「この卵、10個で1000円です」。そう聞いたら、ちょっと期待してしまいませんか? スーパーでいつも買っている卵よりずっと高い。ブランド卵。濃厚な黄身。こだわりの飼料。そしてテレビでは、
「うわっ! 濃厚!」
「全然違う!」
「こんな卵、食べたことない!」
と出演者たちが大騒ぎしています。そこまで言われたら、とこちらも思います。
「じゃあ、1000円の卵は本当にそんなにおいしいの?」
ところが実際に高価なブランド卵を買って食べてみると、「……あれ? 普通に卵だな」なんてこともあります(笑)。もちろん、味覚は人それぞれ。でも私たちはいつの間にか、
高いものはおいしい。
希少なものはおいしい。
有名な人がおいしいと言ったものは、きっとおいしい。
そんな「おいしさの公式」を、どこかで信じているのかもしれません。しかも今では、かつて家庭でご飯に卵を落として醤油をかけて食べていた素朴な一膳まで、「TKG」という名前になりました。
ブランド卵がある。専用醤油がある。専門店まである。ついには「卵かけご飯専用米」まで登場しました。……卵かけご飯、ずいぶん出世したものです(笑)。
けれど、ここで笑って終わってしまうには、ちょっと惜しい。テレビ朝日系『食彩の王国』に登場する神奈川県三浦半島のブランド卵、「姫様のたまご」を追いかけてみると、一個の卵から意外な世界が見えてきます。
作っているのは、横須賀市の養鶏場を継いだ二代目・岩澤剛さん。地元の食材を生かした飼料を考え、鶏がのびのび育つ環境をつくり、「姫様」のように大切に育てる。
ところが、その挑戦は最初から歓迎されたわけではありません。先代からは猛反対されたといいます。それでも作り続けた卵を食べて、今度は葉山のお米屋さんが動きました。
「この卵に合う米を作りたい」
五ツ星お米マイスターが、卵かけご飯専用のブレンド米を考える。料理人が使う。和食になる。スイーツになる。さらに葉山の黒毛和牛と出会い、新しいイタリア料理にまでなっていく。そうなると、少し疑問が変わってきます。
「1000円の卵は、本当においしいのか?」ではなく、
「そもそも私たちは、何を『おいしい』と感じているのだろう?」
卵そのものの味でしょうか? 炊きたての米でしょうか? 醤油でしょうか? 育てた人の技術でしょうか? 料理人の腕でしょうか? それとも「これは特別な卵です」という物語まで、一緒に味わっているのでしょうか?
1000円の卵が、100円の卵より10倍おいしいとは限りません。でも一個の卵をきっかけに、生産者と米屋と料理人が本気になり、いつもの一膳をもっとおいしくしようと考え始めたのだとしたら…。そこには、値段だけでは測れない何かがありそうです。
今回は「姫様のたまご」をきっかけに、「高い=うまい」の、その先へ。究極のTKGを食べる前に、まずは私たち自身の「おいしい」を少し疑ってみることから始めてみましょう。……ただし、1000円の卵とスーパーの卵を目隠しして食べ比べる企画は、今回はありません(笑)。
【放送日:2026年8月15日(土)9:30 -9:55・テレビ朝日】
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1000円の卵は、本当に100円の卵よりおいしいのか?──ブランド卵をめぐる素朴な疑問
最初に、いちばん気になることから考えてみましょう。10個1000円のブランド卵は、10個100円の卵より本当においしいのでしょうか? 答えは、
「違いはある。でも、1000円だから10倍おいしいわけではない」
という、なんとも当たり前のものになりそうです。「なんだ、そんなことか」と思うかもしれません。でも、ここがブランド卵を考えるうえで、とても大切な出発点です。
卵の味は、本当に変わる
まず、「どんな卵でも味は同じ」というわけではありません。鶏が食べる飼料。鶏の品種。卵の鮮度。飼育環境。そして調理方法。さまざまな条件によって、香りやコク、食感などに違いが生まれる可能性があります。
特に飼料は重要です。私たち人間の身体が食べたものからつくられているように、鶏が産む卵もまた、鶏が食べたものと無関係ではありません。だから養鶏家は、「どんな卵を作りたいのか」を考えながら飼料を工夫します。今回登場する「姫様のたまご」も、地元の食材を生かした飼料などを工夫しながら作られています。
ならば、「ブランド卵には、普通の卵にはない味の違いがある」という話そのものは、不思議ではありません。問題はここからです。
「黄身が濃いから、味も濃い」は本当?
