よみがえる新日本紀行|五能線・西津軽小駅 無人駅に灯る人の時間

雪を被った無人駅の駅舎 BLOG
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日本海から吹きつける風は、やさしくはない。線路沿いに積もる雪を、音もなく削り、小さな駅の輪郭を、白く曖昧にしていく。

五能線・西津軽小駅。昭和51年、新日本紀行がカメラを向けたこの場所は、当時から、決して賑やかな駅ではなかった。風雪の中を走る列車は、観光のためではなく、暮らしの足として、人々を運んでいた。

それから48年。駅は無人になり、時代は大きく変わった。けれど、列車が止まり、ドアが開くその場所には、今も、人の時間が灯っている。除雪をする人がいて、季節が変われば、小さなカフェが開く。

無人駅とは、人がいない場所ではない。人が、ここにいる理由を、静かに守り続けている場所だ。NHK「よみがえる新日本紀行」は、五能線・西津軽小駅を再び訪ね、風雪の先に残った、人と駅の時間を見つめていく。

【放送日:2026年2月4日(水)10:30 -11:10・NHK-BS】

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風雪の中の小駅 ― 新日本紀行が見つめた西津軽

昭和51年。まだ「国鉄」と呼ばれていたころの五能線を、新日本紀行のカメラが訪ねた。舞台になったのは、青森県西海岸にある、小さな小さな駅たち。なかでも、西津軽小駅の風景は、強い日本海の風と、そこで暮らす人の生活を、静かに映し出していた。

番組が追いかけたのは、観光列車でも、特別なイベントでもない。吹雪の日も、鉛色の空の日も、当たり前のように駅へ向かう人たち。買い物に、通学に、通院に――「乗らなければ生活が回らない」そんな列車との距離感だった。

ホームには、派手な看板も、売店もない。あるのは、雪を踏みしめる足音と、列車を待つあいだの、短い立ち話。線路際の家では、雪に埋もれないよう、朝から屋根や道の除雪が続く。その作業もまた、列車がちゃんと駅に来られるように、というささやかな祈りに近いものだった。

新日本紀行がすごかったのは、そこに「感動」を作ろうとしなかったことだ。風雪に耐える姿を美談として飾り立てるのではなく、ただ、そうやって暮らしているという事実を、そのまま映した。

沿線の祈とう師。日本海からの恵みを受け取る岩のり採り。厳しい自然と向き合いながら、それでもここに暮らし続ける人たちの姿と、五能線の小駅は、切り離せない存在として描かれていた。

駅は、単なる乗り降りの場所ではなかった。海沿いの集落と集落をつなぐ「通り道」であり、外の世界とつながる「窓口」であり、同時に、ふるさとの真ん中にぽつんと立つ、時間の目印のような存在でもあった。

昭和51年のカメラが見つめた西津軽は、決して派手ではない。しかし、風と雪と鉄路のあいだに、確かに暮らしの温度があった。

その小さな駅が、48年後の今、どうなっているのか。「よみがえる新日本紀行」は、あのときの視線の続きを、もう一度確かめに向かっていく。

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48年後の再訪 ― 変わったもの、変わらなかったもの

列車は、同じ海沿いを走ってくる。日本海は、相変わらず目の前に広がり、風は、容赦なく吹きつける。けれど、48年という時間は、確かにこの場所を通り過ぎてきた。

西津軽小駅は、いまは無人駅になっている。切符を売る窓口も、駅員の姿もない。列車の本数は減り、利用のかたちも変わった。昭和のころ、「不可欠の足」だった鉄道は、今では選択肢のひとつになっている。

それでも――駅は、なくなっていなかった。ホームに立てば、潮の香りと、線路を渡る風の音は、あの頃と変わらない。雪の多い冬には、誰かが除雪をしている。列車が来る時間を知り、線路やホームが埋もれないように、手を動かす人がいる。

かつて駅の開設に尽力した坂崎武良さんの家族は、いまも駅のそばで暮らしている。駅は、「過去の遺構」ではなく、生活の延長線上にある場所として残っている。

暖かい季節になると、駅のそばには小さなカフェが開く。列車を目当てに訪れる人、風景に引き寄せられた人、地元の人。ここでは、観光と日常が、無理なく交わっている。

変わったものは、たくさんある。時代も、制度も、鉄道を取り巻く環境も。けれど、変わらなかったものも、確かにある。列車が来るのを待つ時間。海と山に挟まれた立地。そして、「ここに駅がある意味」を、誰かが引き受け続けているという事実。

48年後の西津軽小駅は、新しく生まれ変わったわけではない。ただ、時間を重ねながら、形を少しずつ変えて、今もそこに立っている。

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駅と暮らす家族 ― 除雪とオープンカフェのある日常

西津軽小駅のすぐそばに、一軒の家がある。かつて、この駅の開設に尽力した坂崎武良さんの家族が、今もその場所で暮らしている。駅と家の距離は、驚くほど近い。けれどそれは、駅を見張るためでも、守るためでもない。ただ、生活の場が、そこにあるというだけだ。

