手間を惜しまないことが、価値になる。宮崎県綾町で続く絹づくりは、蚕を育てるところから糸を紡ぎ、染め、織り、布として暮らしに届けるまでを、人の手で受け止めてきました。効率や速度が優先されがちな時代に、あえて時間と労力を引き受ける――その選択が、布の表情となり、使い手の時間に寄り添います。
あさイチ中継をきっかけに、綾町の絹づくりが持つ思想と、その先にある日常の風景をたどります。
綾町で続く「絹づくり」とは何か?
宮崎県綾町には、養蚕から糸紡ぎ、染め、織りまでを一貫して手作業で行う、全国的にも珍しい絹づくりの現場があります。工程を分業せず、最初から最後まで人の手で受け止めることで、素材の状態や変化を見逃さない――それが綾町の絹づくりの基本姿勢です。
蚕を育てることは、生きものと時間を共有することでもあります。気温や湿度、餌の状態に気を配りながら、日々の小さな変化を積み重ねていく。その先に、糸が生まれ、染めが施され、布へと姿を変えていきます。工程の一つひとつが独立しているのではなく、すべてが連なった一つの循環として捉えられている点が特徴です。

効率を高めるために工程を切り分けるのではなく、あえてつなげ続ける。綾町の絹づくりは、手間を省かないことそのものを価値とし、布に土地の時間と思想を織り込んでいます。
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なぜ今、養蚕から手作業で行うのか?
綾町の絹づくりが、今もなお養蚕から手作業にこだわり続けている理由は、単に「昔ながらだから」ではありません。そこには、素材と向き合う距離を自分たちで保ちたいという明確な意思があります。
蚕を育てる過程では、日ごとの気温や湿度、桑の状態によって、糸の質が微妙に変わります。手間をかけるということは、その変化を感じ取り、必要に応じて手を入れる余地を残すことでもあります。工程を機械化すれば効率は上がりますが、素材の声を聞く時間は減ってしまう。綾町では、その取捨選択の末に、人の感覚を介在させ続ける道を選んできました。
また、養蚕から始めることで、糸や布が「どこから来たのか」を曖昧にしません。素材の出発点を知っているからこそ、糸を紡ぐ手にも、染めや織りの工程にも、自然と責任が生まれます。分業ではなく一貫して行うことは、品質管理のためだけでなく、ものづくりへの姿勢そのものを保つための方法でもあるのです。
速さや大量生産が価値とされやすい時代に、あえて時間のかかる道を選ぶ。綾町の絹づくりは、効率に抗うためではなく、失いたくない感覚を守るために、養蚕からの手作業を続けています。
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糸を紡ぎ、染め、織る──工程に込められた思想
綾町の絹づくりでは、糸を紡ぐ、染める、織るという工程が、単なる作業の連なりではなく、一つの思想としてつながっています。蚕の状態を見極めて生まれた繭は、糸の太さや張りに微妙な違いを持ち、その個性を受け止めるところから仕事が始まります。

糸紡ぎの工程では、均一さよりも素材の声が優先されます。手で糸を引くことで、繭の状態に応じた力加減が可能になり、結果として糸に自然な表情が残る。これは効率的な生産とは相反しますが、布になったときの奥行きを生む要素でもあります。
染めの工程でも、同じ考え方が貫かれています。色を強く出しすぎず、素材が持つ光沢や質感を損なわないようにする。その抑制が、絹本来の美しさを引き立てます。色は主張するためのものではなく、布が時間とともに馴染んでいくための下地として扱われます。

織りの段階に入ると、糸の性質はそのまま布の表情になります。張り、柔らかさ、光の反射。どれもが計算だけでは決めきれず、手の感覚が頼りです。だからこそ、完成した布には、工程ごとの判断や迷いまでもが折り重なり、一枚としての深みが宿ります。