ブランド卵を割ったとき、「うわっ、黄身が濃い!」と言いたくなることがあります。オレンジ色に近い、鮮やかな黄身。見るからに濃厚そうです。でも、黄身の色が濃い=味が濃い=高品質と単純には言えません。黄身の色は、鶏が食べている飼料に含まれる色素の影響を大きく受けるからです。
つまり私たちは、舌で味わうより先に、目で「おいしそう」と判断していることになります。考えてみれば料理は、いつだってそうです。同じ料理でも、きれいな器に盛られているほうがおいしそうに見える。焼きたての湯気が立っていれば食欲がわく。
黄身がぷっくり盛り上がり、鮮やかなオレンジ色をしていれば、「これは絶対に濃厚に決まってる!」と思う。まだ食べてもいないのに(笑)。でも、それを「騙されている」と考える必要もありません。見た目もまた、おいしさをつくる要素の一つだからです。
では、1000円は何の値段なのか?
ここで、もう一度値札を見てみましょう。10個1000円。一個100円です。いつもの卵が10個300円前後なら、一個30円ほど。ずいぶん違います。では残りの70円は、「おいしさ代」なのでしょうか。おそらく、そんな単純な話ではありません。
ブランド卵の価格には、飼料へのこだわり。飼育環境。生産規模。手間。流通方法。パッケージ。ブランドを維持するためのコスト。さまざまなものが含まれます。つまり1000円という値札は、「普通の卵より何倍おいしいか」を表す点数ではないのです。
ここを勘違いすると、「3倍の値段なんだから、3倍うまいはずだ!」となってしまいます。そして一口食べて、「……普通に卵じゃん」となる(笑)。卵は、どんなに高くても卵です。マンゴーの味にはなりません。
目隠ししたら、本当に分かる?
では、ブランド名も値段も隠して食べたらどうでしょう。Aの卵。Bの卵。どちらが1000円のブランド卵なのか知らされていません。炊きたての同じご飯に、同じ量の卵をかけ、同じ醤油を使う。さて、私たちは本当に当てられるのでしょうか?
もちろん、違いを感じ取れる人もいるでしょう。「こちらのほうがコクがある」「こっちの卵白の食感が好き」と判断できる人もいるはずです。一方で、「……どっちだろう?」となる人がいても、まったく不思議ではありません。
そして、もし1000円の卵を当てられなかったとしても、その人の味覚が劣っているわけではありません。そもそも食べ物のおいしさは、価格を当てるゲームではないからです。
例えばYouTubeの動画を見ていても、金沢で金箔付きのソフトクリームを食べて「美味しーい!」と喜んでいる投稿者も見かけますが、残念ながら金箔に味はありません(笑) そりゃそうです。金は「王水(硝酸と塩酸を1:3の割合で混ぜた混合液)」にしか溶けないのですから…。
それでも「1000円」と聞くと、おいしそうに思える
ところが面白いのは、「こちらが1000円の○○というブランド卵です」と教えられてから食べた場合です。
「へぇ、これが噂の……」と思う。生産者が手間をかけていると聞く。料理人も絶賛していると聞く。テレビで紹介されたと知る。SNSには、「濃厚!」「今までの卵と全然違う!」なんて書いてある。
そうした情報を全部知ったうえで一口食べれば、「なるほど、確かにおいしい」と感じることもあるでしょう。ここが、人間の味覚の面白いところです。
私たちは舌だけで食事をしているわけではありません。目で見ます。鼻で香りを感じます。食感を楽しみます。そして、頭でも食べています。
値段。ブランド。評判。生産者の物語。食べている場所。一緒に食べている人。そうしたものまで含めて、「おいしい」と感じています。だから、「高いからおいしく感じるなんて、騙されている」と笑ってしまうのも、少し違うのかもしれません。
「みんながおいしい」と言ったら、おいしくなる?
そして、もう一つ。私たちは他人の評価にも影響されます。ネットショッピングでも「口コミ」の評価を気にするのと同じことです。どんな人が書いたのかも知らないのに…(笑)
テレビをつければ、出演者が、「うまっ!」と驚いている。「美味いにきまってるぅー」なんて言っている。SNSを開けば、「絶対食べるべき!」と書かれている。行列ができている。予約が取れない。
そうなると、まだ食べていない私たちの頭の中にも、「これはおいしい食べ物だ」という予備知識が刷り込まれます。日本人特有の「みんなと同じものを好む心理」として語りたくなるところですが(笑)、これは日本人だけの話と決めつけないほうがよさそうです。
人間はそもそも、周囲の評価や期待から完全に自由な状態で食べることが難しいからです。そして、それでいいのだと思います。旅先で食べたからおいしかった。人気店だからワクワクした。生産者の話を聞いたから大切に味わった。それもすべて、食事という体験です。
では、ブランド卵にお金を払う意味はないのか?
