1969年、人類は初めて月に降り立った。アポロ11号の宇宙飛行士ニール・アームストロングが残した足跡は、
「人類にとっての大きな飛躍」
として歴史に刻まれている。しかしその後、人類は月から遠ざかった。1972年のアポロ17号を最後に、有人月探査は半世紀もの間途絶えることになる。
そして今――。人類は再び月を目指している。NASAを中心に進められている「アルテミス計画」だ。
宇宙飛行士が月を周回するアルテミスⅡ、そして月面着陸を目指すアルテミスⅢ。そこでは女性宇宙飛行士を含む新しい世代の探査が計画されている。
だが今回の月探査は、アポロ計画とは目的が違う。月面に旗を立てて帰るだけではない。人類は月に拠点を築き、その先の宇宙へと進もうとしているのだ。ではなぜ、いま再び月なのか。半世紀ぶりに始まる月探査の最前線を追う。
【放送日:2026年3月7日(土)4:50 -5:35・NHK-BS】
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アポロから半世紀──人類はなぜ月から遠ざかったのか?
1969年7月、人類は初めて月面に降り立った。
アポロ11号の宇宙飛行士ニール・アームストロングが残した「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である」という言葉は、宇宙時代の象徴として今も語り継がれている。
その後もアポロ計画は続き、1972年のアポロ17号までに合計6回の月面着陸が成功した。宇宙飛行士たちは月面を歩き、岩石を採取し、科学観測を行い、人類は初めて地球以外の天体を直接調査したのである。
ところが、それ以降、人類は月に行かなくなった。理由のひとつは、アポロ計画が冷戦という特殊な時代背景の中で進められた国家プロジェクトだったことにある。
アメリカとソ連が宇宙開発で競い合う中、「人類初の月面着陸」という目標は大きな政治的意味を持っていた。だがその競争に決着がつくと、巨額の予算を必要とする月探査を続ける理由は次第に薄れていった。
さらに、アポロ計画そのものが驚くほど短期間で目標を達成してしまったこともある。
1961年にジョン・F・ケネディ大統領が「10年以内に人類を月へ送り、無事に帰還させる」と宣言してから、実際の月面着陸までわずか8年。巨大ロケット「サターンV」によって人類は月に到達したが、その後の宇宙開発は宇宙ステーションや地球周回軌道での研究へと重点が移っていった。
こうして1972年、アポロ17号を最後に有人月探査は終わりを迎える。それから半世紀以上、人類の足跡は月面に残されたままになった。しかし今、状況は再び変わり始めている。NASAを中心に進められている新しい月探査計画「アルテミス計画」によって、人類は再び月へ向かおうとしているのだ。
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人類は再び月へ!──アルテミス計画の全体像
半世紀にわたって途絶えていた有人月探査。しかし今、人類は再び月を目指している。その中心となっているのが、NASAが主導する「アルテミス計画」だ。
アルテミスとは、ギリシャ神話で月の女神を意味する名前であり、アポロの双子の妹として知られている。かつて人類を月へ送り出したアポロ計画を受け継ぐ、新しい世代の月探査計画という意味が込められている。計画は段階的に進められる。
まず2022年には無人の試験飛行「アルテミスⅠ」が行われ、新型宇宙船オリオンと大型ロケットSLSの性能が確認された。続く「アルテミスⅡ」では、4人の宇宙飛行士がオリオン宇宙船に乗り込み、月の周回飛行を行う予定だ。これはアポロ8号以来となる有人の月周回ミッションとなる。
そして大きな節目となるのが「アルテミスⅢ」である。このミッションでは宇宙飛行士が再び月面に降り立つ予定で、人類初の女性宇宙飛行士が月面に立つ計画も含まれている。
さらにアルテミス計画では、月周回軌道に小型宇宙ステーション「ゲートウェイ」を建設し、そこを拠点として月面探査を継続的に行う構想も進められている。
つまり今回の月探査は、アポロ計画のように「行って帰る」だけのミッションではない。人類は月を一時的に訪れるのではなく、そこに拠点を築き、長期的に活動することを目指しているのだ。
半世紀ぶりに動き出した月探査。それは単なる「再訪」ではなく、人類が宇宙に進出する新しい時代の始まりとも言えるのかもしれない。
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なぜ今、月なのか?──宇宙開発の新しい理由とは?
