『山里に受け継がれる古代布』山形・鶴岡市|羽越しな布の物語と手仕事の時間【あさイチ中継】

山奥の工房と機を織る女性 BLOG
現代に受け継がれる古代布「羽越しな布(しな織)」は”手仕事”が作り上げた
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山形県・鶴岡市の山里、関川地区。雪解けの水の音が響く静かな谷あいで、千年を超えて受け継がれてきた布がある。
「しな布(しな織)」——
しなの木の皮から採った繊維を、一年をかけて丁寧に糸へと紡ぎ、手織りによって命を吹き込まれる古代布だ。自然とともに生きるために生まれ、暮らしを守る知恵として育ち、今も山里の女性たちの手によって守られている。

指先の感覚と静かな呼吸、絶え間なく続く手仕事の積み重ねが、この布に宿る時間と想いをつくりあげてきた。現代では見ることの少なくなった、「人の手でしか生まれない強さとぬくもり」。2025年12月8日(月)放送のNHK「あさイチ・いまオシ中継」では、この古代布の物語と、山里に息づく手仕事が紹介される予定だ。

静かな山の暮らしの中で、なぜこの布は受け継がれ続けてきたのか。その答えを、ゆっくりと辿っていこう。

⛰ 山形・鶴岡市 関川地区とは? — 山里に息づく暮らしと“しなの木”

山形県の最上川の河口近く、新潟県との県境に位置する鶴岡市・関川地区。山々に囲まれ、豊かな水と緑に育まれたこの地では、古くから自然と寄り添う暮らしが営まれてきた。冬には深い雪が積もり、山の恵みに頼らなければ生きていけない厳しい環境。だからこそ、人々は自然の力を借りながら暮らしの技と知恵を育ててきた。

そんな関川地区の暮らしを支えてきた木のひとつが、「しなの木(科の木 / シナノキ)」だ。しなの木はシナノキ科の広葉樹で、日本の山地で広く見ることができる木。特にこの地では、春から夏にかけて採取できる樹皮の繊維が貴重な生活資源として使われてきた。

樹皮から取り出した繊維は丈夫で水にも強く、縄や網、山仕事の袋、衣服、敷物など暮らしの道具として欠かせない素材となった。その繊維を一年かけて糸にし、手で織り上げたものが 「しな布(しな織)」だ。関川地区の山の暮らしは、自然に支えられ、自然を尊びながら成り立ってきた。しな布は、その象徴でもある。

いまも受け継がれる手仕事は、“生きるための布”から“文化を守る布”へと姿を変えながら静かに命をつないでいる。

👘 しな布(しな織)とは? — 日本三大古代布のひとつ

しな布(しな織)は、しなの木(科の木)の樹皮から採れる繊維を糸にし、手織りによって仕上げられる古代の布だ。日本に古くから伝わる布の中でも特に歴史が深く、沖縄の芭蕉布、静岡の葛布と並び、“日本三大古代布”のひとつとして知られている。

しなの木の樹皮は、採取してすぐ使えるものではない。剥いだ樹皮を雪解けの清水に長い時間浸し、繊維をほぐして細く裂き、細い糸状にするまでにはおよそ一年もの時間を要する。そうして作られた糸を手織り機で丁寧に織り上げ、ようやく一枚の布が生まれる。機械では決して生み出せない手触りと強さ、水にも強く、使い込むほど風合いが増すのが特徴だ。

その歴史は古く、縄文時代の遺跡からしな布の布片が発見されていることから、日本の生活文化に深く根付いてきたことがわかる。ただ飾るためではなく、“生きるために必要な布”として存在してきたのだ。

現代では、バッグ、帽子、テーブルセンター、名刺入れなど日常の中で長く使える工芸品として生まれ変わり、温かみのある風合いと強さから、静かな人気を集めている。

しな布(しな織)の作品(出典:やまがた庄内観光サイト)
しな布(しな織)の作品(出典:やまがた庄内観光サイト)

しな布は、ただの布ではない。山と人の暮らし、自然の恵み、時間の積み重ねが形になったものなのだ。

⛰ なぜ山里で受け継がれてきたのか? — 生活と自然の結びつき

しな布が生まれ、守られてきた背景には、山里の暮らしと自然との深い結びつきがある。関川地区のような雪深い山間部では、冬の長いあいだ、外での作業がほとんどできない。食料も生活用品も簡単には手に入らず、「自分たちの手でつくり、守り、受け継ぐ」という暮らしの知恵が不可欠だった。