ここまで読むと、「じゃあ、わざわざ高い卵を買う必要なんてないじゃないか」と思うかもしれません。でも、それもまだ早い。もし養鶏家が、よりおいしい卵を作ろうと飼料を変え、鶏の育つ環境を考え、何年も試行錯誤していたとしたら。
そして、その卵を食べた料理人が、「この卵を使ってみたい」と思ったとしたら。そこには、スーパーの値札だけでは比較できない価値があります。「1000円の卵は、100円の卵より10倍おいしい卵ではない」。でも、「なぜ、この卵に1000円という値段を付けたのか?」を知ることには、ちょっと意味がありそうです。
今回の主役「姫様のたまご」を作った岩澤剛さんも、ただ値段の高い卵を作ろうとしたわけではありません。鶏たちを、まるで「姫様」のように育てる。そこから、一つのブランド卵が生まれました。
では――鶏を「姫様」にしたら、本当に卵はおいしくなるのでしょうか?次は横須賀の養鶏場へ行って、その「姫様の暮らし」をちょっと覗いてみましょう。
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鶏を「姫様」にしたら、卵はおいしくなるのか?──二代目が変えた飼料と育て方
「姫様のたまご」。ずいぶん思い切った名前です。この名前だけ聞けば、広々とした鶏舎で優雅に暮らす鶏たちを想像してしまいます。一羽ずつ名前が付いていて、朝になるとクラシック音楽が流れ、午後3時にはおやつが出て、頭には小さなティアラ――。……さすがに、そこまでの「姫様」ではありません(笑)。では、何が姫様なのでしょう。
「姫様のたまご」を作っているのは、神奈川県横須賀市にある岩沢ポートリー。二代目の岩澤剛さんが目指したのは、単に高価な卵を作ることではなく、鶏の育て方そのものを見直すことでした。
おいしい卵を作るなら、まず鶏を見る
考えてみれば当たり前のことです。卵は工場で材料を混ぜて作る加工食品ではありません。鶏の身体の中で作られるものです。ならば、おいしい卵を作ろうと思えば、「卵に何をするか」だけではなく、「卵を産む鶏をどう育てるか」を考えることになります。
岩澤さんが試行錯誤したものの一つが、飼料でした。地元の食材を取り入れながら、鶏が何を食べれば、自分が目指す味の卵になるのかを考える。これは前の章で触れた、「卵の味は鶏が食べたものと無関係ではない」という話につながります。
ただし、ここでも少し慎重になりましょう。「高級なエサを食べさせれば、必ず高級な味になる」なんて単純なものではありません。飼料の配合を変えれば、卵黄の色や脂質組成、香りなどに影響する可能性があります。でも最終的に人間が、「こっちのほうがおいしい」と思うかどうかは別問題です。
だから養鶏家がやっているのは、魔法ではありません。試して、卵を見て、食べて、また変える。その繰り返しです。
「のびのび育てる」と、おいしくなるのか?
