手打ち蕎麦は、なぜ“おいしそう”なの?|雨の日に暇だった親父を変えた、妻のひと言【人生の楽園】

初めての蕎麦打ち BLOG
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土木関係の仕事をしていた亭主は、雨が降ると、仕事は休み。やることもない。これといった趣味もない。ときには朝からお酒を飲みながら、なんとなく一日を過ごしてしまう――。そんな夫の姿を見ていた妻が、ある日、何気なく声をかけました。

「蕎麦打ち教室、行ってみる?」

まさか、そのひと言から一年後。夫が会社を辞めて、本当に蕎麦屋を始めることになるなんて…。埼玉県行田市で『石臼挽手打蕎麦 みのり』を営む角張憲秀さんは、長年、土木関係の仕事をしてきました。蕎麦職人の家に生まれたわけでもなければ、若い頃から修業を重ねてきたわけでもありません。

始まりは、近所の蕎麦打ち教室。そこで初めて蕎麦を打った憲秀さんは、なぜか一発で夢中になってしまいます。家へ帰れば、すぐに奥さんに頼んで蕎麦打ち道具を購入。最初は長さも太さもバラバラ。それでも何度も打ち、独学で腕を磨き、とうとう52歳で蕎麦職人になりました。

『人生の楽園』で紹介されるのは、そんな憲秀さんと、背中を押した妻・美智代さん、そして家族の物語です。でも、ここで少し気になりました。そもそも私たちは、どうして「手打ち蕎麦」と聞くだけで、おいしそうに感じるのでしょう。

そば粉の割合が高ければ、おいしい? 十割蕎麦なら、二八蕎麦より上? 太さがきれいに揃っているほうが、おいしい? 考えてみれば、均一に延ばして、均一な太さに切るだけなら、機械のほうが得意かもしれません。

それなのに蕎麦屋へ入り、ガラスの向こうで職人が粉をこね、麺棒で延ばし、包丁でトントンと切っている姿を見ると、「おお、ここは本物だ」なんて思ってしまいます。そして出てきた蕎麦が少しくらい不揃いなら、それさえ「手打ちらしくていい」と感じてしまう。

もしかすると私たちは、蕎麦そのものだけを食べているのではないのかもしれません。打っている人の手。そこへたどり着くまでの時間。失敗しながら覚えた日々。そして、その人生を変えてしまった誰かのひと言まで――。一枚の蕎麦と一緒に、味わっているのではないでしょうか?

雨の日に暇を持て余していた一人の親父は、なぜ蕎麦打ちに夢中になったのか。そして、手打ち蕎麦は、なぜあんなにも“おいしそう”に見えるのか。今回は、一枚の蕎麦に残された「人の手」をたどってみたいと思います。

【放送日:2026年10月3日(土)18:00 -18:30・テレビ朝日】

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雨の日に暇だった親父が、なぜ蕎麦職人になったの?

人生が変わる日というと、何か特別な出来事が起きるような気がします。大きな決断をした日。長年の夢へ向かって、一歩を踏み出した日。ところが角張憲秀さんの場合、その始まりはもっとささやかなものでした。

雨です。長年、土木関係の仕事をしていた憲秀さん。仕事柄、雨が降ると現場が休みになることがありました。
ところが、これといった趣味がありません。せっかくの休みなのに、することがない。ときには朝からお酒を飲みながら、なんとなく一日を過ごしていたといいます。そんな夫を、妻の美智代さんはずっと見ていました。「せっかく休みなのに、何か楽しみがあればいいのに」そんなことを思っていたのでしょうか。

ある日、美智代さんは近所で蕎麦打ち教室が開かれることを知ります。そこで夫に声をかけました。「蕎麦打ち教室、行ってみる?」憲秀さんの答えは、意外にも――。「楽しそう!」夫婦で参加した、初めての蕎麦打ち教室。ここで憲秀さんの中の何かに、火がついてしまいます。

教室から帰ると、美智代さんに頼んでさっそく初心者用の蕎麦打ちセットを買ってもらいます。届いたその日に、自宅でも打ってみました。もちろん、最初からうまくいったわけではありません。麺の長さはバラバラ。太さだって、思いどおりには揃いません。