半世紀ぶりに人類が再び月を目指す背景には、いくつかの大きな変化がある。まず挙げられるのは、宇宙開発をめぐる国際環境の変化だ。
近年、中国は独自の月探査計画を急速に進めており、月面基地の建設構想も発表している。宇宙は再び各国が存在感を競う舞台となりつつあり、アメリカを中心とするアルテミス計画には、日本やヨーロッパなど多くの国が参加している。
もう一つ重要なのが、月に存在する可能性が高い「水」の存在である。月の極域には太陽光が届かないクレーターがあり、そこには氷として水が残っている可能性が高いと考えられている。水は飲料水として利用できるだけでなく、電気分解すれば酸素や水素を取り出すことができる。これは将来のロケット燃料としても利用できるため、月に資源を確保できれば宇宙探査の拠点として大きな意味を持つ。
さらに月は、宇宙探査の前線基地としても理想的な場所だ。月の重力は地球の約6分の1しかない。ロケットを打ち上げるために必要なエネルギーは地球よりもはるかに少なくて済む。そのため、月に拠点を築くことができれば、そこから火星やさらに遠い宇宙へ向かうための中継基地として利用できる可能性がある。
つまり月は、もはや単なる探査の目的地ではない。人類が太陽系へ進出していくための「宇宙の港」として、新たな役割を持ち始めているのである。
半世紀前、人類は月に足跡を残した。そして今、その場所をもう一度訪れ、未来の拠点として本格的に調べようとしている。それはまるで、新しい土地に家を建てる前に、環境を確かめるために訪れる「内見」のようなものなのかもしれない。
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月は宇宙の実験室──低重力が開く科学
月の重力は地球の約6分の1。この特殊な環境は、科学研究にとって非常に興味深い条件を生み出す。
国際宇宙ステーションでは、ほぼ無重力の状態でさまざまな実験が行われてきた。しかし月は完全な無重力ではなく、わずかながら重力が存在する。この「低重力」という環境が、生命や物質にどのような影響を与えるのかは、まだ十分に研究されていない。
たとえば植物の成長や人間の骨や筋肉の変化、建築材料の強度、粉体や液体の振る舞いなど、重力の違いは多くの分野に影響を及ぼす可能性がある。将来、人類が火星や他の天体に長期滞在することを考えれば、この低重力環境での研究は重要な手がかりになる。
さらに月には、地球では得られない科学的条件も存在する。大気がほとんどないため、宇宙観測にとって理想的な環境が広がっている。特に月の裏側は地球からの電波ノイズが届かないため、宇宙の微弱な電波を観測する天文台の候補地として注目されている。
また、将来的には月面資源の利用も議論されている。月の土壌には、核融合燃料として期待される「ヘリウム3」が含まれている可能性が指摘されており、もし技術的に利用できるようになればエネルギー研究にも新しい道が開けるかもしれない。
こうした研究の可能性から、月は単なる探査の対象ではなく、宇宙科学のための巨大な実験室として考えられるようになってきている。人類が再び月へ向かう理由は、そこに未知の科学が広がっているからでもあるのだ。
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月の先にある未来──火星への道
アルテミス計画が目指しているのは、単なる月面着陸の再現ではない。その先にあるのは、人類が太陽系へと活動範囲を広げていく未来である。月に拠点を築くことができれば、そこは宇宙探査の前線基地となる。
地球よりも重力が小さい月から宇宙船を打ち上げれば、より少ないエネルギーで遠くの惑星へ向かうことができる。月は、人類が太陽系の奥へ進むための「宇宙の港」としての役割を担う可能性を秘めているのだ。その最も現実的な目的地として考えられているのが火星である。
火星にはかつて水が存在した痕跡があり、生命の可能性を探る上でも重要な天体とされている。将来、人類が実際に火星へ向かう日が来るとすれば、その出発点は月になるのかもしれない。
半世紀前、人類は初めて月に足跡を残した。そして今、その場所へ再び戻ろうとしている。それは過去の栄光をなぞるためではない。人類が次の宇宙へ踏み出すための準備なのだ。月は終着点ではない。むしろ、その先に広がる宇宙への入口なのかもしれない。そして――この物語は、まだ始まったばかりである。