火山の島・利尻はなぜ昆布とウニが名物なのか?絶景と絶品ラーメンを楽しみながら礼文等との違いを知る【ブラタモリ#248】

ブラタモリ
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こんにちは鳥巣です。9月30日のブラタモリでは「稚内」に続いて、タモリさんと野口葵衣アナが「利尻島」を訪れます。利尻といえば「昆布」ですが、他にも絶品グルメのウニやラーメンもあります。お隣の「礼文島」との違いや、たくさんの見どころのある素敵な利尻島についてまとめてみました。

空から見た利尻島
空から見た利尻島

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火山の島・利尻島の成り立ちと礼文島との違いは?

利尻島は北海道稚内市内の南西約40kmの海上にあり、周囲が約61kmの島です。利尻島はその姿からも明らかなように火山島です。その中央にそびえる利尻岳は利尻富士とも呼ばれています。「利尻」とはアイヌ語で「リィ(高い)・シリ(山)」という意味です。

利尻島の地質図を見てみると、島の中央にある火口から噴き出した溶岩や火山砕石物で成り立っている島だということがわかります。それは約200万年前の海底火山の噴火によって生まれました。

利尻島の地質図(産総研)
利尻島の地質図(産総研)

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その北西、約8kmにあるお隣の礼文島(れぶんとう)はもっとずっと古く、約1億5000万年前に海底が隆起してできました。それは双方の地質を見比べてみればわかります。地質の組成が全く異なっています。礼文島の黄色っぽい岩石は堆積岩でできていますが、利尻島の白やオレンジがかった岩石は安山岩や玄武岩といった火山岩でできています。

利尻島と礼文島の地質図(産総研)
利尻島と礼文島の地質図(産総研)

こんなに近いところに並んでいる2つの島ですが、その成り立ちが全く異なっているのは面白いですね。島の形も、礼文島は細長いのに対して利尻島は丸い形をしています。

利尻岳の標高は1721mあって、晴れた日には山頂から、礼文島やサロベツ原野はもちろんのこと遠く樺太を望むことができ、深田久弥の「日本百名山」では一番最初に紹介されています。利尻岳の最後の火山活動は8000年前と考えられていて、現在は一切の火山活動の兆候は見られません。
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利尻のウニが名物になったわけは?

江戸時代、幕府は北方警備のため、会津藩士に樺太出兵を命じていました。これは当時、ロシア兵が樺太や蝦夷地で略奪行為を行なっていたからです。

この頃、多くの会津兵が「水腫病(すいしゅびょう)」という病気に冒されて命を落としましたが、現地のアイヌ人たちは水腫病にならずに冬を越せていました。ちょうど北方の測量で蝦夷地を訪れていた間宮林蔵も水腫病にかかってしまいます。

その時、「アイヌは魚と昆布を食べているから水腫病にならないのだ」と教えられてその通りにしたところ、体調が回復したと伝えられています。

蝦夷地のアイヌにとって昆布は昔から重要な産品でした。715年にはアイヌ人から朝廷に対して、「私たちを他の人たちと同じように扱ってくれるならこれからも永久に昆布を貢納します」と奏上があったと「続日本史」に記載されています。蝦夷地の昆布は、北前船で北陸などに運ばれて「若狭昆布」と呼ばれ、京都で加工されると「京昆布」と呼ばれて絶賛されました。

利尻昆布
利尻昆布(BLOG「島旅女」さんから)

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幕末になると北海道で昆布の人工繁殖に成功して生産量は格段に上がりますが、当時の北海道の水産業を代表していたのはニシン漁です。有名な「ソーラン節」」で歌われているのもニシン漁です。しかし明治末になるとニシンは獲れなくなり、相対的に昆布漁の比重が高くなりました。

しかし大正時代になると今度は昆布の生産がピンチになります。原因はウニです。そこで昆布を守るためにウニの駆除が始まりました。ウニに海産物としての価値を見出すのは昭和10年代頃からです。最初は誰も見向きもしなかったのに、今では最高のグルメ食材です。でも最初は単なる厄介者だったわけです。でも考えてみれば最高級の利尻昆布をたらふく食べて育ったウニですから、美味しいに決まってますよね(笑)

キタムラサキウニ
キタムラサキウニ(BLOG「島旅女」さんから)

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そんな名物を使ったグルメが利尻島にあります。それが「利尻らーめん 味楽」です。ラーメンフリークによれば「日本一、訪れにくいラーメン屋」なんだそうです。でも利尻昆布をふんだんに使ったスープは絶品なんだとか。

