白い大地を埋め尽くす、巨大な氷河。山から海へ向かってゆっくりと流れる氷には青い亀裂が走り、ときには雷鳴のような轟音とともに巨大な氷塊が崩れ落ちます。
ここは、極北アラスカ。東部には数え切れないほどの氷河がひしめき、その中には地球温暖化が進む現在でも、なぜか前進を続ける不思議な氷河があります。ところが、その白い世界を西へたどっていくと、風景は一変します。今度は、火山。地球の奥深くから上昇してきたマグマが山をつくり、場所によっては氷河と火山が隣り合う、まるで「氷」と「火」が一枚の風景に閉じ込められたような世界が広がっています。
なぜ、これほど正反対のものが同じ大地に集まったのでしょう。その答えを探して地図を大きく広げてみると、アラスカからアリューシャン列島、さらに太平洋を取り囲むように延びる巨大な弧が見えてきます。その地下では今も、地球を覆う巨大なプレートが動き続けています。
しかし、アラスカをつくっているのは地球内部の力だけではありません。空から降った雪は何千年もの時間をかけて巨大な氷河となり、大地を削る。氷河が退けば、むき出しになった土地へ植物が根を下ろし、やがて森が生まれる。そこへ動物たちがやってくる。そして地下では再びマグマが大地をつくる。
削る氷と、つくる火。失われる風景と、そこから始まる生命。一見すると相反するものが、アラスカでは同じ地球の営みとしてつながっているのです。
では、なぜこの場所だったのでしょう。なぜアラスカには、これほど多くの氷河と火山が集まったのでしょうか。そして、温暖化が進む現在でも前へ進む氷河には、いったい何が起きているのでしょう。今回は、巨大な氷河がひしめく極北の大地から、氷河と火山が隣り合う不思議な世界へ。「氷」と「火」が同じ大地を選んだ理由をたどってみましょう。
【放送日:2026年8月17日(月)19:30 -21:00・NHK-BSP4K】
【放送日:2026年8月19日(水)15:30 -17:00・NHK-BSP4K】
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なぜアラスカに「氷と火」が集まったのか?──太平洋を囲む巨大な弧の秘密
アラスカには、巨大な氷河と数多くの火山があります。でも、なぜこれほど正反対のものが同じ場所に集まったのでしょう? その謎を解くためには、アラスカだけを眺めていても答えは見えてきません。一度、地図を大きく広げてみましょう。
日本列島から千島列島、カムチャツカ半島を北上し、そこから東へ目を移すと、アリューシャン列島が弓のような美しい曲線を描きながらアラスカへと続いています。さらに視野を広げれば、その先は北米大陸の西岸を南下し、中米、そして南米へ。

反対側も、日本からフィリピン、インドネシア、南太平洋へと火山や海溝が連なっています。それが、太平洋を巨大な輪のように取り囲む「環太平洋火山帯(リング・オブ・ファイア)」です。
日本とアラスカは、同じ巨大な「弧」の上にある
ここで少し不思議なことに気づきます。日本付近では、太平洋プレートは日本列島側の下へ沈み込んでいます。ところが地図をそのままアラスカまで追いかけると、今度は太平洋プレートがアリューシャン海溝からアラスカ側へ沈み込んでいるように見えます。
「あれ? 沈み込む向きが逆になった?」
と思ってしまいますが、そうではありません。太平洋プレートを取り囲む境界そのものが、地球の丸みに沿って大きな弧を描いているのです。そのため日本付近ではおおむね西~北西方向へ、アリューシャン列島周辺では北~北西方向へと、太平洋プレートが周囲のプレートの下へ沈み込む形になります。
地図を平面で見ると方向が変わったように見えますが、地球全体から眺めれば、巨大な太平洋プレートが全体的に北に向かいながら、その縁で地球内部へ沈み込んでいる。その壮大な現象の一部を、日本とアラスカはそれぞれ別の場所から見ているわけです。
沈み込んだプレートが「火」を生む
そして、この沈み込みこそがアラスカに火山が並ぶ大きな理由です。(何度か説明していますが、海洋プレートは長期間の海水の圧力によって大陸プレートより密度が高く重いので)海洋プレートが大陸プレートの下に沈み込むと、プレートそのものがすぐに単純にドロドロ溶けてマグマになるわけではありません。
沈み込んだプレートから放出された水などが上部のマントルへ加わることで岩石の融点が下がり、マントルの一部が溶けてマグマが生まれやすくなるのです。そのマグマが上昇し、長い時間をかけて火山をつくる。だから海溝とほぼ平行するように火山列ができる。
アリューシャン列島に火山が弧を描いて並んでいるのも、そのためです。つまりアラスカの「火」は、地下深くで進行しているプレート運動の表情だったのです。
日本の火山とアラスカの火山は、遠い親戚だった?