冬になると、駅のまわりは深い雪に覆われる。列車が来る前、誰かに頼まれたわけでもなく、家族の手で除雪が行われる。ホームが見えるように。線路が埋もれないように。列車が、いつも通り止まれるように。その作業は、特別な行為ではない。朝起きて、雪が積もっていれば、自然に体が動く。

坂崎さんの娘、香織さんは、暖かな季節になると、駅のそばでオープンカフェを開く。観光客が立ち寄り、列車を待つあいだに、コーヒーを飲む。海を眺め、風を感じ、少しだけ言葉を交わす。それは、駅を「賑わせよう」とする試みではない。駅の時間に、そっと居場所を添えるような営みだ。

除雪も、カフェも、どちらか一方だけでは成立しない。冬に駅を支える手があり、夏に人を迎える場所がある。季節ごとに役割を変えながら、駅と暮らしは、同じリズムで呼吸している。

無人駅という言葉は、人の不在を意味しない。ここでは、「常に人が張り付いていない」というだけのことだ。駅と暮らす家族の日常は、静かで、目立たない。けれど、その積み重ねがなければ、列車が止まる理由も、ここに駅がある意味も、いつの間にか薄れてしまう。

西津軽小駅は、誰かの善意で支えられているのではない。暮らしの延長として、今日も当たり前に引き受けられている

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観光列車が運ぶもの ― 風景と人の交差点

五能線には、いま、観光を目的とした列車が走っている。大きな窓から日本海を望み、沿線の風景や味覚を楽しむための列車。かつての「生活の足」とは、役割が少し違う存在だ。列車が駅に近づくと、カメラを手にした人たちが、窓際に集まる。

海の色、雪をまとった山、小さな駅の佇まい。西津軽小駅は、その風景の一部として、一瞬、視線を受け止める。ここで大切なのは、観光列車がこの駅を“変えてしまった”わけではないということだ。

駅は、観光のためにつくられた場所ではない。けれど、観光の目線が重なったことで、この場所に流れる時間が、外の世界とつながり直した。列車を降りる人もいる。風に吹かれ、駅舎を眺め、少し立ち止まってから、また列車に戻る人もいる。

その短いあいだに、地元の人と言葉を交わすこともある。カフェで温かい飲みものを手にし、海を眺めることもある。観光列車が運んでくるのは、賑わいだけではない。「この場所を、外から見つめる視線」だ。その視線は、時に、地元の人にとっても気づきをもたらす。

何気なく続けてきた除雪や、当たり前のようにある駅の風景が、誰かにとっては特別な時間として映っている。西津軽小駅は、観光地になったわけではない。けれど、観光と日常が、ここでは無理なく交差している。

列車は、人を運び、風景を運び、そして、この場所に流れる時間を、外の世界へと運んでいく。その行き来の中で、無人駅は、静かに、今も役割を持ち続けている。

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無人駅を守るということ ― ふるさとへの愛着

無人駅を守る、という言葉には、どこか大げさな響きがある。けれど、西津軽小駅で続いていることは、「守ろう」と声を上げる行為ではない。列車が来る前に雪をかく。風で飛ばされたものを元に戻す。季節が巡れば、人が立ち寄れる場所を用意する。

それは、駅を残すための活動というより、ここで暮らしているから、そうしているという、ごく自然な動きだ。冬、日本海から吹きつける西風は、容赦がない。時には、列車の運行そのものが危ぶまれるほどの力を持つ。

それでも、この場所で暮らす人たちは、その風を特別なものとして語らない。毎年やってくる季節の一部として、黙って受け止めてきた。無人駅を守るということは、過去にしがみつくことではない。ましてや、失われゆくものへの抵抗でもない。

ここに暮らしてきた時間を、これからも続けていく。その延長線上に、駅があるというだけだ。ふるさとへの愛着とは、声高に語るものではない。日々の選択の中で、何を手放さずにいるか、という形で表れる。

列車が止まり、人が乗り降りし、また走り去っていく。その繰り返しの中で、西津軽小駅は、今日も特別な場所になろうとはしない。ただ、暮らしの中に、静かに居続けている

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まとめ|無人駅に灯る人の時間

列車が去ったあとのホームは、驚くほど静かだ。風の音と、遠くの波の気配だけが残る。それでも、この場所は空っぽにはならない。

無人駅という言葉が示すのは、人の不在ではない。常に誰かが立っていなくても、時間が流れ続けている場所だということだ。雪をかく手。季節が変われば開くカフェ。列車を待つ短い会話。

立ち止まり、そしてまた歩き出す人の背中。西津軽小駅には、声高な物語はない。けれど、人が暮らしを引き受けてきた時間が、確かに積み重なっている。

新日本紀行が見つめた昭和の風景と、48年後のいま。そのあいだで、駅は劇的に変わったわけではない。ただ、形を少しずつ変えながら、人の時間を受け止め続けてきた。

無人駅に灯るのは、懐かしさでも、郷愁でもない。ここで生きてきた人たちが、今日も選び続けている時間だ。

列車がまたやって来るまでの、ほんのわずかなあいだ。西津軽小駅は、何も主張せず、静かにそこに在り続けている。その姿こそが、この場所が、今も「駅」であり続けている理由なのだろう。

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