雪の中で、猿が温泉に浸かる。一方で、同じ国の南では、亜熱帯の森をヤマネコが静かに歩いている。どちらも日本の風景であり、どちらも特別ではない顔で、そこにある。
世界には「生きものの宝庫」と呼ばれる場所がいくつもある。けれど、これほど狭い国土の中に、亜寒帯から亜熱帯までの環境が重なり合い、しかも多くの固有種が暮らしている国は、ほかにない。なぜ、日本だけがこうなったのか?
山が多いからでも、島国だからでも、それだけでは説明がつかない。この国の自然を形づくってきたのは、目に見えない「流れ」だった。日本列島を洗い続ける、温かい海の流れ。それが運んできた熱と水蒸気が、森を育て、雪を降らせ、命の居場所を分けてきた。
この番組は、日本を「奇跡」として称えるためのものではない。ただ、なぜここに、これほど多様な命が集まったのか——その理由を、静かにたどっていく。
【放送日:2026年2月15日(日)9:00 -9:49・NHK-BSP4K】
【再放送日:2026年2月17日(火)18:11 -19:00・NHK BSP4K】
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暖流が国をあたためた!?──黒潮と対馬海流の役割
日本列島の自然を語るとき、「山が多いから」「島国だから」という説明で終わってしまうことが多い。だが、それだけでは、雪と亜熱帯が同居する理由は説明できない。鍵を握っているのは、日本の沿岸を流れる二つの暖流だ。
太平洋側を北上する黒潮、そして日本海側を進む対馬海流。この二つが、日本列島の“温度の土台”をつくってきた。黒潮は東京から八丈島へ向かう船の上から見ることもできる。栄養分の少ないこの海の流れは、本当に”黒く”見えるのだ。
暖流は、ただ海水を温める存在ではない。海面から大量の水蒸気を空気中に供給し、森を育て、雲を生み、雨や雪の原料を運ぶ。日本の自然は、海から始まっている。
特に日本海側では、その影響が顕著だ。対馬海流で温められた海の上を、冬になると大陸からの冷たい季節風が吹き抜ける。その結果、空気は大量の雪を抱え込み、山にぶつかって一気に降らせる。こうして、日本海側は世界有数の豪雪地帯となった。
一方で、太平洋側では黒潮が温暖な気候を支え、南の島々には亜熱帯の森が残った。重要なのは、暖流が「暖かい国」をつくったわけではないということだ。暖流は、極端な自然を可能にした。寒さも、雪も、豊かな森も、すべてはこの温かい海の流れがなければ成立しなかった。
日本という国の自然は、静かな海流の上に成り立っている。その上を、寒気が流れ、山が立ち上がり、結果として、世界でも稀な生態系が形づくられた。奇跡の正体は、特別な何かではない。重なり合った条件が、たまたまこの場所に集まっただけなのだ。
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寒気が形を与えた──雪を生む島国の構造とは?
暖流が、日本列島に熱と水蒸気をもたらした。だが、それだけでは、豪雪も樹氷も生まれない。もう一つの主役は、大陸から流れ込む寒気だ。
冬、シベリア大陸で冷やされた空気は、日本海へ向かって一気に流れ出す。その冷たい風が、対馬海流で温められた海の上を通過すると、空気は大量の水蒸気を含み、重くなる。
やがてその風は、日本列島の背骨のように連なる山々にぶつかる。上昇した空気は冷やされ、抱えきれなくなった水分を、雪として落とす。こうして、日本海側には、世界でも例を見ないほどの豪雪地帯が生まれた。同じ緯度にある地域と比べても、これほど安定して雪が降り続く場所は少ない。
雪は、ただ厳しいだけの存在ではない。春になれば、豊富な水となって森を潤し、川を満たし、海へと戻っていく。寒気は、自然の循環に“形”を与える役割を担っている。
暖流が素材を運び、寒気がそれを削り、積み上げる。日本の自然は、この二つの力のせめぎ合いの中で磨かれてきた。雪と亜熱帯が、同じ国に並び立つ理由は、この空の構造にある。
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雪と温泉が同居する場所──地獄谷野猿公苑のサル
深い雪に囲まれた谷あいで、湯気が立ちのぼる。その中に、肩まで湯につかったニホンザルの姿がある。この光景は、世界では珍しいものとして知られている。だが、ここでは“特別な演出”ではない。寒さの厳しい冬をやり過ごすために、サルたちが選び取った、ひとつの適応のかたちだ。
雪深い山では、冬になると食べ物が限られる。ニホンザルは世界で一番寒いところで暮らすサルとして知られている。体力を消耗しないことは、生き延びるための重要な条件になる。
温泉は、冷えた体を温め、余分なエネルギーの消費を抑える場所として機能してきた。面白いのは、この行動が“本能”だけで説明できない点だ。
温泉に入るのは、すべてのサルではない。年長の個体が先に入り、若い個体がそれを学ぶ。ここにも、経験と学習がある。雪と温泉という、本来なら同居しないはずの要素が、この場所では自然に重なっている。それは、日本の気候が持つ極端さの、ひとつの象徴でもある。
暖流がもたらした水蒸気と、寒気が生んだ雪。その結果として現れた環境に、サルたちは、静かに順応してきた。世界を驚かせるこの風景は、奇抜な自然現象ではない。日本という島国で、条件が重なった末に生まれた、ごく自然な答えなのだ。
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氷が森を彫刻する──蔵王・八甲田の樹氷
冬の山に、白い怪物が現れる。枝という枝に氷がまとわりつき、木々は原形を失い、異様な姿へと変わる。
蔵王や八甲田で見られるスノーモンスター「樹氷」は、ただ雪が積もっただけのものではない。氷点下の冷気、強い風、そして水分を多く含んだ空気。この三つがそろったとき、森は彫刻される。
風は、一定方向から吹き続ける。水分を含んだ霧や雲が木々にぶつかり、瞬時に凍りつく。それが何度も何度も繰り返され、枝は太り、形を失い、やがて“樹氷”と呼ばれる姿になる。
この現象もまた、暖流と寒気が同時に存在する日本だからこそ生まれた。水分を含んだ空気がなければ、これほど巨大な氷の造形は成立しない。
寒さだけでも、足りない。樹氷は、生きものではない。だが、毎年少しずつ姿を変え、春になれば跡形もなく消える。その儚さは、日本の自然が持つ“極端さ”を、もっとも視覚的に示している。
サルが温泉を選び、森が氷に覆われる。そこに意図はない。ただ条件が重なった結果、この国には、世界でも類を見ない冬の風景が残った。
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南の果ての森──亜熱帯が残った理由とは?