こうして見ると、日本とアラスカは思っていたほど遠い存在ではありません。日本列島にも数多くの火山があります。アリューシャン列島にも火山があります。アラスカにも火山があります。それぞれ別々に生まれたように見えて、その背景には太平洋を取り囲む巨大なプレート運動があります。
もちろん地域ごとのプレート配置や地質は異なるので、すべてを「同じ仕組み」とひと括りにはできません。
それでも地球規模で眺めれば、日本で見上げる火山と、極北アラスカにそびえる火山は、「環太平洋」という巨大な物語の中にある。そう考えることができます。ところが――。これで分かったのは、まだタイトルの半分だけです。
「火」は、地下からやってきた
では、もう一人の主役はどうでしょう。なぜアラスカには、これほど巨大な氷河が密集しているのでしょうか。プレートが沈み込んだからといって、氷河ができるわけではありません。こちらには、まったく別の地球の仕組みが働いていました。
火は、地球の底から。氷は、空から
遠く離れた場所からやってきた二つの力が、なぜかアラスカという同じ大地で出会ったのです。
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なぜ10万もの氷河がひしめくのか?──空からやってきた「もう一つの大地」
地下深くで動くプレートが、アラスカに「火」をもたらしたことは分かりました。では、もう一人の主役である「氷」は、どこからやってきたのでしょう。答えは、地下ではありません。空(そら)です。
氷河は、もともとは空から降ってきた雪です。冬に積もった雪が夏になってもすべて融けず、さらに翌年、その上へ新しい雪が積もる。それが何年も繰り返されるうちに、雪は自らの重さで圧縮され、内部の空気を失いながら密度を増し、やがて巨大な氷へと変わっていきます。
そして十分な厚さになると、その氷は自らの重みによってゆっくりと動き始めます。ここまでくれば、単なる「万年雪」ではありません。流れる氷――氷河の誕生です。
寒いだけでは、巨大な氷河はできない
アラスカに氷河が多い理由を、「北にあるから寒いんでしょ?」と考えたくなります。もちろん高緯度であることは大切な条件です。しかし、寒いだけでは巨大な氷河は育ちません。材料となる大量の雪が必要だからです。
アラスカ南部には太平洋から湿った空気が運ばれ、それが海岸沿いの高い山々にぶつかって上昇します。空気は上昇すると冷やされ、水蒸気が雪となって山々へ降り積もる。そして標高の高い場所では夏になっても雪が残りやすい。つまり、低い気温+大量の降雪+高い山岳地形。この組み合わせが、アラスカに巨大な氷河を育ててきたのです。
地下ではプレート運動が火山をつくり、その一方で地上では海と大気と山々が氷河をつくる。同じアラスカにありながら、「火」と「氷」はまったく違う地球の仕組みから生まれていました。
本当にアラスカには「10万」の氷河があるの?
ところで番組では、アラスカ東部に「十万の氷河がひしめく」と紹介されています。ところが、この数字は少し注意して見る必要があります。
かつてUSGS(United States Geological Survey・米国地質調査所)の資料では、アラスカに存在する氷河は正確には数えられていないものの、10万を超える可能性があると推定されていました。一方、USGSが現在示している2011年の包括的な調査に基づく数字は、約2万7000。ずいぶん違います。
では、わずかな間に7万以上もの氷河が”地球温暖化”によって融けて消えてしまったのでしょうか?そういう意味ではありません。実は「氷河はいくつあるのか?」という問いそのものが、意外なほど難しいのです。例えば巨大な一つの氷河が後退して途中で分断されれば、それまで一つだった氷河が二つ、三つと数えられる場合があります。つまり極端に言えば、氷河の面積が減ったのに、氷河の“数”は増えるということさえ起こり得ます。
そのため現在の研究では、単純に「何個あるか」よりも、氷河が覆っている面積や体積、そして質量収支などを見て変化を判断します。USGSもアラスカの氷河が占める面積は減少傾向にあるとしています。
「温暖化=すべての氷河が後退」でもない
そして、ここからが面白いところです。地球全体を見れば、現在は最後の氷河期が終わった約1万1700年前から続く完新世という間氷期にあります。さらに数万~10万年という長い時間軸では、地球の軌道や地軸の変化によって氷期と間氷期が繰り返されてきました。
しかし、そんな自然の周期と、現在観測されている急速な人為起源の温暖化は、時間のスケールも原因も同じではありません。そして実際、世界の氷河は全体として質量を失っています。2025年にも世界の氷河は推計408±132ギガトンの氷を失い、1975年以降の累積損失は約9583ギガトンに達しました。アラスカを含む北米西部も、氷河の質量損失が大きい地域の一つです。