もう一つ、岩澤さんが大切にしているのが飼育環境です。ここにも、ちょっと難しい問題があります。私たちは、「ストレスなく育った鶏の卵です」と聞くと、それだけでおいしそうに感じます。反対に、狭い環境でたくさん飼育されている鶏を想像すると、「かわいそうだし、卵もおいしくなさそう」と思ってしまう。
でも、飼育スペースが広ければ、それだけで卵がおいしくなると単純には言えません。卵のおいしさと、動物福祉としてどんな環境で飼育するのが望ましいかは、重なる部分があっても同じ問題ではないからです。ここを一緒くたにすると、「幸せな鶏=おいしい卵」という、なんとなく分かりやすい物語になってしまいます。
でも「姫様」という名前の本当の価値は、むしろそこではないのかもしれません。以前に「女は子供を産む機械」なんて発言をして大炎上した国会議員がいましたが、鶏を単なる「卵を産む装置」として見ない。
今日どんな状態なのか。何を食べているのか。どんな環境で過ごしているのか。そして、そこからどんな卵が生まれているのか。一羽一羽を文字通りお姫様扱いするというより、卵だけを見るのではなく、その向こうにいる鶏を見る。それが「姫様」という名前に込められた考え方なのでしょう。
二代目の「もっと」が、先代には怖かった
ところが、新しいことを始めようとすると必ず出てくる問題があります。先代です。岩澤さんの挑戦も、最初から歓迎されたわけではありません。番組予告によれば、先代から猛反対されたといいます。これも無理のない話でしょう。養鶏は趣味ではありません。生活を支える仕事です。
飼料を変える。育て方を変える。手間を増やす。それによって生産コストが上がれば、卵の値段にも跳ね返ります。「もっといい卵を作りたい」という二代目の理想に対して、先代には先代なりの、「ちゃんと商売として続けられるのか」という現実があったはずです。
詳しい反対理由は番組で確かめたいところですが、ここを単純な、「古いやり方に固執する父 VS 革新的な息子」にはしたくありません。だって先代は、それまで養鶏場を守ってきた人です。続けてきた人の慎重さと、変えようとする人の挑戦。どちらにも理由がある。その間で生まれたのが、「姫様のたまご」だったのでしょう。
「初卵がおいしい」のではなく
ここで、少し別の卵の話を思い出します。若い鶏が産卵を始めたころの卵は、「初卵」などと呼ばれることがあります。珍しさから特別な価値を持たせて販売されることもありますが、「初卵だから普通の卵より格段においしい」と単純に考えるのは早計でしょう。
でも、その卵を見たとき、「この一個が生まれるまで、鶏を育ててきた人がいる」と考えたら、少し見え方が変わります。ひよこのころから育てる。毎日エサを与える。健康状態を見る。そして産卵するまで育った。私たちはスーパーで卵を買うとき、つい卵だけを見ます。
サイズ。個数。賞味期限。そして――値段(笑)。でも卵の向こう側には、必ず鶏がいます。さらにその鶏を育てている人がいる。「姫様のたまご」が面白いのは、ブランド名によって、その当たり前のことを、もう一度こちらへ振り向かせているところなのかもしれません。
では、「姫様のたまご」は本当においしいのか?
結局、また最初の質問へ戻ってきました。飼料にこだわった。飼育環境を工夫した。先代に反対されながら試行錯誤した。だから、「姫様のたまごは絶対においしい!」……とは、まだ言いません(笑)。それを決めるのは、最後は食べる人です。
でも、一つだけ面白いことが起きました。岩澤さんが作った卵を食べて、「この卵なら、それに合う米を作ってみたい」と思った人が現れたのです。葉山町で米店を営む、五ツ星お米マイスターの椿和憲さん。普通なら、「卵かけご飯に合う卵を探す」ところでしょう。
ところが今回は逆です。卵に合わせて、ブレンド米を作ってしまった。そこまで来ると、もはや問題は、「1000円の卵がおいしいか」だけではなくなります。
卵がおいしい。米がおいしい。だから一緒にすれば究極になる――。本当にそうなのでしょうか? 次は、ずいぶん偉くなってしまった(笑)日本の庶民食、「卵かけご飯」を茶碗の中からじっくり考えてみましょう。
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なぜ卵かけご飯が「究極のTKG」になったのか?──専用米まで生まれた一膳
ご飯を茶碗によそう。卵を一個割る。醤油を少しかける。混ぜて食べる。以上。
少なくとも長い間、卵かけご飯とはそんな食べ物だったのではないでしょうか。特別な料理というわけでもない。ご飯に味噌汁をかけて掻っ込む”猫まんま”と並んで、かつては親からも「下品だからやめなさい!」とたしなめられるような食べ方で、料理人の技が必要なわけでもない。ましてや、「究極のTKG」などと呼んでありがたがるようなものでもありませんでした。
それがいつの間にか「TKG」とアルファベット3文字で呼ばれるようになり、専用醤油が登場し、専門店までできました。そして、とうとう今回登場するのが、卵かけご飯専用の米。卵かけご飯。ずいぶん偉くなったものです(笑)。
卵に合わせて、米を選ぶ
「姫様のたまご」に惚れ込んだ一人が、葉山町のつばき米店を営む椿和憲さんです。五ツ星お米マイスターの資格を持つ、いわば米のプロ。椿さんは「姫様のたまご」を食べ、その味をより生かすために、卵かけご飯専用のブレンド米を開発したといいます。
ここで、ちょっと不思議な逆転が起きています。普通なら、「このご飯には、どんな卵が合うだろう」と考えそうなもの。ところが今回は、「この卵には、どんな米が合うだろう」と考えた。「姫様」のために、とうとう米まで仕立て始めたわけです。なるほど、お姫様扱いです(笑)。でも、これは単なる話題づくりと切り捨てるには、少し面白い発想です。
「おいしい米」なら何でもいいわけではない
そもそも米には、それぞれ違った個性があります。粘りが強いもの。粒立ちを感じやすいもの。甘みを感じやすいもの。やわらかく炊き上がるもの。しっかりした食感を残すもの。ならば卵をかけたときにも、その違いは残るはずです。
卵かけご飯では、炊いた米に液体である生卵を混ぜます。ご飯は水分をまとい、食感も変わる。そこへ醤油の塩味や香りが加わります。つまり卵かけご飯とは、「おいしい卵を、おいしい米にかければ完成」というほど単純ではないのかもしれません。
卵が濃厚なら、米はどうするのか。卵を受け止める粘りが必要なのか。それとも卵をまとっても粒を感じられるほうがいいのか。米の甘みを強くするのか。卵の風味を邪魔しないよう控えるのか。考え始めると――あれ?卵かけご飯って、意外と奥が深いぞ。となってきます(笑)。
「最高+最高=究極」なのだろうか?
