スーパーの野菜売り場に並ぶねぎは、たいていまっすぐだ。白くて、すっと伸びていて、それが当たり前の姿だと思ってきた。けれど、もし――思わず二度見してしまうほど大きく曲がったねぎが目の前に現れたら、私たちはきっとこう思うだろう。「えっ、これで大丈夫なの?」と。
福島県郡山市で130年以上育て継がれてきた阿久津曲がりねぎは、そんな“常識”をやさしく裏切ってくる冬野菜だ。しかもその曲がった姿こそが、日本一ともいわれる甘さの理由だという。
なぜ、ねぎは曲がったのか。なぜ、それが甘さにつながったのか。その答えを探す旅は、一本の不思議なねぎとの出会いから始まる。
えっ⁉ こんなに曲がったねぎ、見たことない!
阿久津曲がりねぎを初めて目にすると、多くの人が思わず足を止める。それほどまでに、その姿は印象的だ。白い部分は大きく弧を描き、まるで途中で進む方向を変えたかのよう。
先端の青い葉は力強く立ち上がり、根元には、土の中で必死に張り巡らされた証のようなふさふさとした根が残っている。普段、私たちが見慣れている“まっすぐなねぎ”とは、あまりにも違う。

規格外、あるいは失敗作——そう言われても不思議ではない姿なのに、なぜか目が離せない存在感がある。それはきっと、このねぎが「きれいに育った結果」ではなく、環境と向き合いながら育ってきた過程を、そのまま形にしているからだ。
阿久津曲がりねぎは、土の中で自然に曲がったのではない。人の手によって、あえて曲げられながら育てられてきたねぎだ。その姿には、長い時間をかけて積み重ねられてきたこの土地ならではの知恵と工夫が刻まれている。
不思議な形の奥にある理由を知りたくなる——阿久津曲がりねぎは、その見た目だけで、すでに物語の入口に立たせてくれる冬野菜なのだ。
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なぜ曲がる?130年続く、阿久津のねぎづくり
阿久津曲がりねぎが曲がっている理由は、決して偶然ではない。
発祥の地は、福島県郡山市阿久津町。この土地は、もともとねぎ栽培に適した場所ではなかった。土は固く、寒さも厳しい。まっすぐ長く育てようとしても、途中で折れてしまったり、十分に太らなかったりすることが多かったという。
そこで先人たちが選んだのが、ねぎを土の中で“導く”という方法だった。ある程度育ったねぎを、一度掘り起こし、向きを変えて植え直す。そうすることで、ねぎは再び上へ伸びようとし、結果として、土の中で大きく曲がる形になる。
この手間のかかる作業を、一本一本、今も人の手で行っている。曲げることで、ねぎは折れにくくなり、寒さにも耐えられるようになる。そして何より、冬の厳しい環境の中でじっくり育つことで、甘みと旨みを蓄えていくのだ。
阿久津曲がりねぎ保存会の会長・橋本昌幸さんも、腰をかがめながら、慎重に収穫を続ける。少し力を入れすぎれば、折れてしまう。それほど繊細な野菜だからこそ、扱う人の経験と感覚が欠かせない。効率だけを考えれば、もっと楽な栽培方法はいくらでもある。
それでも、このやり方を守り続けてきたのは、この土地で、このねぎを育ててきた人たちの「この味を残したい」という思いがあったからだ。曲がっているのは、育てにくさの証ではない。環境に合わせ、工夫を重ねてきた130年分の知恵が、そのまま形になった結果なのだ。
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曲がったからこそ甘い!?――冬だけの“幻の味”
阿久津曲がりねぎが「日本一甘い」と言われる理由は、その育て方だけでは終わらない。食べたときの印象が、決定的に違うのだ。
火を入れると、白い部分はとろりと柔らかくなり、ねぎ特有の辛味は影を潜める。代わりに立ち上がるのは、驚くほどまろやかで、深い甘み。噛むほどに旨みがにじみ出て、「ねぎって、こんなに甘かっただろうか」と思わず確かめたくなる。
この甘さは、冬の寒さの中でじっくり育ったからこそ。低温にさらされることで、ねぎは自らを守ろうと糖分を蓄える。曲げて育てることで折れにくくなり、厳しい冬を越えられるようになった結果、その糖分が、味として現れるのだ。