ところが――。一本一本の氷河を見れば、話はそれほど単純ではありません。アラスカでUSGSが継続観測しているWolverine Glacierは、2025年には2012年以来初めて質量が増えました。同じアラスカでもGulkana GlacierとLemon Creek Glacierは、その年も質量を失っています。
同じ年。同じアラスカ。それなのに、増えた氷河と減った氷河がある。だから、「地球温暖化だから、すべての氷河が毎年後退する」という理解も正確ではありません。逆に、一つの氷河が前進したり質量を増したりしたからといって、「ほら、地球温暖化なんて嘘だった」ということにもなりません。
気温だけではなく、冬にどれだけ雪が降ったのか、夏にどれだけ融けたのか、地形はどうなっているのか、そして氷そのものがどれほどの速度で流れているのか。一本の氷河にも、一本の氷河なりの事情があります。地球はどうやら、SNSの見出しほど単純にはできていないようです(笑)。
そしてアラスカには、その常識をさらにひっくり返すような氷河があります。世界の多くの氷河が質量を失うなかで、なぜか前へ進む氷河。それは本当に「温暖化に逆らっている」のでしょうか? それとも私たちが、そもそも「氷河が前進する」という現象を誤解しているのでしょうか。
次は、止まっているように見えて実は流れ続けている――「生きている氷」の中を覗いてみましょう。
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温暖化なのに、なぜ氷河は前進するのか?──「生きている氷」の意外な正体
地球温暖化が進んでいるのなら、氷河は融けて小さくなっていく。そう考えるのは、ごく自然なことです。ところがアラスカには、その常識だけでは説明できないような氷河があります。前へ進む氷河です。
ほら、氷河が大きくなっているじゃないか。だったら地球温暖化なんて起きていないのでは?
そんな疑問を持つ人がいても不思議ではありません。しかし科学というものは、一つの都合のいい現象だけを取り出して結論を決めるほど単純ではありません。大切なのは、「なぜ、この氷河は前進しているのか?」と、もう一歩だけ先へ進んでみることです。
そもそも氷河は「止まっている氷」ではない
遠くから氷河を眺めると、巨大な氷の塊が山の谷間にじっと横たわっているように見えます。でも実際には、氷河は動いています。高い場所に積もった雪が圧縮されて氷となり、巨大な質量になった氷は、自らの重力によって少しずつ低い場所へ流れていきます。つまり氷河とは、山の上から麓へ流れ続ける「氷の川」なのです。
ここで重要なのが、「氷河が流れること」と「氷河が前進すること」は同じではないという点です。氷河そのものは下流へ流れていても、その先端では氷が融けたり、海へ達した氷河なら氷山として崩れ落ちたりします。
上流から運ばれてくる氷の量と、先端で失われる氷の量。この収支によって、氷河の末端が前へ出るか、後ろへ下がるかが決まります。だから「氷河が後退している」からといって、氷そのものが山へ向かって逆流しているわけではありません。氷は今日も、下流へ流れているのです。
氷河にも「家計簿」がある
この仕組みは、家計にたとえると分かりやすいかもしれません。冬に大量の雪が積もる。これは氷河にとっての「収入」です。夏に氷が融ける。これは「支出」。収入が支出を上回れば氷河の質量は増え、反対なら減っていきます。
研究者はこれを氷河の質量収支(mass balance)として観測しています。しかし、氷河末端の位置は、この家計簿だけで即座に決まるわけでもありません。
氷河内部の流れや地形、氷河底の状態などが絡むため、気候の変化に対する反応には時間差も生まれます。だから、気温が上がった → 明日から氷河が後退するという単純なスイッチではないのです。
ときには突然「走り出す」氷河もある
さらに氷河の中には、もっと奇妙なものがあります。長い間ゆっくり動いていた氷河が、ある時期になると突然、流れる速度を大きく上げることがあります。「サージ」と呼ばれる現象です。アラスカやカナダ北西部などには、このサージを起こす氷河が数多く知られています。
原因には氷河底に存在する水の状態や、氷河底と地面との摩擦、内部に蓄積された氷などが関係すると考えられています。いわば長い時間をかけてため込んでいた巨大な氷が、何かをきっかけにして一気に動き始める。
