Nスペ「ホットスポット」|ヒトはなぜ争うのか?──大地溝帯で出会う“もう一つの類人猿社会”

夕暮れのコンゴ川を眺めるボノボ BLOG
…争いは避けられないのか?
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アフリカ東部を南北に走る巨大な裂け目、東アフリカ大地溝帯。プレートが引き離され、地面が沈み、火山が噴き上がる。いまこの瞬間も地球はゆっくりと形を変えている。このダイナミックな地殻変動の舞台は、生命進化の揺りかごでもあった。森とサバンナが揺れ動く環境のなかで、多くの生きものが適応を迫られ、人類の祖先もまたここで進化の道を選んだという。Nスペ「ホットスポット」は、この“地球の傷跡”で、ハシビロコウやマウンテンゴリラ、そしてヒトに最も近い類人猿ボノボと出会う。そこに映し出されるのは、進化のもう一つの可能性だ。

【放送日:2026年2月22日(日)9:00 -9:49・NHK-BSP4K】
【放送日:2026年2月24日(火)18:11 -19:00・NHK-BSP4K】

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東アフリカ大地溝帯とは何か?──裂ける地球の現在進行形

アフリカ東部を南北に走る、巨大な裂け目。それが東アフリカ大地溝帯です。地図で見ると、まるで大地に入った一本の傷。でもこれは比喩ではありません。本当に、地殻が引き裂かれているのです。

地球の表面は「プレート」と呼ばれる巨大な岩盤で覆われています。そのプレートがゆっくりと引き離されると、地面が沈み、割れ、火山が噴き上がる。この現象を「リフト(rift)」といいます。

東アフリカ大地溝帯では、アフリカプレートが東西に分かれつつある。年に数ミリという速度ですが、確実に。将来、この裂け目は広がり、新しい海になる可能性があるとも考えられています。

東アフリカ大地溝帯(出典:Googleマップ)
東アフリカ大地溝帯(出典:Googleマップ)
東アフリカ大地溝帯(出典:okke)
東アフリカ大地溝帯(出典:okke)

つまりここは、“海が生まれる途中”の場所。火山活動によってできた高地。沈み込んだ谷。そこに生まれた巨大な湖群。環境は決して安定していません。

乾燥と湿潤が周期的に入れ替わり、森林が広がったかと思えば、サバンナが広がる。この不安定さこそが、進化を加速させる原動力になったと考えられています。

安定した環境では、変わる必要がない。でも揺れ続ける土地では、適応できなければ生き残れない。これはかつてアフリカを出て生き延びたと考えられている人類のグレートジャーニーとも繋がりそうな話です。東アフリカ大地溝帯は、単なる地理的特徴ではなく、“進化の実験場”でもあったのです。

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なぜ“生命大爆発の舞台”になったのか?──揺れる環境が進化を加速させた!?

東アフリカ大地溝帯は、ただの地形ではありません。そこは“環境が揺れ続けた場所”でした。火山活動による地形の隆起。巨大湖の形成と消滅。乾燥と湿潤の周期的な変動。

この地域では、気候が安定しませんでした。森林が広がる時期もあれば、サバンナが拡大する時期もあり、進化生物学では、こうした不安定な環境が「適応圧」を生むと考えられています。

適応圧とは、生き残るために変化を迫られる力のこと。もしずっと深い森だけが続いていたなら、木の上で暮らす霊長類はそのままの姿で安定できたかもしれません。しかし、森が縮小し、開けた土地が増えたとき、地上を歩く能力が有利になった可能性があるのです。

ここで登場するのが、初期の人類祖先たち。有名な化石「ルーシー」が見つかったのも、この大地溝帯周辺。彼女はアウストラロピテクスと呼ばれる初期人類の一種です。

二足歩行は、森林と草原が混在する環境で有利だったのではないか、という仮説があります。遠くを見渡す。両手を自由に使う。移動効率を高める。もちろん、これは単純化した説明。進化は一直線ではありません。

しかし、東アフリカの環境変動が「変わらなければ生き残れない」状況を生み出したことは確かです。そして約20万年前、アフリカでホモ・サピエンスが誕生します。

なぜアフリカだったのか?それは“特別な土地だったから”というより、揺れ続ける環境のなかで、適応の試行錯誤が繰り返された場所だったから。安定は、進化を止める。不安定は、進化を加速させる。東アフリカ大地溝帯は、地球の裂け目であると同時に、人類史の分岐点でもあったのです。

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巨大怪鳥とゴリラ──ホットスポットが育む極端な個性

東アフリカ大地溝帯は、地図の上の線ではありません。そこには、生きものたちの“極端さ”があります。湿地帯に立つのは、ハシビロコウ。巨大なくちばし、動かない瞳。30分にわたるにらみ合いが成立するほどの静けさを持つ鳥です。彼らは急がない。湿地の水面を見つめ、ただ待つ。魚が動いた、その一瞬だけを狙う。動かないという戦略をとります。