でも、そこで「自分には向いていない」とやめなかった。むしろ――。うまくできなかったから、もう一度やりたくなった。時間を見つけては蕎麦を打ち、失敗してはまた打つ。誰かに弟子入りしたわけではありません。独学で試行錯誤を繰り返すうちに、少しずつ腕を上げていきました。そんな夫を見ていた美智代さんが、またひと言。「蕎麦屋やっちゃえば?」

……ちょっと待ってください。少し前まで、雨の日には暇を持て余していた夫です。それが一度蕎麦教室へ行っただけで、今度は妻から「店をやれば?」と言われている。ずいぶん展開が早い話です。ところが、その言葉を憲秀さんは冗談では終わらせませんでした。「たった一度の人生、やらないで後悔したくない。やって後悔したい!」

蕎麦打ち教室へ参加してから、およそ一年。憲秀さんは長年勤めた土木会社を退職します。そして2024年12月、埼玉県行田市に『石臼挽手打蕎麦 みのり』を開きました。

こうして振り返ると、なんとも不思議です。憲秀さんは、子どもの頃から蕎麦職人を夢見ていたわけではありません。少なくとも、今回紹介されている物語の始まりにあったのは、大きな夢でも、綿密な人生設計でもありませんでした。

雨の日に暇そうにしていた夫と、近所の蕎麦打ち教室。そして、「行ってみる?」という妻のひと言。人生を変えるきっかけって、案外そんなものなのかもしれません。

ただ、ここでもうひとつ不思議なことがあります。美智代さんに誘われて教室へ行ったことは、あくまで「きっかけ」です。それだけなら、「楽しかったね」で終わってもおかしくありません。なのに憲秀さんは、道具まで買い、何度失敗しても打ち続け、とうとう仕事まで変えてしまった。

蕎麦打ちには、いったい何があるのでしょう。一度やっただけの親父を、そこまで夢中にさせてしまったもの。次は、その「手」の中を少しのぞいてみたいと思います。

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蕎麦打ちって、どうしてそんなにハマるの?

一度参加しただけの蕎麦打ち教室。それなのに憲秀さんは、家へ帰るとすぐに初心者用の蕎麦打ちセットを購入しました。そして道具が届いた、その日のうちに蕎麦を打ってみたといいます。ずいぶん早い。どうやら「ちょっと楽しかった」という程度ではなかったようです。

でも、考えてみると不思議です。蕎麦打ちとは、そんなに人を夢中にさせるものなのでしょうか。私も以前、伊豆へダイビングに行ったとき、昼休みの休憩中に蕎麦を打って食べたことがあります。もちろん初めて蕎麦を打つド素人です。

しかし実際にやってみると、蕎麦は意外なほど「手」の食べ物です。そば粉に水を加える「水回し」。そば粉と小麦粉を混ぜてまとめて捏ねる。これがなかなかまとまりません。そして麺棒を使って薄く延ばす。折り畳み、包丁で細く切っていく。材料だけ見れば、とてもシンプルです。

ところが、やってみるとなかなか思いどおりになりません。水の加減ひとつで生地の状態が変わる。きれいな形に延ばしたつもりでも、厚いところと薄いところができる。同じ幅に切っているつもりなのに、出来上がってみれば太い麺と細い麺が仲良く並んでいる。

初めて打った憲秀さんの蕎麦も、長さはバラバラだったそうです。ところが――。もしかすると、それこそが蕎麦打ちのおもしろさなのかもしれません。失敗した理由が、自分の手の中にある。だったら次は、もう少し水を変えてみよう。もう少し均等に延ばしてみよう。包丁を、もう少しまっすぐ下ろしてみよう。

そして次に打った蕎麦を見ると、昨日よりほんの少し上手になっている。「あと一回やれば、もっと上手にできそうだ」そう思わせる余地が、いつも少しだけ残っています。

憲秀さんは長年、土木関係の仕事をしてきました。だからといって、「土木の仕事をしていたから蕎麦打ちが得意だった」わけではありません。でも、長い間、自分の手を使って仕事をしてきた人です。目の前のものと向き合い、手を動かし、出来上がったものを確かめる。