しなの木の繊維は丈夫で水にも強く、縄、袋、網、衣類、敷物など生活に欠かせない道具を作るための大切な素材だった。山の恵みを生かし、必要なものを自分たちでつくるために、しな布の技は自然と受け継がれていった。

また、しなの木は 厳しい山の環境でも育つ木で、まさにこの土地の暮らしを支える存在だった。木を切るのではなく、樹皮だけを剥ぎ、また再生していく自然のリズムに合わせた採取方法。自然を奪うのではなく、共に生きる知恵が息づいている

そして——しな布の技を守り繋いできたのは、主に山里の女性たちだった。家族の生活を支え、冬の静けさの中で手を動かし、一年かけて糸を紡ぎ、布に仕上げていく。手間と時間を惜しまず、その積み重ねが家を守り、地域を守ってきた。

しな布は「伝統工芸品」になる前に、命を生き延びさせるための布だったのだ。だから、この布には「美しさ」だけではなく、祈りと、覚悟と、愛情が重なっている。

🪵 しなの木と糸づくり — 一年をかけて紡がれる手仕事

しな布づくりは、しなの木(科の木)の樹皮を採取するところから始まる。素材となる樹皮を採る作業は、木を切り倒すのではなく、幹に傷をつけないよう、薄く丁寧に剥ぐというもの。自然を奪わず、木を生かしながら恵みをもらう知恵が息づいている。

かわはぎ(出典:古代布しな織り「柴田屋」)
かわはぎ(出典:古代布しな織り「柴田屋」)

採取した樹皮は、すぐに使えるわけではない。まず、外側の硬い皮を取り除き、柔らかい内皮だけを残す。その後、冷たい山の清水に長い時間浸す。水の中で繊維をふやかし、ゆっくりとほどきながら糸状に裂いていく。この工程だけで何ヶ月もかかる。

しなこき(出典:古代布しな織り「柴田屋」)
しなこき(出典:古代布しな織り「柴田屋」)

夏にはやわらかく、冬には凍えるように冷たい水。季節や自然の機嫌と対話しながら根気強く糸に整えていく。糸になった繊維は、手の指先の感覚だけを頼りに撚りをかける。機械では決して生まれない“均一ではない、でも生きている糸”になる。

その糸を、木の手織り機で一本一本、丁寧に織り重ねていく。織っては休み、また織り、美しい布が一枚完成するまでにはおよそ一年もの時間が必要になる。その長い時間は、手間や労力だけではなく、祈りと覚悟と愛情そのものだ。

はたおり(出典:古代布しな織り「柴田屋」)
はたおり(出典:古代布しな織り「柴田屋」)

だから、しな布には“あたたかさ”でも“柔らかさ”でもなく、「生き抜くための強さ」が宿っている。使い込むほどしなやかになり、風合いが増していくのは、繊維の中に人の手のぬくもりと時間が蓄積されているからだ。

👜 しな布は今、何に使われている? — 現代の暮らしと可能性

長い時間と手間をかけて生まれるしな布は、かつては生活を支えるための道具として袋や縄、漁網、衣服、敷物などに利用されてきた。しかし現代では、その独特の風合いや強さが評価され、生活の中で長く愛用できる工芸品としてさまざまな形に生まれ変わっている。

👜 日用品・工芸品としての活躍

しな布の代表的な用途はこんな感じだ。

  • バッグ、トートバッグ
  • 財布、名刺入れ、カードケース
  • テーブルセンター、ランチョンマット
  • インテリアの敷物やタペストリー
  • 帽子や衣服の素材
  • 和紙のような質感のアート素材

自然な艶と独特の織り模様、そして使い込むほど柔らかさと深い味が増す特徴から、「長く育てていく布」として静かに人気が高まっている。

しな布(出典:aaN store)
しな布(出典:aaN store)

💧 丈夫さと耐水性

しな布は、水に濡れても破れにくい性質を持つ。もともと漁や山仕事で活躍してきた布であり、現代でもアウトドア用品や持ち運びの多い小物に向いている。

🌱 サステナブルな素材として注目

しな布は木を伐採することなく樹皮だけを採取するため、自然を破壊せず、再生と共存ができる素材。「循環する暮らし」「未来に残すもの」という観点からも価値が再評価されている。

✨ しな布の魅力をひと言で言うなら

“時と手のぬくもりを重ねるほど、美しく育つ布”