昔、学校で理科の時間に勉強した”最大静止摩擦力”や”動摩擦力”などを考えれば想像しやすいかもしれません。静止している物体に働く摩擦力は、一般に動いている物体に働く摩擦力よりも大きいものです。氷河は「融けるか、融けないか」だけで生きているわけではないのです。
一本の氷河から、地球全体を決めない
だからといって、アラスカで前進する氷河を見つけたとしても、「氷河が前進した。だから地球温暖化は存在しない」とは言えません。反対に、「地球温暖化しているのだから、すべての氷河は後退しているはずだ」とも言えません。
一本の氷河で起きている現象と、世界中の長期間にわたる観測から見えてくる気候の傾向は、分けて考える必要があります。科学が見ているのは、一枚の写真ではありません。何年も、何十年も。同じ場所へ行き、同じように測り、雪の量を調べ、氷の厚さを測り、流れる速さを記録する。
そして世界中から集められた膨大な観測結果を比較して、ようやく地球に何が起きているのかを考える。そこにはきっと、「自分が信じたい答え」よりも、「観測された事実」を優先するという、とても地道な仕事があります。
氷河は、地球から届く長い手紙なのかもしれない
氷河には、何年も何百年も降り積もった雪が残されています。その氷は流れ、割れ、融け、ときには突然速度を変えます。人間の寿命よりもずっと長い時間の中で動いているものを、私たちはわずか数年の変化だけで理解したつもりになってしまうことがあります。
けれど研究者たちは、その長い時間に付き合い続けます。氷河へ入り、測り、記録し、翌年もまた同じ場所へ戻る。期待した結果が出なくても、観測を続ける。なぜなら科学にとって大切なのは、「どちらが正しいと信じるか」ではなく、「地球では実際に何が起きているのか」だからです。
前進する氷河も、後退する氷河も、その答えを教えてくれる大切な観測対象なのでしょう。氷河は決して、人間の議論に合わせて動いているわけではありません。ただ物理法則に従って、今日もゆっくりと流れています。
そして、その氷が退いたあと。何もなくなったように見える大地では、すでに次の物語が始まっています。岩と砂礫しかなかった場所へ小さな植物が入り、やがて森が育ち、生きものたちが戻ってくる。次は、氷河が残していった土地に生まれる「いのちの楽園」を見てみましょう。
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氷河が消えると、なぜ森が生まれるのか?──破壊の跡に始まる「いのちの楽園」
巨大な氷河が後退すると、その跡には荒涼とした大地が残ります。岩盤を削り、岩を砕き、土砂を運び去ったあと。そこだけを見れば、氷河はまるですべてを破壊して去っていった存在のようにも見えます。ところが、しばらく時間を進めてみると風景が変わってきます。何もなかった大地に、小さな生命がやってくるのです。
氷河は「何もない土地」を残したわけではない
氷河は流れながら、巨大なヤスリのように大地を削ります。岩石を砕き、その破片を運び、氷河が融ける場所では砂や礫などを残していきます。つまり氷河が退いたあとの大地は、一見すると荒れ果てていても、次の生態系が始まるための新しい舞台でもあります。
最初に進出するのは、厳しい環境にも耐えられる地衣類やコケなど。やがて草本や低木が育ち、土壌が発達していく。さらに長い時間が経てば樹木が入り、森がつくられていきます。こうして、ほとんど生命の見えなかった土地に新しい生態系が成立していく現象を一次遷移と呼びます。
氷河がつくった森へ、動物たちが戻ってくる
植物が増えれば、そこを利用する生きものも増えていきます。昆虫がやってくる。鳥がやってくる。草木を食べる動物が現れる。そして、それを狙う捕食者もやってくる。長い時間をかけて、生きもの同士のつながりが少しずつ編み直されていきます。
昨日まで氷に覆われていた場所が、いつか「いのちの楽園」になる。もちろん、氷河の後退そのものを「自然にとって良いこと」と単純に考えることはできません。氷河が急速に失われれば、それまで氷河に依存していた生態系や水環境にも大きな変化が起こるからです。
それでも地球には、環境が変わった場所へ生命が入り込み、そこから新しい生態系をつくっていく力があります。
「破壊」と「創造」は反対ではないのかもしれない
氷河は大地を削ります。火山は大地を噴き上げます。どちらも人間の時間感覚で見れば、恐ろしい「破壊」に見えるでしょう。けれど地球の長い時間で眺めれば、その破壊によって生まれた新しい大地が、次の生命の舞台になることがあります。
削る。運ぶ。残す。そして、生命が始まる。氷河は消えても、その仕事まで消えてしまうわけではありません。その痕跡の上で、地球はまた次の風景をつくり始めるのです。そして極北アラスカには、この「破壊と創造」をもっと劇的な姿で見せてくれる場所があります。