利尻らーめん味楽
利尻らーめん味楽
焼き醤油らーめん
焼き醤油らーめん

所  在 北海道利尻郡利尻町沓形字本町67
電話番号 0163-84-3558
営業時間 11:30~14:00
定 休 日  木曜日
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そんな利尻ラーメンですが、最近では新横浜のラーメン博物館にも出店しているそうです。はるばる北海道の利尻島に行くよりは楽に食べられそうですが、やっぱり本場の味は現地で味わいたいと思う方も多いのでしょうね。

新横浜ラーメン博物館
新横浜ラーメン博物館

所  在 神奈川県横浜市港北区新横浜2-14-21
     新横浜ラーメン博物館内
電話番号 045-471-0935
営業時間 平 日 11:00~21:00
     土曜日 11:00~21:00
     日・祝 11:00~21:00
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利尻の絶景はどこで見られる?

利尻島は火山が作った島ですから、地質マニアとしてはまずはここでしょう。

ペシ岬展望台

鴛泊港のすぐ北側にあって、別名「灯台山」とも呼ばれる巨大な岩山が、標高93mの「ペシ岬」です。急な坂道を登りきれば、利尻山や鴛泊の町並みや礼文島、北海道本土の稚内市までを望むことができます。断崖には玄武岩(たぶん?)の柱状節理が見えています。

ペシ岬
ペシ岬(BLOG「島旅女」さんから)
ペシ岬展望台
ペシ岬展望台(BLOG「島旅女」さんから)

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利尻岳山頂

利尻島に来たらやっぱりここは外せません。島の真ん中に位置する標高1,721mの利尻山は、その美しい姿から「利尻富士」とも呼ばれます。日本最北の百名山でもあり、しま山100選、花の百名山にも選定されていて、山頂からは島全体を見渡すことができる360度の大パノラマが広がります。

利尻岳山頂
利尻岳山頂(BLOG「島旅女」さんから)

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甘露泉水

「絶景」といっていいのか迷いますが、”日本名水百選”に選ばれている「甘露泉水」は、利尻山に降った雨や雪が地下に浸み込み、長い年月をかけて育まれた湧水です。まろやかで甘みがあることからこの名前がついたそうで、日本の最北端の名水として知られています。

甘露泉水
甘露泉水(BLOG「島旅女」さんから)

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オタトマリ沼

周囲約1kmの「オタトマリ沼」は利尻島最大の湖沼で、利尻を代表する景観のひとつです。周りには遊歩道が整備されていて、水面に浮かぶ利尻山を眺めながら散策をすることができます。

オタトマリ沼
オタトマリ沼(BLOG「島旅女」さんから)

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夕日ヶ丘展望台

頂上は55mほどの丘ですが、利尻山のてっぺんから裾野に広がる鴛泊の街並み、反対にはポンモシリ島、その向こうには礼文島まで望むことができる「夕日ヶ丘展望台」。名前の通り夕日の名所で知られていて、サンセットの時間が近づくと美しい夕陽を見るため多くの人が集まります。

夕日ヶ丘展望台(BLOG「島旅女」さんから)
夕日ヶ丘展望台
夕日ヶ丘展望台(BLOG「島旅女」さんから)

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南浜湿原

「南浜湿原」は海抜約5mのメヌウショロ沼を含むミズゴケが発達した、利尻島最大の高層湿原です。約1kmの遊歩道が整備されており、ミズゴケなどの植物が群生する場所まで歩いて行くことができます。売店やトイレの設備は無いですが、姫沼やオタトマリ沼に比べて訪れる人は比較的少ないので静かにゆっくりと散策をすることができます。夜は星空スポットとしても有名です。

南浜湿原
南浜湿原(BLOG「島旅女」さんから)

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利尻島のまとめ

火山の島・利尻島の成り立ちと礼文島との違いは?

利尻島は北海道稚内市内の南西約40kmの海上にあり、周囲が約61kmの島です。利尻島はその姿からも明らかなように火山島で、約200万年前の海底火山の噴火によって生まれました。一方の礼文島はその北西、約8kmにあってその歴史はずっと古く、約1億5000万年前に海底の堆積岩がが隆起してできました。

利尻のウニが名物になったわけは?

江戸時代以前から利尻の昆布は有名でした。しかし大正時代になるとウニの食害が原因で昆布の生産がピンチになります。そこで昆布を守るためにウニの駆除が始まりました。最初は誰も見向きもしなかったのに、今では最高のグルメ食材になりましたが、最初は単なる厄介者だったわけです。

利尻の絶景はどこで見られる?

利尻島は島全体が絶景の宝庫です。中でも島の中央に聳える利尻だけの山頂や、夕日ヶ丘展望台から見る海に沈みゆく夕陽は絶景と呼ぶにふさわしいでしょう。

※記事内の情報と写真はBLOG「旅女」さんから引用させていただきました

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