うまいッ!|新たな産地の新たな挑戦!天然とらふぐ〜神奈川・横須賀市長井 相模湾〜

夕暮れの長井港から相模湾を見つめる女性 BLOG
相模湾の天然とらふぐが、一過性の“フィーバー”で終わらなかった理由。それは、獲ることと同時に、増やすことを考えてきたからだ。
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相模湾に面した横須賀・長井。小高い台地の上からは、季節によって江の島や富士山が見える。派手な観光地ではないけれど、昔からこの海を知る人たちにとっては、当たり前のように続いてきた風景がある。

その海で今、かつて西日本の名物だった天然とらふぐが、静かに存在感を増している。一尾ずつ釣り上げ、資源を守り、“新しい産地”として名を刻もうとする人たちがいる。

——うまいッ!が出会ったのは、表に出すぎない海の、確かな仕事だった。

【放送日:2026年1月25日(日)11:30 -11:54・NHK総合】

相模湾に面した町・長井という場所とは? — 海と台地がつくる、静かな漁の風景

横須賀市の中でも、長井は少し特別な場所にある。東京湾側のにぎわいから離れ、三浦半島の反対側、相模湾に面した海と台地の町だ。漁港は海岸沿いにあり、その背後には小高い台地が広がる。この高低差が、長井の風景をやわらかく立体的にしている。

晴れた日には、海の向こうに江の島が浮かび、空気が澄んだ冬の日には、富士山の稜線がくっきりと見える。相模湾の広がりと、遠くの山並み。この眺めは、地元の人にとっては特別な観光資源というより、当たり前の日常の一部だ。

昔は交通量も少なく、免許を取ったばかりの若者が、海を眺めながらドライブの練習に来るような道だった。派手さはないけれど、走るだけで気持ちがほどける、そんな場所。

長井漁港は、大規模な水揚げで知られる港ではない。逗子の小坪漁港のように旅番組で取り上げられることもない。しかしその分、海の状態や季節の変化に目を配りながら、相模湾と丁寧に向き合ってきた漁の町でもあり、横須賀市民の台所を豊かにしてきた。

この相模湾は、黒潮の影響を受け、プランクトンが豊富で、餌場に恵まれている。深さや潮の流れが複雑に入り組み、魚が育つ条件がそろった海だ。そんな環境の中で、長井の海は静かに力を蓄えてきた。そして今、その海から「天然とらふぐ」という存在が、新たな顔として姿を現しはじめている。

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なぜ今、相模湾で天然とらふぐなのか? — 西から東へ、漁場が広がった理由

天然とらふぐといえば、かつては西日本の海が主な漁場とされてきた。瀬戸内海や九州沿岸——“本場”と呼ばれる場所が、長くその名を支えてきた。ところが近年、その常識が少しずつ変わり始めている。関東や東北の海で、天然とらふぐの水揚げが増えてきたのだ。

相模湾も、そのひとつ。決して偶然ではない。相模湾は、黒潮の影響を受ける外洋性の海でありながら、海底の地形が複雑で、魚にとって格好の餌場が点在している。豊富な小魚や甲殻類が集まり、とらふぐが育つ条件がそろっている。

さらに、海水温の変化や海流の影響によって、とらふぐの生息域そのものが、少しずつ東へと広がってきたことも背景にある。

だが、「とれるようになった」だけでは、産地にはならない。相模湾で注目される理由は、その変化を、漁の工夫と管理で受け止めたことにある。

長井町漁協を中心に、とらふぐを狙った漁が本格化したのは1990年代後半。試行錯誤を重ねながら、相模湾に合った漁の形をつくってきた。数が増えたから獲る。ではなく、育ち始めたから、丁寧に向き合う。

その姿勢が、相模湾の天然とらふぐを、“新たな産地”として静かに押し上げている。西から東へ。漁場が移ったのではない。海の変化に、人が応えた結果なのだ。

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一尾ずつ向き合う漁 — 延縄漁で守られる、命と価値

とらふぐは、ただ獲れればいい魚ではない。強い毒を持つ魚だからこそ、扱いには知識と責任が求められる。雑に網でまとめて揚げるような漁では、商品として成立しない。

相模湾・長井で行われているのは、延縄(はえなわ)漁と呼ばれる方法だ。一本の縄に針を仕掛け、時間をかけて、一尾ずつ釣り上げる

この漁法には、効率よりも優先されるものがある。魚の状態を確かめながら揚げること。傷をつけないこと。そして、確実に安全な処理へつなげること

とらふぐは、漁の段階から「加工」までがひと続きだ。どこか一つでも雑になれば、その魚は価値を失ってしまう。長井町漁協では、加工できる体制を整え、資格を持つ人の手によって、とらふぐが扱われている。だからこそ、相模湾で水揚げされたとらふぐは、安心して「食材」として届けられる。

