「サハラ砂漠」と聞いて、思い浮かべるのはどんな景色だろう。どこまでも続く砂の海。水も緑もなく、ただ乾いた風が吹き抜ける場所。そのイメージは、あまりにも強く、あまりにも揺るがない。
けれど――もし、そのサハラが、かつて緑に覆われた大地だったとしたら?
岩に刻まれた絵には、ゾウやキリン、泳ぐ人々の姿。最新の科学調査は、巨大な川と豊かな植生の痕跡を示している。
「砂漠」を意味する名を持つこの土地に、なぜ“緑の記憶”が残されているのか? 地球は、私たちが思っているよりもずっと長い時間で呼吸している。乾きと潤いを、破壊と再生を、何度も何度も繰り返しながら。
今回の『地球ドラマチック』は、岩絵と科学という二つの視点から、サハラ砂漠が抱え続けてきた「過去の顔」に静かに光を当てていく。答えは、まだ砂の下にある。でも、耳を澄ませば、地球はちゃんと語り始めている。
【放送日:2026年1月31日(土)19:00 -19:45・NHK-Eテレ】
<広告の下に続きます>
「砂漠」のはずのサハラに残る、緑の痕跡
サハラ砂漠は、世界最大級の砂漠として知られている。雨はほとんど降らず、緑は乏しく、生命にとって過酷な場所――それが、私たちが思い描くサハラの姿だ。
ところが、この広大な砂の大地には、そのイメージとどうしても噛み合わない“痕跡”が残されている。岩に刻まれた古代の絵。そこには、今のサハラでは決して見ることのできないゾウやキリン、牛の群れ、そして水辺で暮らす人々の姿が描かれている。
狩りをし、集い、生活していた気配が、あまりにも具体的だ。これは想像や神話ではない。絵に描かれているのは「そこにあった日常」だったと考えられている。
もしサハラが最初から砂漠だったのなら、こうした風景が岩に残る理由が、どうしても説明できない。さらに近年、衛星を使った地形調査や地層の解析によって、サハラ各地にかつて川が流れていた痕跡や、水と緑に支えられた大地の存在が、次々と明らかになってきた。
「砂漠」という言葉からは想像もできない過去。その違和感こそが、この物語の入口になる。サハラは、私たちが知っている姿だけの場所ではなかった。そのことに気づいたとき、砂の下に眠る時間が、静かに動き始める。
<広告の下に続きます>
岩に描かれたゾウとキリンは、何を語っているのか?
サハラ各地に残る岩絵には、繰り返し同じ動物たちが描かれている。ゾウ、キリン、カバ、ウシ。どれも、今のサハラでは生きていくことができない大型の動物たちだ。注目したいのは、その描かれ方だ。
彼らは象徴的に、あるいは空想的に描かれているわけではない。体の比率、群れの構成、水辺との距離――どれも、実際に見ていなければ描けないほど具体的なのだ。
古代の人々は、岩に「物語」を刻んだのではない。彼らは、自分たちが生きていた風景そのものを残した。狩りの対象であり、生活の隣にいた存在として、ゾウやキリンはそこにいた。
さらに興味深いのは、人と動物の距離感だ。岩絵の中の人々は、動物と対立しているようには見えない。同じ大地を共有する者として、その姿を淡々と、しかし確かに描いている。これは「狩猟民のロマン」でもなければ、後世の想像が作り出した楽園でもない。その時代、その場所にあった現実だ。
サハラが緑に覆われていた時代、人間と大型動物は、同じ環境の中で生きていた。その事実を、言葉ではなく「絵」で伝えてきたのが、この岩絵なのだ。
科学が過去を数値で示すなら、岩絵は過去を感触として伝えてくる。だからこそ、何千年という時間を越えて、私たちの感覚に直接訴えかけてくる。
<広告の下に続きます>
巨大な川と緑の大地——科学が示したサハラの過去
岩絵が語る「緑のサハラ」は、長いあいだ謎のままだった。だが近年、科学はその記憶を裏づける証拠を、少しずつ掘り当てている。きっかけの一つが、衛星による地形調査だ。
現在は砂に覆われているサハラの地下に、かつて川が流れていた跡――蛇行する河道や、三角州のような地形が浮かび上がってきた。それは、雨がまれに降った程度では生まれない規模だった。
長い時間をかけて水が流れ続け、周囲に植物を育て、動物と人を支えてきた痕跡。サハラには、巨大な川と広大な緑の大地が確かに存在していたのだ。
さらに、海底の地層調査も重要な手がかりを与えている。地中海や大西洋の海底には、サハラから流れ込んだと考えられる堆積物の層が残っていた。そこからわかってきたのは、サハラが一時的にではなく、長い期間にわたって潤っていたという事実だ。
科学は、岩絵の内容を「ありえない昔話」と切り捨てなかった。むしろ、岩に描かれた動物や風景をヒントに、その背景にある地球の変化を丁寧に読み解いていった。人の記憶と、地球の記録。その二つが重なったとき、サハラの過去は「想像」ではなく、歴史として輪郭を持ちはじめる。
<広告の下に続きます>
なぜサハラは、砂漠になってしまったのか?