ここでもう一つ、疑ってみましょう。最高級の卵。最高級の米。最高級の醤油。全部そろえれば、究極の卵かけご飯になるのでしょうか? 必ずしも、そうとは限りません。これではグルメ漫画の「至高のメニュー」と「究極のメニュー」対決になってしまいそうです(笑)
料理では、一つ一つの素材が強すぎれば、かえって全体のバランスを崩すことがあります。これは卵かけご飯だって同じでしょう。濃厚な卵には、それを受け止める米。甘みのある米には、それを引き締める醤油。そして、炊き上がりの温度や卵との割合。大切なのは、それぞれの値段や肩書ではなく、一緒に口へ入ったとき、どう感じるか。
そう考えると「専用米」という発想も、少し違って見えてきます。高級卵をさらに高級に見せるための脇役ではない。卵と米を一つの料理として考えた結果なのだとしたら、それはちゃんと料理人の発想です。
「TKG」になって、私たちは卵かけご飯を見直した
それでも、「昔から食べていた卵かけご飯をTKGなんて呼んで、何を今さら」と思う人はいるでしょう。それもよく分かります(笑)。ただ、ブームには一つ面白いところがあります。当たり前すぎて見えなくなっていたものを、もう一度見直すきっかけになることです。
ご飯。卵。醤油。たったそれだけ。だからこそ、それぞれを変えれば味がそのまま表れます。豪華なソースもない。香辛料で隠すこともできない。考えてみれば、かなり素材に正直な食べ物です。
「TKG」という少々気取った名前(笑)を与えられたことで、私たちは初めて、「ところで、卵かけご飯ってどうしたらもっとおいしくなるんだろう?」と本気で考え始めたのかもしれません。
それでも、家の卵かけご飯はうまい
でも、ここで忘れたくないものがあります。1000円のブランド卵がなくてもいい。専用ブレンド米がなくてもいい。五ツ星お米マイスターがいなくてもいい(笑)。炊きたてのご飯がある。冷蔵庫から卵を一個取り出す。茶碗の縁でコンコンと割る。醤油を少しかける。それだけで、「うまいな」と思う朝があります。
もしかすると卵かけご飯の魅力は、究極を目指したところだけにあるのではなく、誰でも自分の「これが好き」を作れるところにあるのかもしれません。
黄身だけをのせる人。全部混ぜる人。先に卵を溶く人。醤油を卵へ入れる人。ご飯へ先に醤油をかける人。海苔を入れる人。ネギを入れる人。納豆まで参戦させる人。おそらく全員、「俺の食べ方が一番うまい」と思っています(笑)。それでいいのでしょう。
「究極」は、一つじゃない
だから「究極のTKG」という言葉を、世界で一番おいしい卵かけご飯という意味で受け取る必要はないのかもしれません。椿さんにとっては、「姫様のたまご」の個性をどうすればもっと生かせるのか。その答えとして米を選び、組み合わせ、ブレンドした。
それが、「この卵のための一膳」になった。そう考えると「究極」という言葉も、少しだけ大げさではなくなってきます。
でも――。ここまで来ても、まだ一つ引っかかります。1000円の卵。専用米。五ツ星お米マイスター。「究極のTKG」。そんな言葉を並べられたあとで食べれば、まだ口に入れる前から、「これは絶対にうまい」と思ってしまわないでしょうか。
もし同じ一膳を、「スーパーの卵と、そのへんのお米です」と言われて出されたら、同じように感動するのでしょうか。どうやら次に調べるべきなのは、卵でも米でもありません。食べている、私たち自身です。
次は、「高いからおいしい」は本当なのか?値段、ブランド、口コミ、テレビ、そして「みんながおいしいと言っている」という情報まで。私たちの舌を動かしているものの正体を、ちょっと疑ってみましょう。
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「高いからおいしい」は本当なのか?──私たちの味覚を動かす値段と物語
ここに二つの卵があります。一つは、スーパーで買った普通の卵。もう一つは、こだわりの飼料で育てた鶏が産んだ、一個100円のブランド卵。どちらなのか知らされずに食べれば、「こっちのほうがコクがあるかな?」「いや、あまり違わないような……」と迷うかもしれません。