そんな仕事をしてきた人にとって、粉と水が自分の手によって一本の蕎麦になっていく時間には、何か惹かれるものがあったのかもしれません。そして蕎麦打ちには、少々厄介なところもあります。上手になったことが、目に見えてしまうのです。

昨日より丸くまとまった。昨日より薄く延ばせた。昨日より綺麗に細く切れた。そして最後には、自分で食べることができる。これは、なかなか強力です。「次はもっと上手にできる」そう思ったら、また粉を出してしまう。憲秀さんが何度も蕎麦を打った気持ちも、少し分かるような気がします。

ただ――。ここで蕎麦打ち経験者として、ひとつ身も蓋もないことを言ってしまいますが、きれいに均一な麺を作りたいだけなら、機械を使ったほうが簡単です。私自身、蕎麦を打ったあと、自宅にあった手動のパスタマシンで薄く延ばし、そのまま同じ幅に切ったことがあります。

これが実にきれいに揃うんです。これを「手打ち蕎麦」と呼んでいいのか少々怪しくなってきますが、少なくとも粉を打ったのは”手”です。だから「手打ち…」です。……たぶん。

でも、そこで新しい疑問が生まれます。機械なら、もっと均一に作れる。太さも厚さも揃えられる。それなのに私たちは、蕎麦屋の一角に蕎麦打ち台を見つけると、なぜかちょっとうれしくなります。職人が粉をこねている。大きな麺棒で延ばしている。包丁でトントンと切っている。

そんな姿を見ると、「おっ、ここはちゃんと手で打ってるんだ」と、それだけで出てくる蕎麦がおいしそうに思えてしまう。『みのり』にも、店内の客席から見える場所に蕎麦打ち場があります。そして出てくる蕎麦を見れば、一本一本が機械で作ったように寸分違わず揃っているわけでもありません。そこには、不器用ながらちゃんと「人の手」が残っています。

では私たちは、いったい何を「おいしい」と感じているのでしょう。そば粉の香り?喉越し?太さ?それとも――。「この人が、ここで打ったんだ」ということまで、蕎麦と一緒に味わっているのでしょうか?次は少し、蕎麦そのものから離れて…。私たちが「手打ち蕎麦」をおいしそうだと感じる、その正体を考えてみたいと思います。

石臼挽手打蕎麦 みのり

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手打ち蕎麦は、なぜ“おいしそう”なの?

蕎麦屋に入って、客席から見えるところに蕎麦打ち場がある。大きなこね鉢。長い麺棒。蕎麦包丁。そして、白い粉をまといながら黙々と蕎麦を打つ職人。そんな光景を見つけると、まだ一口も食べていないのに、「おっ、ここは本格的だ」なんて思ってしまうことがあります。

『石臼挽手打蕎麦 みのり』にも、客席から見えるところに蕎麦打ち場があります。そこで憲秀さんが蕎麦を打っている。その姿を見たあとで一枚の蕎麦が運ばれてきたら、「さっき、あそこで職人さんが打っていた蕎麦だ」と思うでしょう。

では、まったく同じような蕎麦を前にして、「こちらは全自動の製麺機で作りました」と言われたらどうでしょう。味が同じなら、本来は同じようにおいしいはずです。それなのに、なんとなく手打ちのほうがおいしそうに感じてしまう。これは、なぜなのでしょう。

そもそも「おいしさ」は、舌だけで感じるものではありません。料理の香り。見た目。食感。店の雰囲気。そして、その料理について私たちが知っていること。そうしたものも一緒になって、「おいしい」という体験が生まれます。だから目の前で蕎麦を打っている姿を見ることも、すでに一枚の蕎麦を味わうことの一部なのかもしれません。

しかも『みのり』の蕎麦には、どこか「手」が見えます。機械で作った麺のように、一本一本が寸分違わず揃っているわけではない。とくに一日10食限定の十割蕎麦は太めに仕上げられ、しっかりとした存在感があります。その姿を見ると、「ああ、本当に人が打って、人が切った蕎麦なんだな」と感じます。

