銀座で乗馬!?
そう聞いて、思わず首をかしげた人は少なくないはずだ。高層ビルとショーウィンドウの街で、馬が走るわけがない——それでも今、銀座には「馬に乗る」体験があるという。もちろん、生きた馬ではない。
風を読む耳も、気まぐれな歩調も、道草もない。けれど、あえて“本物ではない乗馬”を選ぶ人がいる。なぜだろう。本物の乗馬を知っているからこそ、浮かぶ違和感。それでも消えない興味。
銀座という場所で、人は何を求めてサドルにまたがるのか。この中継は、その問いから静かに始まる。
【放送日:2026年1月8日(木)8:15 -9:55・NHK総合】
シミュレーター乗馬って何?
「銀座de乗馬」と聞いて、多くの人が思い浮かべるのは、本物の馬が走る光景ではないだろう。実際に体験できるのは、最新の乗馬シミュレーターだ。
銀座にある 銀座de乗馬 では、英国Racewood社製のシミュレーターを使い、ドレッサージュや障害飛越、クロスカントリーまでをCGで再現する。初心者の基礎練習から、競技レベルのフォーム確認まで、“馬に乗る感覚”を室内で学べるのが特徴だ。
もちろん本物の馬と決定的に違う点もある。生きた馬なら、気になる草を見つけて立ち止まったり、道ばたの草をむしゃむしゃ食べ始めたりすることがある。いわゆる「道草」だ。シミュレーターには、もちろんそんな気まぐれはない。
歩調は安定し、指示は正確に反映され、トレーニングは予定どおり進む。だからこそ、この体験は「代用品」ではなく、別の価値を持つ。天候に左右されず、街の真ん中で、姿勢やバランス、手綱の使い方といった“基本”に集中できる。
安全性の面でも敷居が低く、初めての人が乗馬に触れる入口としても機能する。生きた馬の温度や呼吸は、ここにはない。その代わり、学ぶための時間が用意されている。銀座という場所でシミュレーター乗馬が選ばれる理由は、意外とシンプルなのかもしれない。
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本物の乗馬を知っているからこそ感じる違和感
本物の乗馬を経験したことがある人ほど、シミュレーターにまたがった瞬間、ある種の違和感を覚える。揺れは正確で、リズムも一定。指示した動きは、遅れなく返ってくる。そこには、生きた馬特有の“間”や“迷い”がない。
実際の馬は、乗り手の技量だけで動いてくれる存在ではない。体調や気分、周囲の環境によって、反応は微妙に変わる。手綱の張り、鐙にかかる重さ、ほんのわずかなバランスの違いが、そのまま動きに現れる。
簡易的なシミュレーターを体験した人の中には、「揺れは似ているが、感覚は別物」と感じる人もいる。本格的なシミュレーターでは、手綱操作や姿勢の再現度が高まり、より実際の騎乗に近づいているとはいえ、それでも“相手が生きものではない”という点は変わらない。
ただ、この違和感は、欠点ではない。むしろ、シミュレーターの役割をはっきりさせるものだ。本物の馬と向き合う前に、動きを理解し、身体の使い方を学ぶ。あるいは、競技者がフォームを確認し、技術を磨くための場として使う。
生きた馬の代わりになるのではなく、異なる目的をもった体験として並び立つ。その位置づけを理解したとき、銀座のシミュレーター乗馬は、単なる話題性以上の意味を持ち始める。
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それでも、銀座で乗る意味
生きた馬に乗った経験があると、「思い通りに動かない」という事実に、早い段階で気づく。教科書どおりの合図が、そのまま通じるわけではない。馬には馬の都合があり、関心があり、優先順位がある。だからこそ、人は馬を「操作する」のではなく、関係の中で動いてもらっているのだと実感する。そこには、偶然や気まぐれも含まれる。
一方、銀座のシミュレーター乗馬には、そうした揺らぎはない。指示は正確に反映され、動きは再現性をもって繰り返される。環境は一定で、結果も予測できる。この違いは、本物と偽物の差ではない。目的の違いだ。生きた馬と向き合う乗馬は、関係性を築く体験だ。
一方で、シミュレーターは、身体の使い方や姿勢、リズムといった「技術」に集中するための場として機能する。銀座という場所で、この体験が選ばれる理由も、そこにある。時間や天候に左右されず、日常の延長で、短時間でも馬の動きを学べる。
忙しい都市生活の中で、“馬に近づく別の入口”として用意された空間だ。生きた馬の代わりにはならない。けれど、馬と関わる世界を広げることはできる。銀座で乗る意味は、その距離感にこそあるのかもしれない。
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まとめ|銀座という街で「馬に乗る」ということ
銀座で乗馬、と聞くと、少し不思議に思える。生きた馬がいるわけでも、広い馬場があるわけでもない。それでも、この街で「馬に乗る」体験が選ばれている。
シミュレーター乗馬は、本物の代わりになるものではない。けれど、馬の動きを知り、身体で感じるための入口にはなり得る。時間や場所の制約を受けやすい都市の中で、馬と関わる感覚を、日常の延長に置いている。銀座は、いつも新しい体験を、少し洗練された形で差し出してきた街だ。伝統と最先端が混ざり合い、本物と代替が並び立つ。シミュレーター乗馬も、その文脈の中にある。
生きた馬の体温や気まぐれは、ここにはない。それでも、「馬に近づきたい」という気持ちは、確かに受け止められている。銀座で乗るという選択は、馬を遠ざけるためではなく、馬への距離を少し縮めるための、ひとつのかたちなのかもしれない。
ちなみに今年は、午年だ。だからといって、急に馬に乗れなくてもいいし、駆け出す必要もない。銀座の街で、機械の上で、ほんの少し馬の動きを感じてみる。それくらいの距離感でも、馬との縁は、ちゃんとつながっている。速く走らなくてもいい。並足で、寄り道しながら。午年は、そんな一年でもいいのかもしれない。