ところが、食べる前にこう言われたらどうでしょう。「こちらは一個100円。料理人も絶賛する希少なブランド卵です」なんだか急に、おいしそうに見えてきませんか?まだ食べてもいないのに(笑)。
私たちは「舌」だけで食べていない
食べ物のおいしさは、舌だけで決まるものではありません。香り。食感。温度。見た目。食べる場所。そして、食べる前に与えられた情報。私たちが「味」と呼んでいるものは、こうしたさまざまな感覚や経験を脳がまとめ上げた結果です。
だから、「高いものだから、おいしく感じた」ということが起きたとしても、それは単純に「舌が騙された」という話ではありません。値段という情報まで含めて、脳が食事を経験している。ここが面白いところです。
たとえば同じような料理でも、「本日のサービス品です」と言われるのと、「一日10食限定、料理長が厳選した希少食材を使っています」と言われるのでは、食べる前の期待が違います。限定。希少。最高級。幻の…。予約困難。そして、「究極」。テレビのグルメ番組が大好きな言葉ばかりです(笑)最近は「行列のできる…」もありますね(笑)
1000円という値札も「調味料」になる?
値段には、商品の品質を伝える役割があります。高価な飼料を使った。生産量が少ない。人の手がかかっている。流通にもコストがかかる。それなら価格が高くなるのは当然です。ところが消費者である私たちは、その因果関係をときどき逆向きにしてしまいます。
手間がかかっているから高い。ではなく、高いのだから、きっといいものだ。さらに、いいものなのだから、きっとおいしい。と考えてしまう。値段そのものが品質を判断する手がかりになっているわけです。
だから1000円という数字を知った瞬間、それまでただの卵だったものに、「濃厚そう」「特別そう」「きっと普通とは違う」という期待値が加わります。まさに「マーケティングの罠」です。だとしたら値札は、ときとして、舌に触れない調味料なのかもしれません。
「みんながおいしい」は、かなり強い
さらに強力なのが、他人の評価です。テレビでは芸能人が、「うまーーい!」を連発して目を見開いている。SNSには、「人生で一番おいしい!」「もう普通の卵には戻れない!」と並んでいる。店へ行けば行列。口コミは高評価。そこまで見せられれば、「どうやら、これはおいしいものらしい」という答えを、食べる前から私たちは知っています。
だから実際に食べたとき、「確かに濃厚だ」「やっぱり違う」と感じやすくなることはあり得ます。でも、これを単純に、「日本人はみんなと同じものをありがたがるから」だけで片づけるのも違うでしょう。周囲の評価を手がかりに判断するのは、人間に広く見られる行動だからです。
そもそも私たちは、世の中にあるすべての料理を自分で食べ比べてから店を選ぶことなどできません。だから口コミを見る。友人に聞く。料理人の評価を参考にする。テレビを見る。SNSを見る。つまり、「みんながおいしいと言っている」という情報には、ちゃんと便利な役割もあるのです。
問題は、それをいつの間にか、「みんながおいしいと言っている=私もおいしいと感じなければならない」へ変えてしまうことなのかもしれません。
マーケティングは「ウソ」をついているのか?
では、「究極」「最高級」「希少」といった言葉で商品を売るマーケティングは、私たちを騙しているのでしょうか? ここも、そう単純ではありません。本当に希少なものを「希少」と伝える。手間をかけた商品について、その工程を紹介する。生産者の思いを伝える。それ自体はウソではありません。「姫様のたまご」だって同じです。
飼料を工夫した。飼育環境を考えた。二代目が試行錯誤した。そこに事実があるなら、その物語を伝えることは商品の価値を説明することでもあります。問題になるのは、
「希少だから、おいしい」
「高いから、おいしい」
「有名料理人が使っているから、あなたも必ずおいしいと感じる」
と、本来別々の話を一本の線で結んでしまったときでしょう。希少性は、生産量の話です。価格は、経済的な価値の話です。ブランドは、信用や識別の話です。そして、おいしいかどうかは、最後には食べた人の感覚の話です。似ているようで、全部違います。
「幻の○○」は、本当にうまいのか?