大量に獲るより、確実に活かす。数を競うより、一尾の質と向き合う。この姿勢が、相模湾の天然とらふぐを“偶然の豊漁”ではなく、産地としての魚に育ててきた。

海の変化に気づき、魚の特性を理解し、人の手で価値につなげる。延縄漁で釣り上げられる一尾一尾には、そんな長い工程と覚悟が、静かに重ねられている。

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増やすために獲る — 放流と資源管理が支える「相模のとらふぐ」

相模湾の天然とらふぐが、一過性の“フィーバー”で終わらなかった理由。それは、獲ることと同時に、増やすことを考えてきたからだ。長井町漁協を中心に行われているのが、とらふぐの種苗放流と、継続的な資源管理の取り組み。

ただ獲れた分を市場に出すのではなく、海に戻し、育て、次につなげる。放流は、「今すぐの利益」にはならない。手間もコストもかかる。それでも続けてきたのは、この海で、とらふぐと長く付き合っていく覚悟があったからだ。

相模湾は、餌場に恵まれ、とらふぐが育ちやすい環境を持っている。そこに、人の手による管理が加わることで、資源は少しずつ、確実に積み重なっていった。漁獲量は、2000年代に入ってから増加傾向を示し、2021年には10トンを超える水揚げも記録されている。

けれど、その数字を誇る声は、どこにもない。むしろ大切にされているのは、「獲りすぎないこと」「続けられる量を守ること」。増えたから獲るのではなく、増えるように獲る。それがこの海と長く関わってきた漁師のやり方だった。

この順番を間違えないことが、相模湾のとらふぐを支えてきた。その積み重ねが評価され、相模湾の天然とらふぐは「相模のとらふぐ」として、かながわブランドにも認定された。

派手な宣伝より、地道な管理。短期的な成果より、長く続く関係。放流と資源管理は、海に対する「お願い」ではない。海と約束を交わす行為なのだ。

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「相模湾の魚がいちばん」 — 地元料理人が引き出す、とらふぐのうまさ

相模湾で水揚げされた天然とらふぐは、必ずしも漁港の近くで食べられるわけではない。長井の周辺は、畑や集落が広がる静かな土地。観光地のように店が並ぶ場所でもなく、多くの人が集まるわけでもない。

しかし近年では周辺施設の充実に伴って、地元の長井にも天然とらふぐを扱う店が出来てきた。そのいくつかを紹介してみよう。

海花

あらさき亭

鮨 ENJI

横須賀の繁華街・”どぶ板通り”に近い、三浦半島の恵みを鮨と料理で堪能する、
一日7名様限定の鮨店です。前日までの完全予約制で、日曜祝日は2日前までに予約必須です)

そこで、相模湾のとらふぐは一皿の料理として、初めて多くの人と出会う。「魚は、相模湾でとれたものがいちばん」そう語る料理人たちは、

決して派手な言葉で売り込むわけではない。身の締まり、上品なうまみ、噛んだときのぷりっとした食感。食べれば、違いがわかると知っているからだ。

相模湾は、流れが速く、餌が豊富。その環境で育ったとらふぐは、余分な脂に頼らず、旨みそのものがしっかりしている。てっさ、てっちり、唐揚げ。どんな料理にしても、素材の輪郭が崩れない。それが、料理人にとっての信頼になる。

海での丁寧な漁。放流と管理で育てた資源。そのすべてを受け取るのが、最後のバトンを持つ料理人だ。漁師と料理人。距離はあっても、見ている方向は同じ。「いい魚を、きちんと食べてもらう」その一点で、つながっている。相模湾の天然とらふぐは、こうして一皿の中で、海と人を結び直している。

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新しい産地になるということ — 派手じゃない挑戦が、海を未来へつなぐ

新しい産地になる、という言葉には、どこか大きな転換や劇的な変化を想像してしまう。けれど、相模湾・長井の天然とらふぐの歩みは、そのどれとも少し違う。海の変化に気づき、魚の特性を理解し、漁の方法を工夫し、獲りすぎないために放流を続ける。そして、信頼できる形で食卓へ届ける。

一つひとつは地味で、時間のかかる取り組みばかりだ。けれどその積み重ねが、いつの間にか「相模のとらふぐ」という名前を確かなものにしてきた。ここには、急いで有名になろうとする姿も、無理に競争する姿もない。

あるのは、この海と、これからも付き合っていく覚悟だけだ。かつて“裏横須賀”と呼ばれ、目立たない場所とされてきた長井。その静かな海が、今では新たな高級食材を育て、人の手によって丁寧に守られている。

新しい産地とは、突然生まれるものではない。気づいた人が、黙々と続けてきた先に、いつの間にか立ち上がるものなのだ。

相模湾の天然とらふぐは、そんな時間の中から生まれた一尾。海と人が、無理をせず、それでも前に進んだ結果として、今日も静かに水揚げされている。

——うまいッ!その一言の裏側には、海を信じ、手を抜かず、未来を急がなかった人たちの仕事がある。

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