日本海を望む海辺の湯。山里にひっそりと湧くやわらかな湯。富山・氷見温泉郷には、まったく性格の違う二つの秘湯がある。
濃くて個性的な海の湯に溶け、なめらかな山の湯に包まれる。「ゆったり温泉ひとり旅」は、その違いを味わう時間だ。
【放送日:2026年2月27日(金)18:05 -18:34・NHK-BSP4K】
富山・氷見温泉郷とは?海と山が寄り添う“ゆったりの土地”
富山湾に面する 氷見市。背後には緩やかな山並み。前には深い海。この距離感が、氷見の個性だ。海と山が数キロのあいだで切り替わる。潮の匂いを感じながら、車で少し走れば里山の静けさに包まれる。
富山湾は、水深が急に深くなる地形を持つ“天然のいけす”。寒ブリで知られるけれど、ベニズワイガニ、白エビ、ホタルイカなど、季節ごとに主役が変わる。そしてその海の近くに湧くのが、氷見温泉郷。海水に由来する成分を含んだ濃い湯。塩分をまとい、湯上がりが長く続く温もり。
一方、山里に足をのばせば、柔らかくなめらかな湯が待っている。同じ町に、性格の違う二つの温泉。これは偶然ではない。海と山が近いという地形そのものが、湯の個性を生み出している。
氷見は派手な観光地ではない。でも、滞在するとわかる。急がない。誇張しない。ただ、湯に浸かり、海を眺め、魚を味わう。“ゆったり”という言葉が、ちゃんと似合う土地。
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まずは海の秘湯へ──足が見えないほど“濃い湯”の正体とは?
海を望む露天風呂。湯に足を入れた瞬間、少しだけ驚く。底が見えない。白く濁り、わずかに茶色がかる湯。手ですくうと、とろみはないのに、確かな“重み”を感じる。
この濃さの正体は、海に近い立地が生む塩分や鉄分などの溶存成分。いわゆるナトリウム塩化物泉に近いタイプだと、塩分が皮膚の表面に薄い膜をつくる。それが“湯冷めしにくい”理由。
入浴後、風に当たっても体の芯が冷えにくい。海辺の湯らしい、持続する温もりだ。濃いのに、さらり。塩気を含んでいるのに、べたつかない。それは成分のバランスによるもの。
温泉は“濃さ=粘度”ではない。透明ではないのに、重くない。個性的なのに、入りやすい。湯船から顔を上げると、日本海。水平線の向こうに光が揺れる。潮風と湯気が混ざる。
海の湯は、包むというより“まとわせる”感覚。身体の外側に一枚、透明なコートを着るような温まり方。ここでは海が、湯の性格を決めている。氷見の海は、食だけでなく、湯にも影響している。濃いのにやさしい。それが、海の秘湯の正体だ。
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山里の湯に包まれる──やわらかくて、肌になじむ名湯
海の湯が“まとわせる”温泉だとしたら、山里の湯は“溶かす”温泉。里山の静けさの中に湧く湯は、どこか角がない。湯に身を沈めると、まず感じるのはなめらかさ。肌に触れた瞬間、少しだけぬるりとした感触がある。これはアルカリ性単純温泉に多い特徴。
弱アルカリ性の湯は、皮膚の古い角質をやわらかくし、つるりとした肌触りを生む。いわゆる“美肌の湯”と呼ばれる理由だ。
海の湯が外側に膜をつくるタイプなら、山の湯は内側から緩めるタイプ。湯上がりに感じるのは、芯からじわじわと広がる温かさ。強烈ではない。でも長い。肩の力が抜け、呼吸がゆっくりになる。里山の景色も、その湯の性格と似ている。
派手ではない。でも深い。遠くに連なる立山の山並み。風に揺れる木々。湯船に落ちる光。ここでは時間が伸びる。急がなくていい。誰とも比べなくていい。
海で“まとい”、山で“ほどく”。氷見温泉郷は、同じ町に二つの温度を持っている。それが、この土地の贅沢だ。
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サウナ+温泉という新習慣とは?──氷見で試す“ととのう旅”
サウナと温泉。一見、どちらも「温める」行為に見えるけれど、役割は少し違う。サウナは“刺激”。温泉は“回復”。
サウナに入ると、体温が急上昇する。血管が拡張し、心拍数が上がる。そのあと水風呂に入ると、今度は血管がきゅっと収縮する。拡張 → 収縮。この振り幅が、自律神経を大きく揺らす。
そして最後に温泉。急激な刺激ではなく、じんわりとした温もりで血流を整える。いわば、整えた血管を“落ち着かせる工程”。だから「サウナ+温泉」は、刺激 → リセット → 包み込み。この三段構え。
氷見のように、海の濃い湯や山のやわらかな湯がある土地では、最後の“包み込み”が豊かになる。サウナが少し苦手なら、無理に長く入る必要はない。短時間でも十分。大事なのは競争しないこと。
温泉やサウナは勝負じゃない。“ととのう”とは、極端な快感ではなく、緊張と弛緩のバランスが戻ること。海でまとい、山でほどき、サウナで揺らし、温泉で整える。氷見は、その全部が近い。それが“ととのう旅”の正体。
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氷見グルメも旅の主役──寒ブリ不漁でもベニズワイが控えてる!
富山湾は「天然のいけす」と呼ばれる。急深な地形と、山から流れ込む栄養豊富な水。その条件が、魚を太らせる。
氷見といえば寒ブリ。けれど今季は不漁だという。自然は毎年同じ顔をしない。でも、それで終わらないのが富山湾。ベニズワイガニがいる。繊細な甘みと、みずみずしい身。濃厚すぎず、軽やか。湯上がりの体にちょうどいい。
さらに白エビ。透明な宝石みたいな身。ねっとりした甘さ。かき揚げにすれば香ばしさが広がる。そしてホタルイカ。春の主役。小さな体に、旨みが詰まっている。
富山市内では回転ずしのクオリティが高い。富山の回転ずしは“本気”だ。寿司は回っていても、クオリティは回らない。海が近いというのは、贅沢なこと。氷見の旅は、湯だけじゃない。海で温まり、山でほどけ、最後は魚で満たす。
不漁の年もある。豊漁の年もある。でも、海とともに生きる土地は、その変化を丸ごと受け入れている。湯気の向こうに広がる富山湾。その恵みは、静かに、そして確かに、旅を完成させる。
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まとめ|海に溶け、山に包まれ、ひとり旅は深くなる
富山・氷見温泉郷の魅力は、派手さではない。海に近い濃い湯に溶け、山里のやわらかな湯に包まれる。同じ町に、まったく性格の違う二つの温泉があるという贅沢。海の湯は、体を外側から守るように温める。山の湯は、内側からほどいていく。そこに、サウナという“揺らぎ”を挟めば、緊張と弛緩のリズムが整う。
そして最後は、富山湾の恵み。寒ブリが不漁でも、ベニズワイガニや白エビ、ホタルイカが待っている。自然は一定ではない。だからこそ、その年ごとの味がある。ひとり旅は、誰かに合わせる必要がない。湯に浸かる時間も、海を眺める長さも、食事のペースも、自分で決められる。
海に溶け、山に包まれる。その静かな往復のなかで、自分の呼吸がゆっくりと整っていく。氷見温泉郷は、観光地というより“再起動の場所”。また行きたくなるのは、景色のせいだけじゃない。体が覚えているからだ。湯の温もりを…。