福島県郡山市の郷土料理店では、阿久津曲がりねぎを主役にした焼き物が、冬の定番として親しまれている。鶏の旨みと合わさることで、ねぎの甘さはいっそう引き立ち、季節を感じる一皿になる。
また、常連客でにぎわうラーメン店では、阿久津曲がりねぎの香りとコクを生かした一杯が提供される。スープに溶け込むねぎの旨みは、主役でありながら、全体をやさしくまとめ上げる存在だ。
冬季限定、地域限定。流通量も限られている阿久津曲がりねぎは、まさに“幻の冬野菜”。けれど、その希少性以上に、一度味わうと忘れられない記憶を残してくれる。
曲がって育った姿は、甘さと引き換えに得た勲章のようなもの。阿久津曲がりねぎは、見た目の先にある“本当のおいしさ”を、静かに教えてくれる。
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畑から一皿へ。匠が挑む“ねぎが主役のフレンチ”
阿久津曲がりねぎの畑を訪れたのは、福島県郡山市のフレンチレストラン「なか田」オーナーシェフ、中田智之さん。東京で研鑽を積み、地元に戻ってからは、郡山の野菜と向き合い続けてきた料理人だ。
畑に立った中田シェフがまず目を留めたのは、白い部分の太さや曲線だけではない。土を抱え込むように広がる根のふさふさ。「ここまで生きてきた証がある」——そんな視線で、一本一本を見つめていた。
フレンチの皿で主役になる野菜には、甘さだけでなく、輪郭が必要だ。火を入れても崩れない芯、香りが立ち、余韻が残る力。阿久津曲がりねぎは、その条件をすべて備えている。
試作を重ねて生まれた新作は、ねぎを“添え”にしない一皿。低温でゆっくり火を通し、甘みを最大限に引き出したねぎに、最小限のソースで輪郭を与える。
噛むほどに広がる甘さと香りが、料理としての完成度を押し上げる。「畑の美しさを、そのまま皿にのせたい」中田シェフの言葉どおり、この一皿は技巧を誇るためのものではない。育てる人の時間と土地の知恵を、静かに未来へ手渡すための料理だ。
こうして、阿久津曲がりねぎは保存会の畑から、店の厨房へ、そして食べる人の記憶へとつながっていく。曲がって育った一本が、新しい可能性をまっすぐ照らす。
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「おいしい」が支えになる——受け継がれる曲がりねぎ
阿久津曲がりねぎを育て、出荷している農家は、現在わずか6軒。130年続く伝統野菜は、いま大きな岐路に立っている。曲げる栽培は手間がかかり、収穫も腰をかがめて一本ずつ。効率だけを考えれば、続ける理由を見失っても不思議ではない。それでも畑に立ち続けるのは、「おいしかった」「また食べたい」——その一言が、何よりの励みになるからだ。
保存会の人たちは口をそろえて、ねぎの甘さだけでなく、それを喜んでくれる人の顔を思い浮かべる。曲がったねぎは、決して近道を選んできたわけではない。土地に合わせ、寒さに耐え、人の手で導かれながら育ってきた。その姿は、阿久津という土地と、そこに暮らす人たちの時間そのものだ。畑で守られ、町の店で愛され、料理人の手で新しい表情を見せる。
阿久津曲がりねぎは、一本の野菜でありながら、人と人をつなぐ物語の芯になっている。まっすぐじゃないからこそ、たどり着いた甘さがある。その事実が、これからも静かに受け継がれていくことを、願わずにはいられない。
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まとめ|曲がって育つ、という知恵
阿久津曲がりねぎは、見た目の不思議さから始まり、育て方の理由を知り、味わうことで深く心に残る野菜だった。土に合わせて曲げる。寒さに耐え、手間を惜しまない。その選択の積み重ねが、冬だけの甘さと香りを生み出している。
畑で守られ、町の店で愛され、料理人の手で未来へとつながる。一本のねぎの背後には、130年分の知恵と、人の時間があった。
まっすぐでなくてもいい。遠回りに見えても、そこにしかたどり着けない味がある。阿久津曲がりねぎは、おいしさの向こう側にある食の物語を、静かに教えてくれる。