では、太さまできれいに揃っているほうがおいしいのでしょうか。ここで(初心者の)蕎麦打ち経験者として、またまた少々身も蓋もない話をします。以前、伊豆へダイビングに行ったとき、昼休みに自分たちで蕎麦を打ったことがあります。粉をこねるところまでは、こね鉢も持っていないのでステンレスのボールと手。

そしてそのあと生地を薄く延ばして同じ太さに切るところは、手動のパスタマシンです。これなら実にきれいに揃います。茹で上がりにもムラが出にくい。家庭で食べる蕎麦としては、なかなか合理的な方法でした。

でも――。それを蕎麦屋のガラス越しに見せられて、ウィーン。ウィーン。と機械から同じ太さの蕎麦が出てきたら…。たぶん私は、少し寂しく感じると思います。

おかしな話です。きれいに作るという点では、機械のほうが正確なのに…。もしかすると手打ち蕎麦に求めているものは、「完璧さ」だけではないのかもしれません。

そして、もうひとつ。蕎麦には「数字」があります。二八蕎麦、九割蕎麦、十割蕎麦…。数字だけを見ていると、そば粉の割合が高いほど本格的で、十割こそ最高の蕎麦――そんなふうに感じてしまうことがあります。

YouTubeの動画を見ても「さすがに十割蕎麦は違う!美味いっ!」とほとんどのYouTuberは言います。でも、本当にそうなのでしょうか。

『みのり』の定番「もり蕎麦」は、そば粉9に対してつなぎ1の九割蕎麦。一方、十割蕎麦は一日10食限定で、殻付きのまま挽いた挽きぐるみのそば粉を使い、太麺に仕上げています。つまり、この店自身が九割と十割を単純な「上下」として扱っているわけではありません。それぞれ違う蕎麦として出しているのです。

私自身、何度もそば粉と小麦粉の比率を変えて蕎麦を打って食べたときには、二八蕎麦の喉越しをおいしいと感じました。四六にしたときには蕎麦の香りがあまりしませんでした。一方、十割蕎麦を食べたときには蕎麦の香りは強かったものの、少しボソボソした食感が気になったこともあります。

もちろん、これは好みです。十割ならではの強い香りや食感を好む人もいるでしょう。二八のしなやかな喉越しを好む人もいる。九割というところに、香りと食感のバランスを感じる人もいるかもしれません。だから、「そば粉が何割なら、いちばんおいしい」という一つの答えは、どうやら簡単には出せそうにありません。

そう考えると、蕎麦のおもしろさが少し見えてきます。香りがある。喉越しがある。噛んだときの食感がある。つゆとの相性がある。そして、その向こう側には、「誰が、どんなふうに打ったのか」という物語まである。

憲秀さんの蕎麦が少し太く、一本一本に手仕事の表情が残っていることも、欠点とだけ考える必要はないのでしょう。むしろ、その一枚を前にしたとき、「あそこで、この人が打っていた蕎麦だ」と分かること。それもまた、この店で蕎麦を食べる楽しさなのかもしれません。

手打ちだから、必ずおいしいわけではない。十割だから、必ずおいしいわけでもない。蕎麦打ち名人が打ったからといって、誰もが同じ蕎麦を好きになるとも限らない。けれど私たちは、料理を味だけで食べているわけでもないのでしょう。

人の手を見る。作っている時間を見る。少しくらい不揃いな一本に、その人やその店らしさを感じる。そして最後に、舌で確かめる。だから「手打ち蕎麦」という言葉を聞くと、まだ食べてもいないのに、なんだか、おいしそう。と思ってしまうのかもしれません。

そして憲秀さんは今、その「おいしそう」を趣味ではなく、毎日お金を払ってくれるお客さんへ届けています。好きで打つ一枚と、仕事として打つ一枚。そこには、きっと大きな違いがあります。では――。「好きなこと」を仕事にできたら、それだけで人生は“楽園”になるのでしょうか?

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「好きなこと」を仕事にしたら、本当に楽園になるの?