グルメ番組を見ていると、よく登場します。「一頭からわずかしか取れない幻の希少部位!」なんて聞くと、「おおっ!」となります。でも冷静に考えれば、少ないことと、おいしいことは別問題です。一頭から100グラムしか取れない肉が、一頭から10キロ取れる肉より必ずおいしいという自然法則はありません。
珍しい。手に入りにくい。話のネタになる。それらには、それらの価値があります。YouTuberが大好きな決まり文句です。でも、珍しい=うまいではない。ここを一度切り離して考えるだけでも、グルメ情報との付き合い方はずいぶん変わりそうです。
でも「物語を食べる」のは、悪いことなのだろうか
ここまで書くと、「じゃあブランドなんて気にせず、目隠しして全部食べればいいじゃないか」という話になりそうです。でも、それもちょっと寂しい。旅先で、「この野菜は、向こうの畑で今朝採れたものですよ」と聞いたら、なんだかうれしい。
酒蔵で造り手の話を聞いたあとに飲む一杯は、家で飲むときとは違って感じる。子どものころ母親が作ってくれた料理を久しぶりに食べれば、もっと高価な料理よりおいしいと思うことだってある。そこに含まれているのは、化学的な味だけではありません。記憶や場所や人の物語まで、私たちは一緒に食べています。
だったら「姫様のたまご」という名前を知り、岩澤さんが鶏を育ててきた話を聞いてから食べて、「おいしいな」と思う。それもまた、本物の「おいしい」でいいのではないでしょうか。
「高いからうまい」から自由になる
大切なのは、高いものを疑うことでも、安いものだけを褒めることでもありません。1000円の卵を食べて、「これはうまい。1000円払ってでもまた食べたい」と思ったなら、それでいい。反対に、「うーん、うちの298円ので十分だな」と思ったって、それでいい(笑)。
テレビが何と言おうと。SNSで何万件「いいね」が付いていようと。料理人が絶賛していようと。最後に食べるのは、自分です。考えてみれば当たり前のことなのに、私たちは「究極」や「最高級」という言葉を前にすると、ときどきその当たり前を忘れてしまいます。
だから一度だけ、値札もブランドも口コミも頭の横へ置いて、「で、私はこれが好きなの?」と自分に聞いてみる。それだけでいいのかもしれません。
さて。ここまで散々1000円の卵を疑ってきました(笑)。でも最後に残った問いは、もはや「ブランド卵は本当においしいのか?」ではなくなっています。
「自分がおいしいと思ったものに、自分はいくら払いたいのか?」それはテレビにも、SNSにも、五ツ星お米マイスターにも決められません。答えを出せるのは、その卵を食べた本人だけです。だったら最後は、その人に決めてもらいましょう。結局、1000円の卵を買う価値はあるのでしょうか?
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結局、1000円の卵を買う価値はあるのか?──「おいしい」は自分で決めればいい
ここまで読んでくださった方にだけ、最後にお伝えしたいことがあります。この記事を最後まで読んだあなただけが、その真実を知ることができます。
……。
さて。前の章を読んだばかりなら、もう気づきましたよね(笑)。「あなただけ」出ました。マーケティングでよく使われる、なんとも魅力的な言葉です。
「選ばれた方だけ」
「今だけ」
「限定○個」
「知る人ぞ知る」
私たちは「誰でも知っているもの」より、「自分だけが知っているもの」に少し特別な価値を感じます。だから、この文章を読んだ瞬間にも、「えっ、何を教えてくれるんだろう?」と、ほんの少し期待してしまったかもしれません。もちろん、ここには秘密なんてありません(笑)。でも、それこそが今回、1000円の卵を追いかけながら見えてきた「おいしさ」の正体なのかもしれません。
1000円の卵を買う価値はある?