サハラ砂漠が砂に覆われた理由について、実はひとつの明確な答えがあるわけではない。
マスコミではしばしば「砂漠化が進んでいる」と語られる。けれど、なぜ砂漠になるのか、その仕組みを人類は完全には理解していない。
近年の研究で有力とされているのは、地球の気候の長い周期的な変動だ。
地球は、氷河期と間氷期を繰り返してきたように、乾燥と湿潤の時代もまた、長い時間をかけて行き来してきた。サハラも例外ではなく、緑の時代と砂漠の時代を何度も往復してきた可能性が高いと考えられている。
その背景にあるのが、地球の公転軌道や自転軸のわずかな揺らぎ。それによって太陽光の当たり方が変わり、アフリカに雨をもたらすモンスーンの位置が北へ、あるいは南へと移動する。
雨が届けば、草原が広がり、動物が集まり、人が暮らす。雨が途絶えれば、植物は姿を消し、やがて大地は砂に覆われていく。重要なのは、こうした変化が人間の時間感覚をはるかに超えているということだ。
人類が地球に現れてから、せいぜい数万年。一方、サハラの気候変動は、数万年から数十万年という単位で起きてきた。だから私たちは、「緑だったサハラ」も「砂漠のサハラ」も、そのほんの一瞬しか見ていない。
もしかすると、サハラは「失われた」のではなく、いまは砂漠である時代を生きているだけなのかもしれない。この視点に立つと、次に見えてくるのは、サハラが一度きりの変化ではなかった、という事実だ。
<広告の下に続きます>
サハラは「一度きり」ではなかった——緑と乾燥の周期
サハラが緑だった時代は、「奇跡の一度きり」ではなかったと考えられている。海底の地層や湖の堆積物、花粉の化石などを調べると、サハラでは緑の時代と乾燥の時代が、何度も繰り返されてきたことが見えてくる。
その周期は、およそ2万年から2万5千年ほど。これは、人間の一生どころか、文明の興亡ですら一瞬に感じられるほど、ゆっくりとしたリズムだ。
雨が多い時代には、草原が広がり、川が生まれ、人も動物も集まって暮らす。アフリカのモンスーン(雨を運ぶ帯)が北へ張り出していた時代にはサハラまで雨が届き、それが気候変動で南へ引っ込むとサハラには雨が届かなくなり、植生は衰え、土地は乾き、砂が広がっていく。
重要なのは、どちらが「正しい姿」でもない、ということ。緑も砂漠も、地球が選んだ一つの状態にすぎない。私たちは今、たまたま「砂漠のサハラ」を生きているだけで、過去には「緑のサハラ」を生きた人々がいた。
岩絵に描かれたゾウやキリンは、その周期の中の、確かな一場面だった。科学が示すデータは、その一場面が何度も訪れてきたことを静かに裏づけている。
<広告の下に続きます>
「サハラ」という名前と、人類の時間のズレ
「サハラ」という名前は、アラビア語で“荒れ地” “砂漠”を意味する言葉(ṣaḥrā’)に由来するといわれている。つまり、人がこの土地をそう呼び始めたとき、そこはすでに乾いた大地だった、ということだ。でも番組が示してきたのは、まったく別の時間の層だ。
岩に刻まれたゾウやキリン、巨大な川の痕跡、堆積物が語る豊かな緑。それらはすべて、「サハラ」が長い時間の中で何度も姿を変えてきた土地であることを示している。ここにあるのは、人類の時間と地球の時間のズレだ。人が名前を与え、記憶し、語り継ぐ時間は、せいぜい数千年。一方で、サハラが緑だった時代と乾いた時代を行き来する周期は、数万年単位で繰り返されてきた。
私たちは「サハラ=砂漠」という姿だけを“本当の姿”だと思いがちだ。けれどそれは、たまたま人類がその瞬間に立ち会った姿にすぎないのかもしれない。
名前は、理解を助けてくれる一方で、ときに時間の奥行きを見えなくしてしまう。サハラという言葉の向こうには、人類の記憶からこぼれ落ちた、もうひとつの風景が眠っているのかもしれない。
<広告の下に続きます>
まとめ|砂の下に眠るのは、過去か、それとも未来か?
サハラ砂漠の砂の下には、かつて流れていた川の跡があり、草原を歩いていた動物たちの記憶があり、そして、それを見つめ、岩に刻んだ人の気配があります。それらはすべて、過去のものです。
けれど同時に、ただの過去ではありません。気候は変わり続け、地球は揺れ動き、サハラは何度も「緑」と「乾燥」を行き来してきました。砂漠は終着点ではなく、ひとつの途中経過だったのです。
もし再び雨が巡り、風向きが変わるとき、サハラはまた別の顔を見せるかもしれません。そのとき、砂の下から現れるのは、私たちが「失われた過去」だと思っていた風景なのか、それとも、まだ誰も見たことのない未来の大地なのか…。
番組が静かに問いかけているのは、「地球は変わるのか」ではありません。「変わり続ける地球を、私たちはどう理解しようとするのか」ということなのだと思います。