口に入れた瞬間、ねっとりとした重みが広がる。舌にまとわりつき、簡単には離れない。噛み切れないのではないかと思うほどの粘り。けれど、その奥にはほのかな甘みがある。これが自然薯だ。
“山菜の王様”と呼ばれ、滋養食として愛されてきた自然薯。とりわけ福井県・若狭地方で育つ自然薯は、粘りと弾力、そして甘みの強さで知られている。なかでも「雪の下自然薯」と呼ばれる逸品がある。冬、雪に覆われた畑の土の中でじっと眠る自然薯。その寒さが、味を変えるという。
寒さが甘みを生む?若狭の山あい、名田庄地区。雪のおふとんの下で育つ自然薯の秘密をたどると、そこには土地と人の知恵があった。中華の巨匠や元公邸料理人をも驚かせる、粘りと弾力の正体とは何か。若狭の冬を味わう旅が、はじまる。
【放送日:2026年2月28日(土)9:30 -9:55・テレビ朝日】
自然薯とは何か?──山芋との違い
スーパーで見かける「山芋」。実はこれは総称だ。自然薯も、長芋も、大和芋も、ヤマノイモ科の仲間。でも自然薯は、同じ“山芋”でも性格はかなり違う。
自然薯は日本原産の在来種。細長く、表面はゴツゴツとひげ根が多い。岩などの障害物がなければ、土の中で真っ直ぐに伸びる。粘りが非常に強く、すりおろすと重く、弾力がある。箸で持ち上げると、簡単には切れない。
一方、長芋は栽培しやすく改良された品種。水分が多く、サクサクとした食感。すりおろすと軽く、さらりとしている。大和芋はその中間。粘りは強いが、自然薯ほどではない。
つまり――自然薯は“粘りの王様”。あの粘りは、多糖類(ムチンなど)を多く含むためだ。胃腸を守る、滋養食とされる理由もそこにある。値段が高いのも、育てるのが難しいから。
深く、まっすぐ、時間をかけて育つ。自然薯は、手軽さよりも、手間の結晶だ。だからこそ、冬の寒さを越えた「雪の下自然薯」は、さらに特別な存在になる。粘りだけではない。そこに甘みが宿るという。寒さが、味を変える。その仕組みを、次で見ていこう。
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寒さが甘みを生む!?──雪の下自然薯の科学とは?
冬の若狭。畑は雪に覆われる。けれど、土の中の自然薯は凍らない。むしろ、そこで静かに変化している。植物は寒さにさらされると、細胞の中の水分が凍らないようにするため、デンプンを糖へと変える。
糖は“天然の不凍液”のような役割を果たす。濃度が高まることで、凍結を防ぐのだ。その結果、甘みが増す。これが「寒さが甘みを生む」理由。
さらに雪は、ただ冷やすだけではない。積もった雪は空気を含み、断熱材のように地面を包む。外気が氷点下でも、土の中は比較的安定した温度に保たれる。いわば“雪のおふとん”。雪国の”かまくら”の中が意外と温かいのに似ている。急激な凍結を防ぎながら、ゆっくりと熟成を促す。
自然薯は冬のあいだ、休んでいるわけではない。内部では、糖が増え、風味が整っていく。そしてもうひとつ。寒さによるストレスは、粘りのもととなる多糖類の働きにも影響を与える。
もともと強い粘りを持つ自然薯だが、雪の下で育ったものは、より濃く、重みのあるとろろになる。ねっとりとしているのに、ただ重いだけではない。ほのかな甘みが、あとから追いかけてくる。
自然の試練は、味の試練でもある。寒さに耐えた分だけ、うまみが凝縮する。雪の下自然薯は、冬という制約の中で完成する。若狭の自然薯が特別なのは、土と雪と寒さの三つが重なる場所だからだ。自然はときに、厳しさの中でこそ甘みを生む。
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若狭・名田庄という土地とは?