さて、最初の疑問へ戻りましょう。10個1000円のブランド卵を買う価値はあるのでしょうか? 答えは、とても簡単です。ある人にはあるし、ない人にはない。なんとも身も蓋もない結論です(笑)。でも、それ以外に答えようがありません。
「姫様のたまご」を食べて、「このコクが好きだ」「この卵で食べる朝ごはんが楽しみになった」「また買いたい」と思った人にとっては、1000円を払う価値があります。反対に食べてみて、「確かにおいしいけれど、いつもの卵で十分かな」と思った人にとっては、次からいつもの卵を買えばいい。どちらも間違っていません。なぜなら、おいしさに全国共通の正解なんてないからです。
1000円の卵は、10倍おいしくなくていい
そもそも、1000円の卵は100円の卵より10倍おいしくなければならないのでしょうか? 値段は、おいしさを点数にしたものではありません。飼料。飼育環境。生産規模。人の手間。流通。そして、よりよい卵を作ろうとしてきた時間。そうしたものが積み重なって値段になります。
だから1000円という価格に対して、「10倍うまくないから損だ」と考える必要もない。逆に、「1000円もするんだから絶対にうまい」と思う必要もありません。値段は値段。味は味。いったん別々に考えてみればいいのです。
「姫様のたまご」が面白かった、本当の理由
今回、「姫様のたまご」を追いかけていて興味深かったのは、値段でもブランド名でもありませんでした。一人の養鶏家が、「もっといい卵を作りたい」と考えた。
飼料を工夫した。鶏の育つ環境を考えた。先代と意見がぶつかりながらも、自分が目指す卵を作った。すると、その卵を食べた米屋さんが、「この卵に合う米を作ってみたい」と思った。さらに料理人が、「この卵なら、こんな料理ができるかもしれない」と考えた。
一個の卵が、別の食のプロを動かしていったのです。そこには「高級だから」という言葉だけでは説明できない何かがあります。たとえ1000円の卵と300円の卵を目隠しして食べて、違いが分からなかったとしても。誰かが作ったものが、別の誰かの創造力を動かした。それもまた、その卵が持っている価値なのでしょう。
私たちは「物語」まで食べている
そして、もう一つ。私たちは食べ物そのものだけを食べているわけではありません。旅先で食べたから、おいしかった。作ってくれた人の顔を知っているから、おいしかった。大切な人と一緒だったから、おいしかった。子どものころから食べているから、ほっとする。
そこには成分表には載っていない「おいしさ」があります。「姫様のたまご」だって同じでしょう。鶏がどう育てられたのか。岩澤さんがなぜその卵を作ろうと思ったのか。米屋さんがなぜ専用米まで作ったのか。その物語を知ったあとで卵かけご飯を食べれば、知らずに食べたときとは少し違って感じるかもしれません。
それを、「情報に騙されている」と切り捨てる必要もありません。物語まで含めて「おいしい」と感じたのなら、それもまた、その人にとって本物のおいしさです。
「究極のTKG」は、どこにある?
では結局、究極の卵かけご飯とは何なのでしょう? 最高級の卵。最高級の米。最高級の醤油。全部そろえた一膳でしょうか? もちろん、それも一つの答えです。
でも朝起きて、お腹がすいている。炊きたてのご飯を茶碗によそう。冷蔵庫から卵を一個出す。コンコン。パカッ。醤油を少し。ぐるぐる混ぜて、一口。「ああ、うまい」それだって、十分に「究極」なのかもしれません。
1000円の卵でなければ味わえない幸せもあるでしょう。いつもの卵だからこそ感じる安心もあるでしょう。どちらが上でも、下でもありません。
「おいしい」は、自分で決めればいい
テレビで芸能人が絶賛している。SNSで話題になっている。行列ができている。料理人が使っている。一個100円する。希少品。限定品。ブランド品。そんな情報を知ったうえで食べてもいい。全部疑って食べてもいい。でも最後に一つだけ、自分に聞いてみればいいのです。「で、私はこれが好きなの?」
「好き」と思ったなら、また買えばいい。「普通かな」と思ったなら、いつもの卵へ戻ればいい。それだけです。「姫様のたまご」が本当においしいのか。その答えをテレビに決めてもらう必要はありません。SNSにも、料理人にも、この記事にも決めてもらう必要はありません。最後に決めるのは、食べたあなた自身です。
そして翌朝。また炊きたてのご飯がある。冷蔵庫を開ければ、卵がある。それが1000円の「姫様」なのか。スーパーで買った、いつもの卵なのか。そんなことを少しだけ忘れて、一口食べてみる。「うん。今日の卵かけご飯、うまいな」そう思えたなら。たぶん、それで十分なのです。……という真実を知ることができたのは、この記事を最後まで読んだ「あなただけ」です。
はい。最後にもう一度、罠を仕掛けました(笑)。
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