綾町の絹づくりにおいて、糸・染・織は分断された技術ではありません。素材と向き合い続ける姿勢が、工程を越えて一貫し、そのまま布の性格として現れているのです。
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綾町という土地が、絹づくりを支えている
綾町の絹づくりは、工房の中だけで完結するものではありません。その背景には、綾町という土地が持つ自然環境と暮らしの在り方があります。
宮崎県綾町は、豊かな森林と清らかな水に恵まれた地域として知られています。昼夜の寒暖差や湿度のバランスは、蚕を育てる環境としても重要で、自然の変化を身近に感じながら暮らす感覚が、養蚕の仕事と無理なく重なっています。蚕の体調を気にかける日常は、土地の気候や季節の移ろいを読むことと切り離せません。
また、綾町では「つくること」が生活から遠い存在ではありません。農や手仕事が日常の延長にあり、効率よりも続けられるかどうかが重視されてきました。絹づくりにおいても、急がず、土地のリズムに合わせる姿勢が、そのまま工程の組み立てに反映されています。
綾町の自然は、素材を与えるだけでなく、判断の基準も育ててきました。どこまで手を入れ、どこで待つのか。その見極めは、長くこの土地で暮らしてきた経験から生まれるものです。だからこそ、綾町の絹には、技術だけでは説明しきれない土地の時間が織り込まれています。
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暮らしの中で使われる「綾の絹」
綾町でつくられる絹は、鑑賞のためだけの特別な布ではありません。日々の暮らしの中で使われ、触れられ、時間をともに過ごすことを前提とした素材です。だからこそ、その手触りや光沢は、使う人の生活に静かに寄り添います。
絹というと、特別な場面のためのものという印象を持たれがちですが、綾町の絹づくりは、使い続けることで完成に近づくという考え方に支えられています。身につけるほどにやわらかさが増し、光の受け方も変わっていく。その変化は劣化ではなく、使い手の時間が重なった証です。

布は、しまわれている間よりも、使われているときにこそ意味を持ちます。衣服や小物として生活に入り込むことで、絹は初めてその役割を果たす。綾町の絹が目指しているのは、華やかさよりも、日常の中で信頼される素材であることです。
手間をかけて生まれた布が、特別扱いされることなく、当たり前のように使われる。その循環が続くことで、絹づくりは工芸品ではなく、暮らしの文化として根づいていきます。綾町の絹は、そうした時間の積み重ねを、静かに受け止める存在なのです。
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あさイチ中継の見どころと、放送後に知っておきたいこと
あさイチ中継では、綾町で続く絹づくりの現場が紹介されると思います。
蚕を育てる様子や、糸を紡ぎ、染め、織る工程――機械化が進む時代にあっても、人の手が関わり続ける理由が、映像を通して伝わってくるはずです。特に、糸や布に触れる場面は、言葉以上に質感や空気感を感じ取れる見どころと言えるでしょう。
放送を見て「実際にはどんな絹なのだろう」「暮らしの中で使うとどう感じるのだろう」と思う人も少なくないかもしれません。番組では触れきれない部分ですが、綾町の絹づくりは、展示のためだけでなく、日常で使うことを前提とした布として今もつくられています。
工房の取り組みや製品については、公式サイトなどで詳しく知ることができます。放送をきっかけに、背景や考え方を理解したうえで絹に触れてみると、手触りや光沢の感じ方も、きっと変わってくるはずです。
知ること、使うこと、そのどちらもが、綾町の絹づくりを支える大切な循環となっています。
綾の手紬染織工房
- 宮崎県東諸県郡綾町北俣4194
- TEL:0985-77-0156
- 営業時間:10:00~16:00
- 定休日:日・月曜
- URL:https://www.ayasilk.com/
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まとめ|手間を引き受けるという選択
綾町の絹づくりは、特別な技術や希少性を誇るためのものではありません。
蚕を育て、糸を紡ぎ、染め、織り、布として使われるまで――そのすべてを人の手で受け止めることで、素材と時間に正直であり続ける選択です。
効率や速さが価値になりやすい時代に、あえて手間を省かない。それは過去に戻ることではなく、何を大切にするかを自分たちで決める姿勢でもあります。糸や布に残るわずかな揺らぎや表情は、その判断の積み重ねが形になったものです。
あさイチ中継をきっかけに綾町の絹づくりに触れることで、布を見る目や、使うという行為そのものが少し変わるかもしれません。選び、使い、時間を重ねる――その静かな循環の中にこそ、綾町の絹づくりが伝えようとしている価値があります。