一方、山岳地帯の森には、マウンテンゴリラがいます。巨大な体、圧倒的な筋力。しかしその社会は、意外なほど繊細です。群れを率いるシルバーバック。母親の腕に抱かれる子ども。仲間同士の毛づくろい。力と穏やかさが同居しています。

なぜこの土地には、こうした“極端な個性”が育つのか? 地形が分断し、気候が揺れ、湖と森と湿地が入り組む。環境が多様であるほど、生きものも多様になるようです。

ホットスポットとは、生物多様性が極端に高い場所のこと。東アフリカ大地溝帯は、進化の圧力が繰り返しかかり続けた結果、尖った存在たちを生み出してきました。動かない怪鳥。巨大な森の王。そして――ヒトに最も近い類人猿、ボノボ。極端な環境は、極端な社会性も生むのかもしれません。

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ボノボとは何者か?──ヒトに最も近い類人猿の正体

ボノボは、中央アフリカのコンゴ盆地に生息する類人猿。正式名は ボノボ。チンパンジーと同じ Pan 属に属する、いわばチンパンジーの“兄弟種”です。遺伝的にはヒトと約98〜99%が共通。数字だけ見れば、ほとんど「いとこ」どころか、かなり近い親戚。

ボノボ(出典:ナショナルジオグラフィック)
ボノボ(出典:ナショナルジオグラフィック)

見た目はチンパンジーに似ていますが、体つきはややほっそりしていて、顔つきもどこか柔らかい印象があります。しかし本当に興味深いのは、その社会です。

ボノボの群れでは、メスが中心的な役割を果たすことが多いのです。強いオスが支配する構図とは少し違います。そしてよく知られているのが、緊張や対立を和らげるための性的行動。食べ物をめぐる争いが起きそうなとき、緊張が高まりかけたとき、ボノボは接触や性行動を通じて空気を緩めることが知られています。

ここで誤解してはいけないのは、「奔放」だから平和、という単純な話ではないということ。彼らにとってそれは、社会的な潤滑油。怒りや対立をエスカレートさせないための、一種の“緊張緩和システム”なのです。

もちろん、ボノボも完全に平和な存在ではありません。衝突も起きるし、競争もある。ただ、チンパンジーの社会に見られるような、集団間の激しい攻撃行動は比較的少ないと報告されています。

そして興味深いのは、ボノボがコンゴ川の南側にしか分布していないこと。巨大な川が地理的に種を隔て、進化の道を分けたとするなら…。もしあの川がなかったら――チンパンジーとボノボは分かれなかったかもしれません。

そして私たちは今、「攻撃性の進化」と「緩和の進化」という二つの社会モデルを目の前にしています。ヒトに最も近い存在が、まったく同じ方向へは進化しなかった。ここが、震えるほど面白い!

地球が裂け、森が揺れ、川が流れ。その結果として生まれたのが、ボノボという“もう一つの可能性”なのです。

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チンパンジーとの違いとは?──攻撃性と“緩和”の進化

ボノボとチンパンジーは、同じ Pan 属の兄弟種。遺伝的距離はほとんど変わりません。それでも社会の様子は対照的に見えます。

チンパンジー(チンパンジー)は、オス同士の結束が強く、縄張りをめぐる集団間の攻撃行動が確認されています。他の群れと遭遇すれば、戦闘に発展することもあるのです。

一方ボノボは、メス同士の連帯が強く、緊張が高まる場面で性的接触などを通じて関係を和らげる傾向があります。ここで重要なのは、「どちらが進化的に優れているか?」という話ではないということ。

森が広がり、資源が安定している環境では、競争を激化させる必要はあまりありません。資源が偏在し、群れ同士が接触しやすい環境では、結束と防衛が重要になります。つまり――社会構造は、環境に影響されるということです。

ボノボの分布域は、コンゴ川以南の比較的安定した森林地帯。チンパンジーはより広範囲に分布し、環境条件も多様。川という地理的隔離が、異なる環境圧を固定し、社会性の分岐を加速させた可能性があるのです。

ここで見えてくるのは、“攻撃性”も“緩和”も、進化の産物だということ。どちらも本能の一部。どちらも生存戦略。そしてヒトは、その両方を持っています。争いを組織化する力もあれば、関係を修復する力もあります。

大地溝帯が裂け目を作ったように、私たちの中にも二つの傾向が並んで存在しているのかもしれません。

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川が分けた運命──地理的隔離が生んだ二つの社会

ボノボとチンパンジーを分けた最大の要因の一つが、巨大な河川、コンゴ川です。この川は中央アフリカを横断する大河。幅が広く、水量も多く、霊長類が簡単に渡れるものではありません。

