浅田舞さんは夢に向かってアルゼンチンへ【徹子の部屋】

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浅田舞さんのプロフィール

浅田舞さんは、言わずと知れたフィギアスケーターでオリンピックメダリストの浅田真央さんのお姉さんです。7歳の時から妹(浅田真央さん)と一緒にフィギアスケートを始め、2006シーズンにはグランプリシリーズで6位入賞を果たしました。

引退宣言こそなかったものの実質的には2010年に引退しており、現在はスポーツキャスターやレポーターとして多彩に活躍されています。真央さんも2017年に選手生活では現役を引退していますが現在でも、自身のアイスショー「BEYOND」を開催して活躍中です。

2014年のソチオリンピックでは、妹の真央さんがショートプログラムでミスを連発して、メダルは絶望的になってしまいましたが、フリーの演技では女子で唯一、3回転アクセルジャンプを成功させるなどして、総合で奇跡の6位入賞を果たしました。

その時は、「本当は(真央に)『大丈夫だよ』って言ってあげたかったんだけど、喝(かつ)を入れるために敢えて叱ったんです」とNHKの番組で涙ながらに発言していました。

舞さんは現役活動中からモデルとして活動を始めており、ホリプロに所属していた時期もあります。現在ではフィギアスケートの解説者はもとより、情報番組などのレポーターとしてもテレビ番組やイベントに数多く出演しています。

妹、浅田真央さんとの確執

徹子の部屋の出演は17年ぶりで、前回はグランプリシリーズに出場した高校生の時でした。その頃にはスケートに対しても迷いがあったといい、妹とは喧嘩ばかり、家族とも口を利かない時期もあったといいます。そんな姉を見て真央さんは、「(あの頃の)お姉ちゃんはそうだったよね」と話しているらしく、舞さんが一方的に拗ねていたのかもしれません。

その頃には、「スケートを辞めたい」と思っていた時期で、妹との喧嘩も絶えなかったと言いますが、そんな時には母(享年48歳・2011年没)から「ケンカするならリンクで決着をつけなさい」と言ったそうです。

のちに妹の真央さんには、「お姉ちゃんの方が(容姿は)綺麗だけど、スケートは私の方が上手」などと言われてしまいます。

家族とも口を利かず親子関係にミゾができていたその最中に母が急死。死因は肝硬変でした。娘たちのスケートのために有名な山田真知子コーチや、「もう日本人のコーチはしない」と言っていたロシアのタチアナ・タラソワコーチとも交渉して娘のコーチになってもらったり、金銭的に苦しかった時期には消費者金融からもお金を借りたりして娘のスケートに注ぎ込むほど熱心な人だったそうです。

これからの人生

母が亡くなり、父や妹とあらためて話しているうちに、互いの気持ちを知り和解ができたといいます。子供だった頃にはまだわからなかった人の心が理解できるようになってきたからではないかといい、現在はとても仲が良く、真央さんの手料理や、大好きなカニのお取り寄せをして食べるのが楽しみだといいます。今では親友のような関係になっているとのこと。

現在もそれぞれの自宅は歩いて10分ほどのところにあって、「もし結婚、というような幸運がお互いに訪れた時には、隣同士に家を建てて、間に作った部屋でお話しできればいいなって…」と、アニメ「タッチ」の南ちゃんと和也・達也の家を彷彿とさせる話もしてくれました。

舞

結婚したらさぁ、隣に住まない?

真央
真央

そだねー
もし結婚…したらね(^^;

引退後は、かつてご両親が夢中になっていた社交ダンスにハマっており、ダンスレッスンの傍ら、本場のダンスを学ぶためにアルゼンチンにも行ったそう。その時の印象を、「アルゼンチン・タンゴって(踊る)男女がものすごく接近するんですよ」と言い、「オデコとオデコがくっついたり、頬が触れ合ったりするんです」と頬を赤ながらちょっと恥ずかしそうに話していました。

突然地球の裏側に行くと言い出した舞さんに、妹の真央さんは、「日本にいればいつでも私が(舞を)助けに行かれるけど、アルゼンチンじゃ無理だからね」と心配しながらも、「舞らしい」と送りだしてくれそうです。

舞さんがこの先、どんな夢を追い続けていくのかはまだわかりませんが、幼い頃からスケートの世界で厳しい練習を乗り越えてこられたのですから、常に前向きな姿勢で夢に向かって進んでいかれることを願って止みません。

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