好きなことを仕事にする。なんだか、とても幸せなことのように聞こえます。毎日、大好きな蕎麦を打つ。自分が納得した蕎麦を、お客さんに食べてもらう。「おいしかったよ」そんな言葉をもらえたら、これほど嬉しいことはないでしょう。

でも――。趣味で打つ蕎麦と、お金をいただいて出す蕎麦は、同じではありません。家族や友人に振る舞うのなら、「今日はちょっと太くなっちゃった」と笑えるかもしれない。ところが店では、その一枚に値段が付いています。食べる相手も「友達」ではなく、「お客様」になります。

昨日うまく打てたから、今日は失敗してもいい。そんなわけにはいきません。今日来たお客様は初めてお店を訪れるお客様かもしれません。「好き」が「仕事」になった瞬間、そこには責任が生まれます。

憲秀さんが店で掲げているのは、「挽きたて、打ちたて、茹でたて」。いわゆる「三たて」です。石臼で挽き、打ち、注文を受けて茹でる。好きだから始めた蕎麦打ちを、今度は毎日、お客さんに提供する仕事として続けていかなければなりません。

しかも憲秀さんは、何十年も蕎麦屋で修業してきた職人ではありません。きっかけは、たった一度の蕎麦打ち教室。そこから独学で腕を磨き、一年ほどで店を構えました。だからこそ、店を開いたところが「ゴール」ではないのでしょう。むしろ、そこからが本当の修業の始まりなのかもしれません。

『石臼挽手打蕎麦 みのり』のメニューを見ていると、そんな試行錯誤の跡が見えてきます。定番の九割蕎麦だけでなく、一日10食限定の太い十割蕎麦。蕎麦つゆだけでなく、香ばしいクルミや、大根のしぼり汁でも味わえるようにする。

さらに蕎麦だけではありません。「みのりセット」には、えび天むすやおかかご飯も添えられています。天むすは、妻・美智代さんが名古屋出身であることから生まれたもの。そして、おかかご飯に使うのは、蕎麦つゆの出汁を取ったあとの鰹節です。

一番出汁を取っただけで捨てるのはもったいない。まだ残っている旨みを、もう一品の料理へ生かす。さらに、石臼で蕎麦を挽いたときに出る蕎麦の皮を炒り、アイスに混ぜた「そばの実アイス」もあります。季節になれば、タラの芽やタケノコを天ぷらに。憲秀さんは、今も新しいメニューを考え続けているといいます。

もちろん本人には、「蕎麦屋なんだから、蕎麦で勝負したい」という思いがあります。その言葉は、なんだか潔く聞こえます。でも、「蕎麦で勝負する」というのは、蕎麦以外のことを考えなくていいという意味ではないのでしょう。

お客さんに、どう楽しんでもらうか。食材を、どう無駄なく使うか。季節を、どう一皿に取り入れるか。そして、自分たちの店にしかないものを、どう作っていくか。蕎麦を打つことに夢中だった一人の男性は、店を持ったことで、今度は「蕎麦屋を育てること」に向き合い始めたのかもしれません。

2024年12月に開いたばかりの『みのり』。この物語は、まだ「夢を叶えました。めでたし、めでたし」と締めくくれるところまで来ていません。これから、うまくいかない日もあるでしょう。思ったような蕎麦が打てない日もあるかもしれない。

新しく考えた料理が、お客さんに受け入れられないことだってあるでしょう。それでも、また考える。また打つ。そして、次の日も店を開ける。もしかすると『人生の楽園』という言葉は、何の苦労もない場所という意味ではないのかもしれません。

好きなものを見つけ、その好きなものを守るために、今日も工夫できる場所。それもまた、一つの「楽園」なのでしょう。そして憲秀さんが、ここまで来られたのは一人だったからではありません。天むすの向こうにも、美智代さんがいる。店を支える家族がいる。

そもそも、このすべての始まりにも――。あの人の、何気ない「蕎麦打ち教室、行ってみる?」のひと言がありました。では最後に、もう一度あの日まで戻ってみましょう。憲秀さんの人生を変えたのは、本当に「蕎麦」だったのでしょうか?