コンゴ川(出典:ナショナルジオグラフィック)
コンゴ川(出典:ナショナルジオグラフィック)
コンゴ川(出典:Wikipwdia)
コンゴ川(出典:Wikipwdia)

およそ150万〜200万年前、祖先となる集団が川によって分断されたと考えられています。川の北側に残った集団がチンパンジーへ。南側に隔離された集団がボノボへ。

地理的隔離は、進化の基本原理のひとつ。交流が断たれることで、遺伝的変化が蓄積され、やがて別の種へと分化する。この現象を「種分化」と呼びます。

面白いのは、この分断が単に“姿形”を変えただけでなく、“社会構造”にも影響を与えた可能性があること。南側のボノボの生息域は、比較的資源が安定していたと考えられています。

食物が豊富であれば、激しい縄張り争いは起こりにくい。一方、チンパンジーの分布域はより広く、環境のバラツキも大きいかったと考えられているのです。

資源の偏在は、結束と防衛を強める圧力になるうるのです。つまり――川は単に物理的に種を分けただけでなく、異なる環境条件を固定したというわけです。その結果、異なる社会モデルが育った可能性があるのです。

ここで思い出すのは、東アフリカ大地溝帯そのもの。地殻の裂け目が環境を分断し、湖を作り、森を隔て、生きものを分けてきました。地球の“裂け目”が、社会の“分かれ目”を作ったのかもしれないのです。

ヒトもまた、地理によって運命を左右されてきました。海峡が文化を分け、山脈が言語を分ける。争いも協力も、まずは「場所」から始まるのかもしれません。

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ヒトはなぜ争うのか?──大地溝帯から問い直す社会性

東アフリカ大地溝帯は、環境が揺れ続けた場所でした。森が縮み、草原が広がり、資源の分布が変わり、資源が限られ、偏在するとき、競争は生まれやすいのです。

霊長類の研究では、食物や配偶機会の奪い合いが攻撃行動を強めることが知られています。これはチンパンジーにも、ヒトにも見られる傾向です。けれど、ここで重要なのは――争いは“本能だけ”では説明できない、ということなのです。

ヒトは、協力もまた極端に得意な種。大航海時代や産業革命以降、土地や資源の争奪が激化したのは事実です。ですが同時に、国家間の条約、国際機関、経済連携も生まれました。争いを拡大させる力と、抑制しようとする力、その両方が同時に存在しているのです。

ボノボとチンパンジーの違いを思い出してみましょう。攻撃性も緩和も、どちらも進化の産物でした。ヒトの社会も同じかもしれません。資源が偏在すれば、競争は起こります。しかし、その競争をどう扱うかは、文化や制度によって変えられるはずです。

大地溝帯は、環境が進化を揺さぶった場所でした。いま私たちの世界も、気候変動や資源問題で揺れています。問いは単純です。争いは避けられないのか? それとも、緩和の仕組みを進化させられるのか? ということです。

ボノボは、「別の社会モデルもあり得る」と示しています。ヒトは両方を内包しています。大地の裂け目は、私たちの社会の裂け目でもあるのかもしれません。

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もう一つの可能性──“優しさ”は進化に不利なのか?

ボノボの社会を見ていると、こんな疑問が浮かぶのです。

優しさは、生存競争に不利なのだろうか?

進化は残酷です。生き残った形質だけが未来へ渡ります。ならば、攻撃性のほうが有利なのではないか、と。実際、競争は資源を守り、集団を強化する力にもなります。しかし、協力もまた進化の原動力です。

ヒトは大規模な協力ができるからこそ、都市を築き、技術を発展させてきました。利他的行動は、一見すると個体に不利に見えます。ですが集団全体の安定を高めるなら、長期的には有利になる可能性もあるわけです。

ボノボは、対立を緩和する仕組みを持つ社会の一例です。それは理想郷ではありません。争いがゼロなわけでもありません。ただ、「衝突を拡大させない」方向へ進化した社会が存在する、という事実。

ヒトはその両方を持っています。競争する力。緩和する力。大地溝帯が裂け目を作ったように、私たちの内面にも二つの傾向が並んでいるのです。

優しさは不利なのか。それとも、長い時間軸で見れば有利なのか。答えは一つではないかもしれません。ですが少なくとも、ボノボという存在は、「別の選択肢もあり得る」と示しているようにみえます。

進化は止まりません。社会もまた、完成していません。それでも大地は今もゆっくり裂け続けています。ならば私たちも、どちらの傾向を強めるのか、選び続ける存在なのかもしれないのです。

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