった地層が、何千メートルもの高さまで持ち上がり、今度は川に削られて、その内部を私たちに見せている。断崖とは、単なる切り立った岩壁ではなく、地球が長い時間をかけてつくった記録の一部なのかもしれません。
そして、その記録を読み解くには、岩石の色だけでなく、地層がどちらへ傾いているのか、どこで折れ曲がっているのか、どんな断層が走っているのかも重要になります。台湾の大地には、そうした地殻変動の痕跡が刻まれているのです。
ここまで、台湾の三つの風景を見てきました。北には、地下の熱を感じさせる火山。中央には、地殻の衝突によって押し上げられた高い山々。そして、隆起と侵食によって姿を現した、色鮮やかな断崖。どれも同じ台湾にあるのに、その成り立ちは一様ではありません。
では、どうしてこれほど多彩な風景が、一つの島に集まったのでしょう。その答えを探るには、台湾の北東側と南側で、どちらのプレートが下へ沈み込むのかという関係が逆になっている謎に、もう一度戻る必要がありそうです。
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なぜ、北と南で沈み込むプレートが逆なの?
ここまで、台湾の三つの絶景を巡ってきました。北には、地下から熱い蒸気が立ち上る火山。中央には、4000メートル近くまでそびえる高峰。そして、長い地球の歴史を刻んだ、色鮮やかな断崖。でも、どうして一つの島に、こんなにも違う風景が集まっているのでしょう。その謎を解くために、もう一度、台湾が生まれる前の海へ戻ってみましょう。
実は、台湾の北東側と南側には、まるで反対向きの仕組みを持つ二つの海溝があるのです。北東側の「琉球海溝」では、フィリピン海プレートがユーラシアプレートの下へ沈み込んでいます。
ところが南側の「マニラ海溝」では、反対に、ユーラシアプレート側の海洋地殻がフィリピン海プレートの下へ沈み込んでいます。同じ二つのプレートなのに、下へ潜るのは北東と南で逆なのです。
どうして、こんなことになったのでしょう。ここで重要なのが、フィリピン海プレートの移動する方向です。フィリピン海プレートは、ユーラシアプレートに対して、おおむね北西方向へ動いています。
その西側には、南シナ海の海洋地殻が沈み込むマニラ海溝があり、その沈み込みによってルソン島弧という火山列が形成されました。一方、台湾の北東側には、フィリピン海プレート自身が沈み込む琉球海溝がありました。

つまり、台湾の北と南で、ある日突然プレートの上下関係がひっくり返ったわけではありません。もともと異なる二つの沈み込み帯があり、その間で地殻の衝突が進んできたのです。
フィリピン海プレートが北西へ移動すると、その上にあるルソン島弧は、ユーラシア大陸の縁へ近づいていきます。やがて火山列と大陸の縁が衝突し、地層が押し縮められて、台湾の山脈が形成されていきました。
しかも、この衝突は斜めに起きています。そのため、台湾のすべての場所が同時に衝突したわけではありません。北側から南側へと、衝突の影響を強く受ける場所が移り変わってきたと考えられています。
その結果、台湾の中央部では現在も地殻の圧縮による山脈形成が続き、北部では衝突後の地殻が引き伸ばされる変形も起きています。これが、台湾の地域によって大地の働きが異なる理由の一つなのです。
ただし、地下の仕組みは、これだけでは説明しきれません。地震波を使って台湾の地下を調べた研究からは、かつて沈み込んだユーラシアプレート側の岩盤が、地下深くでちぎれたり、引き裂かれたりしている可能性も示されています。
二つの沈み込み帯がどのようにつながり、地下でプレートの上下関係が切り替わってきたのか。その詳しい仕組みは、今も研究が続いているのです。
考えてみれば、なんとも不思議な島ですよね。北では火山が生まれ、中央では山々が押し上げられ、川はその山を削って深い谷をつくる。そして、私たちの足元よりはるか深い場所では、巨大なプレートが動き続けている。台湾の絶景は、遠い昔に完成した風景ではなく、今も続く地球の営みがつくり出している風景なのです。
もちろん、大地が動き続けるということは、美しい景観だけを生むわけではありません。地震や地滑りなど、ときには人々の暮らしを脅かす自然現象にもつながります。それでも、人々はその大地の上に町を築き、田畑を耕し、暮らしを重ねてきました。
大航海時代、西欧の航海者たちが「美麗島」と呼んだ台湾。その美しさは、ただ穏やかな自然が長い時間をかけてつくったものではありませんでした。巨大なプレートがぶつかり、沈み込み、大地を押し上げ、そして削り続けてきた結果だったのです。
それではここで、最初に抱いた疑問を、もう一度思い出してみましょう。
台湾は、どうやって生まれたのでしょう?
その答えは、数百万年前に始まったプレートの衝突にあります。けれど、台湾の誕生の物語は、まだ終わっていません。美麗島は、今この瞬間も、地球の力によって姿を変え続けているのです。
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