最近の車には、当たり前のように搭載されている「アイドリング・ストップ機能」。赤信号で停車すると自動的にエンジンが止まり、ブレーキを離すとスムーズに再始動する――燃費もよく、静かで、いかにも“エコ”な仕組みに見えます。
けれど実際に車を所有し、日常的に乗っていると「本当にこれ、車に優しいのかな?」と感じる場面も少なくありません。この記事では、アイドリング・ストップの仕組みとメリット、そして意外と知られていないデメリットを整理しながら、「自分の車にとってどうなのか」を考えてみます。
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アイドリング・ストップとは何をしている機能なのか?
アイドリング・ストップとは、信号待ちなどで車が停止した際にエンジンを自動的に停止させ、再発進時にセルモーターでエンジンを再始動させる機能です。走っていない時間に燃料を使わないため、
- 燃費の向上
- 排気ガスの削減
- 停車中の静粛性
といったメリットがあります。操作も不要で、ブレーキペダルを離すだけで自然に再始動するため、ドライバーの負担はほとんどありません。
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実は電気を大量に使う「再始動」の仕組み
一方で、見落とされがちなのがエンジン再始動時の電力消費です。車の中で特に電気を使う部品は、
- セルモーター:約100A(普通車の場合)
- ホーン:約3〜4A
参考までに、カーナビはおよそ 0.6A 程度。エンジンをかける瞬間に、セルモーターは桁違いの電流を必要とします。
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エンジン停止中も、電気は使われ続けている
さらに重要なのは、アイドリング・ストップ中は充電が行われないという点です。エンジンが止まっている間も、
- エアコンの送風ファン
- カーナビ
- オーディオ
- メーターや各種制御装置
これらはすべてバッテリーから電力を消費しています。つまり、
使う一方で、充電されない時間が増える
これが、バッテリーにとっては大きな負担になります。停車中にアイドリングしていればその間はバッテリーに充電されているということになります。しかもアイドリング・ストップしている時間は意外に短く、1時間程度のドライブでは累計でも10分以下ということがほとんどで、燃費の向上にはほとんど貢献していません。
ではなぜメーカーはこのような機能を付けたがるのでしょうか?それはカタログ上の燃費性能を0.1kmでも多く見せたいからです。バッテリーの平均寿命はカタログに載りませんが、やはり燃費のいい車は魅力的ですからね。
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市街地メインの車ほど、バッテリーは消耗しやすい
特に影響を受けやすいのが、比較的バッテリー容量の少ない軽自動車で、
- 近距離走行が多い
- 信号の多い市街地中心
- たまにしか長距離を走らない
といった使い方の車です。軽自動車ではこういった使い方をされている方も多いのではないでしょうか?こうした条件では、1年ほどでバッテリーが寿命を迎えるケースも珍しくありません。しかも、アイドリング・ストップ対応車のバッテリーは容量が大きく、交換するにも価格も高めになりがちです。
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実体験:アイドリング・ストップをキャンセルした理由
ボクの軽自動車にも、標準でアイドリング・ストップが搭載されています。ですが、
- 信号のたびにエンジンが止まる
- 発進のたびにセルモーターが回る
この繰り返しがどうしてもバッテリーに良いとは思えず、キャンセラーを導入しました。使用したのは

取り付けは、
- スイッチ裏のコネクターを外す
- 本体とスイッチの間に差し込む
これだけ。工具不要で1〜2分ほどの作業です。
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「毎回OFFにする手間」から解放されるという選択
本来、アイドリング・ストップはスイッチでOFFにできます。ただし、
- エンジンを切る
- 次に始動すると
- 自動でONに戻る
この仕様が、正直かなり面倒です。キャンセラーを入れることで、「毎回OFFにする作業」から解放されました。
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アイドリング・ストップは悪者なのか?
ディーラーのメカニックからは、オフレコでこんな話も聞きました。
「次の新型モデルからアイドリング・ストップは廃止されるって噂もありますからね」
もちろん、すべての人にとって不要な機能というわけではありません。
- 長距離走行が多い
- 郊外・高速中心
- バッテリー管理を理解している
こうした使い方なら、メリットを活かせる場合もあります。
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まとめ|「エコ」より先に考えたいのは、車の使い方
アイドリング・ストップは、決して万能な正解ではありません。大切なのは、
自分の車の使い方に合っているかどうか
燃費の数字だけでなく、バッテリーの寿命、維持費、ストレス。それらを含めて考えたとき、「OFFにする」「キャンセルする」という選択も十分に現実的だと思うのです。