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人生を変えたのは、蕎麦だったの?――それとも妻のひと言だったの?

ここまで憲秀さんの物語をたどってきて、もう一度、最初の日へ戻ってみたくなりました。
雨が降って、仕事が休みになった日。これといった趣味もなく、暇を持て余していた夫。そんな姿を見ていた妻・美智代さんが、近所で開かれる蕎麦打ち教室を知りました。そして、何気なく声をかけます。
「蕎麦打ち教室、行ってみる?」
もし、あの日、美智代さんが蕎麦打ち教室を見つけていなかったら…。もし、見つけても夫を誘わなかったら…。そして憲秀さんが、「俺はいいよ」と断っていたら…。埼玉県行田市に『石臼挽手打蕎麦 みのり』という店は、なかったかもしれません。そう考えると、憲秀さんの人生を変えたのは「蕎麦」だったのでしょうか。

それとも――。隣にいた人の、何気ないひと言だったのでしょうか。きっと、どちらか一つではないのでしょう。美智代さんは、蕎麦打ち教室の扉を開きました。でも、そのあと何度も蕎麦を打ったのは憲秀さんです。最初は長さもバラバラだった蕎麦を、また打つ。うまくいかなければ、また打つ。少し上手になったら、もっと上手になりたくなる。

やがて美智代さんは、そんな夫の背中をもう一度押しました。
「蕎麦屋やっちゃえば?」
扉を開いたのは、美智代さん。その扉をくぐったのは、憲秀さん。そして二人は今、同じ店に立っています。考えてみれば、この店にはそんな夫婦のやり取りが、あちこちに残っています。

憲秀さんが打つ蕎麦。美智代さんの故郷・名古屋から発想を得た、えび天むす。家族が支える店。そして、そこへやって来るお客さん。一人の「好き」から始まったものが、いつの間にかいろいろな人をつなぎ始めています。

番組タイトルは、「心つなぐ 親父の手打ち蕎麦」でした。ここまで来ると、その「手打ち」という言葉も、少し違って見えてきます。粉に水を回す手。生地をこねる手。麺棒で延ばす手。包丁で一本一本切る手。確かに、蕎麦を作っているのは憲秀さんの手です。

でも、その手を最初に蕎麦へ向かわせたのは、「やってみる?」と差し出された、妻のひと言でした。そして今、その手から作られた一枚の蕎麦を、お客さんが受け取っています。人から人へ。手から手へ。そうやってつながっていくものまで含めて、「手打ち蕎麦」なのかもしれません。

もちろん、『みのり』はまだ始まったばかりです。憲秀さん自身、長い年月を修業してきた蕎麦職人ではありません。だから、これからもっと腕を磨いていくのでしょう。もっとおいしい蕎麦を打ちたい。もっと喜んでもらえる店にしたい。新しい料理も考えてみたい。そうやって明日の仕事が次々と見つかっていく。

でも、もしかすると――。それこそが「楽園」なのではないでしょうか?
何も困ることがない場所、何もしなくても幸せでいられる場所、そんな完成された場所だけが、楽園なのではない。自分が夢中になれるものがあって。「もっとこうしたい」と思える明日があって、その隣に、一緒に考えてくれる人がいる。だから、朝になったらまた店へ立ちたくなる。

雨の日になると仕事がなく、暇を持て余していたあの頃とは、ずいぶん違います。今では雨が降っても、やることがあります。石臼を回す。粉を混ぜて水を加える。こねる。延ばす。そして、トントントンと蕎麦を切る。

明日は、今日より少しだけうまく打てるかもしれない。その蕎麦を食べて、「おいしかった」と言ってくれる人がいるかもしれない。そんな一日を、また積み重ねていく。私たちの物語は、ここで終わります。

でも、『みのり』の物語はまだ始まったばかりです。きっと明日の朝も、憲秀さんは蕎麦打ち場に立つのでしょう。あの日、美智代さんが何気なく開けた小さな扉の、そのずっと先で――。今日より少しおいしい蕎麦を打つために…。


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