雪に覆われた北海道・釧路市。冬の湿原には、白と黒の羽を広げたタンチョウの姿がある。この光景は、ただ自然に任せて生まれたものではない。厳しい冬を越えるため、人の手による人工給餌が、静かに続けられてきた。
釧路市では、阿寒町をはじめとする各地で、冬になるとタンチョウが集い、雪原を舞う姿を見ることができる。その背景には、距離を保ちながら関わる、人と野鳥の関係がある。あさイチ中継では、雪原に集うタンチョウの姿とともに、この冬を支える人の手に光を当てる。
【放送日:2026年1月20日(火)8:15 -9:55・NHK総合】
釧路湿原とタンチョウの冬
タンチョウといえば、釧路湿原。多くの人が、そう思い浮かべるだろう。広大な湿原、霧の立つ川辺、雪の中をゆっくり歩く、あの姿。そのイメージは、間違っていない。
釧路湿原は、タンチョウにとって長く命をつないできた大切な場所だ。冬になると、湿原の水辺や周辺の雪原に、タンチョウたちの姿が見られるようになる。凍てつく寒さの中でも、ここには、彼らが身を寄せる理由がある。
ただし、この風景は「自然そのもの」だけで成り立っているわけではない。厳冬期の釧路では、人の手が加わることで、この冬景色が保たれてきた。
釧路湿原は、タンチョウが生きる場所であると同時に、人が距離を測りながら関わってきた場所でもある。その関係性こそが、冬の釧路に、タンチョウの姿を残してきた。
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「釧路市」で出会えるタンチョウ
タンチョウの越冬地として知られるのは、釧路湿原、そして鶴居村。多くの人にとって、タンチョウの風景は、その名前と強く結びついている。
けれど、冬のタンチョウは、村の境界線を意識して飛んでくるわけではない。釧路市内にも、彼らが羽を休め、集う場所がある。
釧路市阿寒町では、冬になるとタンチョウが飛来し、雪原に白い姿を並べる。給餌場や川沿いでは、100羽を超える群れが見られることもある。
ここで行われているのは、自然を囲い込むことではない。厳しい冬を越えるための、必要最低限の手助けだ。
「鶴居村でしか見られない」
そう思われがちなタンチョウの冬景色は、実は釧路市の中にも、静かに広がっている。釧路という大きな土地の中で、タンチョウは、人の営みと折り合いをつけながら冬を過ごしているのだ。
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雪原に舞う、幻想的な姿
冬の釧路市。雪に覆われた原野に、タンチョウが静かに集まってくる。白い羽を広げ、赤い頭頂が、雪景色の中でひときわ際立つ。
歩く姿はゆっくりとしているのに、ひとたび空へ舞い上がると、その動きは驚くほど力強い。給餌場や川沿いでは、雪原を背景に、タンチョウたちが羽ばたく瞬間に出会える。息をのむほど美しいその光景は、偶然そこに集まったものではない。
人が距離を保ち、静かに見守ってきたからこそ、この舞は続いてきた。近づきすぎず、驚かせず、ただ同じ冬を共有する。
かつて観光の喧騒に包まれた土地が、いまは、命の動きに耳を澄ます場所になっている。雪原に舞うタンチョウの姿は、釧路の冬が選び取ってきた、もうひとつの風景なのかもしれない。
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人工給餌という人の関わり
冬の釧路は、タンチョウにとって厳しい季節だ。雪に覆われ、餌となるものが見つかりにくくなる。阿寒では、そうした冬を越えるために、人の手による人工給餌が行われてきた。
これは、自然を管理するための行為ではない。絶滅の危機に瀕したタンチョウと、どう距離を保ち、どう共に生きるかを探る中で生まれた選択だった。
阿寒は、タンチョウの人工給餌が始まった場所としても知られている。過度に近づかず、飼いならすこともせず、それでも見捨てない。必要なときに、必要な分だけ手を差し出す。
その姿勢は、長い時間をかけて形づくられてきた。観光のあり方が揺れ動いた時代もあった。人の目を集めることが先に立ち、土地の声が聞こえにくくなったこともあった。それでも、タンチョウとの関係は、静かに、途切れずに続いてきた。
人工給餌は、自然を「守っている」という誇示ではない。人が自然の一部として、責任を引き受けているという、ひとつの関わり方なのだ。
阿寒国際ツルセンター【グルス】
- 北海道釧路市阿寒町上阿寒23線40
- TEL:0154-66-4011
- 開館時間:9:00~17:00
- 休館日:なし
- URL:https://aiccgrus.wixsite.com/aiccgrus
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静かに見守るということ
雪原に集うタンチョウの姿は、誰かに見せるためにあるわけではない。ただ、そこに生きているだけだ。だから、見る側にも、同じ静けさが求められる。
近づきすぎない。声を上げない。驚かせない。給餌場や観察施設では、決められた距離とルールが守られている。それは制限ではなく、この風景を続けるための約束だ。
人が一歩引くことで、タンチョウは安心して羽を休める。その距離感があるからこそ、雪原に舞う姿は、変わらずに見られる。静かに見守るということは、何もしないことではない。しない選択を、意識して続けることだ。
釧路の冬は、人とタンチョウが、互いの存在を尊重しながら同じ時間を過ごしてきた場所でもある。その関係は、今も雪の上に、そっと残っている。
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まとめ
雪に覆われた釧路市の冬。その雪原には、タンチョウの姿がある。この風景は、ただ自然に任せて残ってきたものではない。人が距離を測り、手を差し出しすぎず、それでも見捨てずに関わってきた結果だ。
人工給餌という選択。静かに見守るという姿勢。その積み重ねが、雪原に舞う白と赤を、今日までつないできた。
あさイチ中継が映し出すのは、美しい鳥の姿だけではない。人と自然が、どう折り合いをつけて生きてきたのか。その静かな答えでもある。
