こんにちは鳥巣です。11/27のあさイチでは、会津若松にある”赤べこのテーマパーク”から、東北担当の岩﨑果歩アナが中継してくれるようです。「べこ」は福島の方言で「牛」のことです。赤べこは福島県の会津地方に古くから伝わる郷土玩具ですが、その発祥や歴史について調べてみました。
赤べこ発祥の地とその歴史は?
赤べこは、会津地方の郷土玩具で、東北地方の郷土玩具の中でも古い歴史を持っています。赤べこの伝説は、柳津町の虚空蔵堂の本堂を再建する際に現れた赤毛の牛の群れに由来しています。
今から400年ほど前に会津を襲った大地震により、柳津(現在の福島県河沼郡柳津町)にあった虚空蔵尊 圓藏寺(こくぞうそん えんぞうじ)の本堂をはじめ多くの犠牲が出ました。再建のため寄進された多くの木材が集落を流れる只見川を渡りましたが、すべてを運びきることができずに人々は困り果てていたといいます。するとどこからともなく赤毛の牛が現れて、運搬を手伝ってくれたのだそうです。そこで村人も牛達を助けて見事に圓藏寺の再建を果たしたのだそうです。
そこで、一所懸命に手伝ってくれた赤毛の牛を「赤べこ」と呼び、その忍耐力と力強い姿に、子供の健やかさを願う思いを重ね、福を運ぶ「赤べこ」として張り子の赤牛、赤べこが作られるようになったといいます。厄除け・疫病除けの赤い色と丸模様、首を振る愛らしい様子で赤べこは今日まで親しまれています。
赤べこは、当時の会津藩の下級武士の冬の内職から、張り子を作る文化が今でも紡がれています。
<広告の下に続きます>
赤べこのテーマパークとは?
赤べこのテーマパーク「アカベコランド」は、会津若松市内の飯森山にあります。会津の飯森山は、幕末の戊辰戦争で、あの「白虎隊(びゃっこたい)」の悲劇の舞台になった山です。15歳から17歳の少年で編成された白虎隊士が、新政府軍から大きな打撃を受けて落ち延びたのが、この飯森山です。
白虎隊士たちは、飯森山から見える会津市中の火災を見て、鶴ヶ城(今の会津若松城)が落城してしまったと早計して、総勢20名が自刃して果てたのが白虎隊にまつわる話です。戊辰戦争後、会津藩は”朝敵”とされて、その遺骸は埋葬することも許されなかったといいます。
赤べこと白虎隊に直接のつながりはありませんが、アカベコランドは、赤べこを「見て・学んで・楽しむ」観光施設です。ここでは、赤べこの起源・歴史を振り返ったり、より深い理解を得ることができます。
また、赤べこという伝統的なキャラクターを現代風なデザインに落とし込み、現代の生活に根差した関わり方を模索しています。
また館内2階では、赤べこ絵付け体験もできるようです。赤べこの色は赤か白好きな色を選び、絵の具を混ぜ合わせて好きな色に塗ることができます。塗って描いて乾かし、を繰り返して完成です。
アカベコランド
- 福島県会津若松市一箕町大字八幡弁天下12
- TEL:0242-23-9945
- 営業時間:10:00〜17:00
- 定休日:年末年始
- URL:https://akabekoland.com/
<広告の下に続きます>
赤べこ発祥の地にある工房とは?
赤べこは、福島県河沼郡柳津町が発祥の地とされています。会津若松のアカベコランドとは別に、IR只見線の会津柳津駅の構内には、「やないづ張り子工房Hitarito」という小さな工房が併設されているようです。
会津の民芸品「赤べこ」は、昔々、柳津町の福満虚空藏菩薩 圓藏寺を建てる際に現れた赤牛の伝説をもとに誕生したといわれています。 そんな赤べこ伝説発祥の地である柳津町に、待望の張り子工房「Hitarito (ヒタリト)」があります。
「赤べこ伝説発祥の地」柳津町の張り子工房とは、会津弁で「ひったり」は「ぴったり」を意味する言葉で、紙を重ねて張り子ができる様子、張り子を「ひたす」作業を表しています。また、張り子づくりに「ひたる人」という意味も併せ持った言葉だそうです。
JR只見線は、2011年7月の新潟・福島豪雨で甚大な被害を受けて、福島県の会津川口―只見間27.6kmで運休が続いていましたが、2022年10月1日から再開され、会津若松(福島県)―小出(新潟県)間の135.2kmが、11年ぶりに開通しました。
やないづ張り子工房Hitarito
- 福島県河沼郡柳津町柳津下大平甲610-7 JR只見線 会津柳津駅舎内
- 営業時間:10:00~17:00
- 定休日:水・木曜
- URL:https://hitarito.com/index.html
<広告の下に続きます>
まとめ
赤べこ発祥の地とその歴史は?
今から400年ほど前に会津を襲った大地震により、柳津(現在の福島県河沼郡柳津町)にあった虚空蔵尊 圓藏寺の本堂に被害が出ました。再建のため寄進された多くの木材が集落を流れる只見川を渡りましたが、すべてを運びきることができずにいたところ、どこからともなく赤毛の牛が現れて、運搬を手伝ってくれたのだそうです。そこで、一所懸命に手伝ってくれた赤毛の牛を「赤べこ」と呼び、その忍耐力と力強い姿に、子供の健やかさを願う思いを重ね、福を運ぶ「赤べこ」として張り子の赤牛、赤べこが作られるようになったといいます。
赤べこのテーマパークとは?
会津若松にある赤べこのテーマパーク「アカベコランド」は、会津若松市内の飯森山にあります。会津の飯森山は、幕末の戊辰戦争で、あの「白虎隊(びゃっこたい)」の悲劇の舞台になった山です。15歳から17歳の少年で編成された白虎隊士が、新政府軍から大きな打撃を受けて落ち延びた果てに、19人もの少年隊士が自刃したのが、この飯森山です。
赤べこ発祥の地にある工房とは?
会津の民芸品「赤べこ」は、地震で壊れた柳津町の圓藏寺を再建する際に現れた赤牛の伝説をもとに誕生したといわれています。 そんな赤べこ伝説発祥の地である柳津町に、待望の張り子工房「Hitarito (ヒタリト)」があります。赤べこ伝説発祥の地の柳津町の張り子工房「ヒタリト」とは、会津弁で「ひったり」は「ぴったり」を意味する言葉で、紙を重ねて張り子ができる様子、張り子を「ひたす」作業を表しています。また、張り子づくりに「ひたる人」という意味も併せ持った言葉だそうです。