大量生産にはできない時間の価値が、この布には確かに宿っている。

👵 作り手たち — 山里の女性たちが守り続ける理由

しな布を受け継いできたのは、関川地区を中心とする山里の女性たちだ。しなの木の繊維を採る作業から、
水に浸す、糸を裂く、撚りをかける、織り上げる——そのすべての工程に、細やかな指先の感覚と途切れることのない集中力が必要になる。

しな布づくりは、一日で完成するものではない。一年という長い時間をかけて、季節の移ろいとともに少しずつ形を変えながら進んでいく。自然のリズムに寄り添いながら、ゆっくり、ゆっくりと積み重ねていく仕事だ。

この仕事を担ってきた女性たちは、家族を支えるため、地域の暮らしを守るため、そして何より 山と共に生きる誇りを忘れないために、しな布の技を受け継いできた。

大量生産の技術が広まり、生活が便利になっていく中で、しな布が必要とされる場面は減っていった。それでも、手を止めなかった人たちがいた。

「誰かが続けないと、この布は消えてしまう」

その思いが、しな布の文化を現在へとつなぎとめてきた。今では、受け継がれた技を若い世代へ渡すための教室や体験の場も生まれている。布だけでなく、“時間”や“想い”や“手の温度”まで受け継いでいく取り組みだ。しな布は、ただ「残す」ためではなく、“未来へ手渡すために”今日も静かに織り続けられている。

🛍 体験できる場所・購入方法・アクセス情報

しな布の魅力を、触れて知りたい、実際に手に取ってみたい——そんな思いに応えてくれる場所が、鶴岡市関川地区にはいくつか用意されている。

🧵 しな織の体験ができる場所

しな布の制作過程の一部(糸裂きや織りなど)を体験できるワークショップが開催されることがある。見学だけでなく、実際に手で触れて作ってみることで、一年かけて作り上げる布の重みと温度を実感できる。

関川しな織センター

★ 体験の最新情報は
鶴岡市公式サイト・観光案内所・マタギの郷関連施設などで確認するのがおすすめ。
※ 季節や講師の予定により開催日が変動


👜 購入できる場所

しな布製品は、以下の場所で購入できる場合があります

  • 鶴岡市関川地区の展示販売施設
  • 鶴岡市内の工芸品販売店
  • 伝統工芸展・地域イベント
  • オンライン販売(数量・時期が限られる)
    バッグや名刺入れ、テーブルセンターなど
    日常で長く使えるものが人気。しな布は大量生産ができないため、
    “出会ったときが買いどき”と言われるほど貴重。

しな織創芸石田

古代布しな織 柴田屋


🚶 アクセス

📍 山形県鶴岡市 関川地区
新潟県との県境に位置し、山と川に囲まれた静かな集落。

<JR利用>
JR羽越本線「鶴岡駅」から車で約50分
(公共バスも一部あり・季節で変動)

<車>
山形自動車道「鶴岡IC」から約60分
※ 冬季は道路状況に注意、冬タイヤ必須


📷 訪れる際の注意点

  • 工房の見学は 事前問い合わせが基本
  • 撮影は 作り手の方へ確認が必要
  • 冬は積雪・凍結があるため 移動は慎重に

しな布は、ただ「見る」だけでは伝わらない。手で触れ、重さとざらりとした感触を確かめることで、布が生きていることを知る。会いに行く価値のある布であり、会いに行くべき場所だ。

✍️ まとめ|時間を重ねるほど、美しくなる布と生き方

山形・鶴岡市の関川地区で受け継がれてきたしな布(しな織)は、ただ伝統を守るために残された工芸品ではない。深い雪の季節を越えるために、厳しい暮らしを支えるために、自然と共に生きるために生まれた布。木の皮を剥ぎ、清らかな山の水で洗い、一年をかけて糸をつくり、指先だけを頼りに織り上げていく。そのひとつひとつの作業には、祈りのような慎ましさと、生き抜くための強さが宿っている。

大量生産や効率とは遠い場所で、自然と人の呼吸が重なる速度で、静かに紡がれてきた布。だからこそ、使い込むほど柔らかく、風合いが深まり、時間とともに美しさを増していく。布は、人の生き方そのものだ。

2025年12月8日(月)放送のNHK「あさイチ・いまオシ中継」では、この布を守る人たちの想いと、山里の静かな時間が紹介される予定。ただの伝統工芸としてではなく、“今を生きる私たちが受け取るべき物語”としてそっと触れてみてほしい。旅は、景色だけでは終わらない。触れた手の感覚と、心に宿る余韻が、その旅を本物にする。

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