日本列島の南には、「雪」とはまるで無縁に見える森が広がっている。シダが生い茂り、照葉樹が空を覆い、生きものたちは濃い緑の中で息をひそめる。この亜熱帯の環境を支えているのも、やはり海からの流れである。
太平洋を北上する暖流は、南西諸島に熱と水分を運び続けてきた。その結果、日本の最南部には、氷点下をほとんど経験しない森が残った。
だが、「南=常に温暖」という単純な話ではない。たとえば屋久島。ここは亜熱帯に位置しながら、島の中央に2000メートル級の山々を抱えている。暖かく湿った空気が山にぶつかり、一年を通して雨を降らせる。そして標高が上がるにつれて、森の表情は一変し、冬には雪さえ見られる。
同じ島の中で、亜熱帯の森と、冷涼な山の気候が共存する。この“縦の変化”もまた、日本の自然を特別なものにしてきた。さらに南へ行けば、亜熱帯の森はより原初的な姿を残す。そこでは、人の手が入りにくかった地形と気候が、独自の進化を支えてきた。
雪国とは正反対の環境だが、成り立ちは同じ「流れ」の上にある。暖流がもたらした熱と湿り気。それを受け止める山と島の形。日本の南の森は、偶然の積み重ねによって守られてきた場所なのだ。
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南の森の住人──固有種が生まれた理由とは?
日本の南に残された森には、世界のどこにもいない生きものたちが暮らしている。それは偶然の産物ではなく、長い時間をかけて積み重なった「隔たり」の結果だ。
代表的なのが、沖縄本島北部・やんばるの森に生きるヤンバルクイナ。飛ぶことをやめ、森の地面で暮らすこの鳥は、外敵の少ない環境で、独自の進化を遂げてきた。だがその進化は、同時に「ここから出られない」という制約でもあった。
さらに太平洋の彼方、小笠原諸島では、島にたどり着いたわずかな生きものたちが、他と交わることなく進化を重ねてきた。植物も昆虫も鳥も、この場所だけの姿を持つものが多い。共通しているのは、島であること、そして長く隔てられてきたことだ。
日本列島は約2000万年前に大陸から切り離され、その中でも南の島々は、さらに細かく分断されてきた。暖流は命を運び、山や海はそれを閉じ込めた。その結果、同じ祖先を持ちながら、別々の道を歩む生きものたちが生まれた。
固有種とは、特別に選ばれた存在ではない。ただ、ここで生き続けたという記録だ。環境に適応し、外と交わらず、時間を重ねた結果として、「ここにしかいない」姿になった。
雪の山で温泉につかるサルも、亜熱帯の森を歩くクイナも、すべては同じ島国の物語の中にある。日本という場所は、命にとって、分かれ道がいくつも用意された舞台だったのだ。
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日本は奇跡を狙わなかった──重なり合った結果としての自然
日本の自然は、最初から「奇跡」になることを目指してつくられたわけではない。暖流が流れ、寒気がぶつかり、山が連なり、島として切り離され、そこに命が入り、残り、変わっていった。どれも特別な意図はなく、ただ条件が重なり続けただけだった。
雪の中で温泉につかるサルも、氷に覆われた森も、亜熱帯の深い緑も、ここにしかいない生きものたちも。それぞれは別々の現象でありながら、同じ島国の時間の上に積み重なっている。
日本は、自然を設計したわけでも、奇跡を演出したわけでもない。ただ、流れを受け止め、変化を拒まず、結果として今の姿になった。
この国の自然が静かに胸を打つのは、「すごさ」を主張しないからかもしれない。語らず、誇らず、ただそこに在り続けてきたからこそ、見る者に多くを委ねる。奇跡とは、狙って起こすものではなく、気づいたときには、すでに足元に重なっているものなのだ。