氷河のすぐそばに存在する、灼熱の火山。空からやってきた氷と、地下からやってきた火。ここまで別々に追いかけてきた二つの物語が、ついに同じ場所で出会います。
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氷と火は、ここで出会った──氷河と火山がつくる一瞬の絶景
ここまで、二つの物語を追いかけてきました。一つは、地球の奥深くから始まった物語。太平洋プレートが沈み込み、その影響によって地下深くでマグマが生まれ、やがて火山となって地上へ姿を現す。
もう一つは、空から始まった物語。太平洋から運ばれた水蒸気が雪となって山々へ降り積もり、何年も、何百年も重なりながら巨大な氷となり、自らの重さでゆっくりと流れ始める。まったく違う場所から始まった二つの物語。それが極北アラスカで、ついに出会います。
氷河の隣に、灼熱の火山がある
白い氷に覆われた山。その姿だけを見れば、そこが火山だとは想像できないかもしれません。しかしアラスカには、氷河や万年雪をまとった火山が存在します。
地表には氷。その下には火山岩。さらに地下深くには、マグマを生み出す地球内部の活動がある。冷たい氷と、熱い火。私たちの感覚では、同時に存在すること自体が矛盾しているようにも思えます。
ところが地球にとっては、少しも不思議なことではありません。なぜなら二つを生み出した仕組みが、まったく違うからです。氷河を育てるのは、大気と海、気温、降雪、そして山岳地形。
火山をつくるのは、地下で動き続けるプレートとマントル。地球の表面で起きている巨大なシステムと、地球内部で動いている巨大なシステム。その二つが偶然同じ場所に重なったところ。それが、アラスカだったのです。
火が氷に触れるとき
しかし、同じ場所に存在すれば、二つは互いに無関係ではいられません。火山活動による熱が氷を融かす。融けた水が氷の下を流れる。噴火が起これば、大量の氷が急速に融け、泥流や洪水を引き起こすこともあります。一方、巨大な氷河は火山の斜面をゆっくりと削り続けます。
火山が大地をつくり、氷河がそれを削る。また火山が新しい岩石を生み、氷河が砕いて運んでいく。どちらかが勝って、どちらかが負けるわけではありません。つくる火と、削る氷。その果てしない繰り返しが、アラスカの風景そのものをつくってきました。
「破壊」のあとには、また次の風景が生まれる
そして、そこへもう一人の登場人物が加わります。生命です。氷河が退けば、裸の大地が現れる。火山が噴火すれば、新しい岩石が地表へ現れる。そこへ小さな植物が根を下ろし、長い時間をかけて土が育ち、やがて森になることがあります。
その森へ生きものたちがやってくる。人間の目には「破壊」にしか見えなかった場所から、次の風景が始まる。それは昨日までと同じ風景ではありません。失われたものが、そのまま戻ってくるわけでもありません。地球は古い世界を保存するだけではなく、それを材料にしながら、絶えず違う世界をつくり続けています。
氷と火は、本当にアラスカを「選んだ」のか?
ここで、最初の問いに戻ってみましょう。「氷と火は、なぜ同じ大地を選んだのでしょう?」
もちろん氷にも火にも、場所を選ぶ意思などありません。
地下ではプレートが動いていた。海では水が蒸発した。空では雲が生まれた。山には雪が降った。雪は氷河になった。地下ではマグマが生まれた。そして気の遠くなるような時間の末に、二つは同じ大地へたどり着いた。
だから本当は、氷と火がアラスカを選んだのではありません。地球が動き続けた結果、アラスカという場所で、二つの物語が重なった。それだけなのです。けれど、その偶然がつくり出した風景は、あまりにも壮大です。
一瞬の絶景を、私たちは見ている
巨大な氷河。白い山。噴煙を上げる火山。氷が崩れる轟音。氷河が退いた土地に広がる森。それらを眺めていると、アラスカという風景が昔からずっとそこにあったように思えてきます。でも地球の時間から見れば、私たちが目にしている風景などほんの一瞬なのでしょう。
氷河は流れ続けています。火山も活動を続けています。森も変わり続けています。そして気候もまた変化しています。だから、いま目の前にあるアラスカは完成した風景ではありません。地球がつくり続けている、途中の風景です。
空からやってきた氷。地下からやってきた火。別々に始まった二つの物語は、極北の大地で出会いました。そして今日も、氷は大地を削り、火は新しい大地をつくり、その間で生命が次の風景を待っています。
極北アラスカ。そこに広がっていたのは「氷の世界」でも、「火山の大地」でもありませんでした。地球の表面と内部が同時に動いていることを、私たちの目に見える姿で教えてくれる場所だったのです。