福井県南西部、若狭地方。日本海と山々に抱かれたこの地域は、古くから「御食国(みけつくに)」と呼ばれてきた。朝廷に海の幸を献上した土地。山も海も近い。その山あいにあるのが、おおい町・名田庄地区だ。
標高が高く、昼夜の寒暖差が大きい。冬は深い雪に覆われる。夏は湿度があり、土がやわらかい。自然薯にとっては、厳しくも、豊かな環境。名田庄の自然薯は、粘りが強く、甘みが濃いと評される。
それは品種だけの問題ではない。土質、水、気温差。そして、栽培する人の手。自然薯はまっすぐ深く伸びる。掘り出すのも一苦労だ。折らずに収穫するには、時間と経験がいる。生産者の下野さんたちは、雪に覆われる冬を計算に入れながら、畑を整え、土を管理する。
そう言えば昔、名田庄村(現:大飯郡おおい町名田庄)出身の高石ともやがリーダーの「ザ・ナターシャーセブン」というフォークバンドがあった。ブルーグラスやアメリカのトラディショナルフォークをレパートリーにしていたバンドだったが、名田庄村を有名にしたくてナターシャ―セブンという名前にしたらしい。バンドメンバーは4人だったが”セブン”の方がかっこいいからその名前にしたのだそうだ。
閑話休題、雪は敵ではない。味を育てる味方だ。山に守られ、雪に包まれ、ゆっくりと熟す。名田庄の自然薯は、土地そのものの時間を含んでいる。若狭は海の幸で知られる土地だが、冬の山の恵みもまた、静かに存在感を放っている。自然薯は、この土地の“地下の主役”だ。
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料理人が驚いた粘り──匠たちの挑戦
若狭の自然薯を口にした料理人たちは、まずその“重み”に驚く。ねっとりと濃い。それでいて、甘い。中華の巨匠・脇屋友詞シェフが目をつけたのは、その粘りとシャリッとした繊維のコントラストだ。強火で仕立てる中華に、自然薯の滋味をどう重ねるか。粘りはときに扱いにくい。だがそれを“個性”に変えるのが匠の技。
一方、大使館で要人をもてなしてきた元公邸料理人・工藤英良さんは、自然薯のとろろにメレンゲを合わせる。空気を抱き込ませ、粘りを軽やかにする。自然薯は古くから「山のうなぎ」とも呼ばれる滋養食。
その別名をヒントに、工藤さんは“精のつく食材”を重ねる。それはもしかして”うなぎ”? 粘りは強い。だが閉じていない。ふんわりと広がり、あとから甘みが追いかけてくる。
さらに、若狭の海と出会う瞬間。小浜でフレンチを手がける三宅寿宣シェフは、名田庄の自然薯をズワイガニと合わせた。たっぷりの身と、濃厚なミソ。そこに自然薯の粘りが絡む。海と山が、ひと皿の上で結びつく。
自然薯は脇役ではない。ソースにもなり、主役にもなる。寒さを越えた甘みは、料理人の発想を刺激する。雪の下で育った一本が、匠の技と出会い、若狭の冬を語りはじめる。
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若狭の冬を味わう──自然薯という滋養
華やかな皿を離れ、名田庄の台所へ戻る。自然薯は、本来は家庭の味だ。すりおろして出汁を合わせ、とろろに。熱々のごはんにかける。あるいは、出汁のきいたとろろそばに。派手さはない。けれど、体にすっと染みていく。
若狭の冬は寒い。山から吹き下ろす冷たい風。ホワイトソースに自然薯を使ったグラタンも冷えた体にやさしい。深い雪。その寒さのなかで育った自然薯は、甘みと粘りをたっぷりと蓄えている。滋養食と呼ばれてきた理由は、栄養価の高さだけではないのかもしれない。
ねっとりとした重み。舌に残るほのかな甘み。ゆっくりと体の芯が温まる感覚。自然薯は、“効く”というより、“整う”という言葉が似合う。若狭の山に雪が降り、土の中で静かに熟した一本。それを掘り、すり、食卓にのせる。寒さが甘みを生む。
その言葉は、科学でもあり、土地の知恵でもある。自然薯は特別なごちそうでありながら、同時に、日々の食卓の味でもある。若狭の冬を、ひと匙すくう。粘りの奥にある甘みは、厳しさを越えたあとのやさしさなのかもしれない。