食彩の王国|海のない山梨が生んだ、えびミソの王様――希少食材「信玄えび」と匠の新作料理

レストランで信玄えびフレンチを食べる女性 BLOG
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エビの主役は、身。多くの人がそう思っている。だが今回の「食彩の王国」が向き合うのは、身ではなく、ミソが主役のエビだ。舞台は、海のない山梨県。富士山を望むこの土地で育てられているのが、希少な養殖エビ「信玄えび」。淡水エビとしては世界最大級とされる

オニテナガエビで、身の弾力はもちろん、何よりも濃厚でクリーミーなえびミソが、料理人たちを驚かせてきた。なぜ、海のない山梨でエビなのか。なぜ、ここまでミソに力が宿ったのか。その背景には、独学で養殖に挑んだ生産者の覚悟と、素材の本質を見抜いた料理人たちの視線がある。

食彩の王国「えびミソが主役の衝撃――海なし県・山梨で生まれた希少エビ『信玄えび』」。この物語は、一尾のエビが教えてくれる日本の食の、もう一つの可能性を追いかけていく。

【放送日:2026年2月7日(土)9:30 -9:55・テレビ朝日】

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山梨が生んだ希少食材「信玄えび」とは?

信玄えびは、山梨県で養殖されている大型の淡水エビだ。正式にはオニテナガエビと呼ばれる種類で、淡水エビとしては世界最大級とも言われている。その最大の特長は、身の大きさや弾力だけではない。殻の中にたっぷりと詰まった、濃厚でクリーミーなえびミソにある。

一般的なエビ料理では、ミソは脇役になりがちだ。だが信玄えびは違う。料理人がまず注目するのがミソで、「どう使うか」ではなく「どう生かすか」を考えさせられる素材だという。

この信玄えびが育てられているのは、山梨県。海に面していない、いわゆる“海なし県”だ。その土地でエビを育てるという発想自体が、これまでの常識から外れている。もともとオニテナガエビは、淡水や汽水域に生息する生き物だ。適切な水質と環境が整えば、海がなくても育てることは可能とされてきた。しかし、それを実際に国内で形にするのは、決して簡単なことではない。

水温の管理、水質の安定、成長に合わせた環境づくり。どれか一つが欠けても、エビは育たない。そしてエビ養殖でもっとも大きな問題は「共食い」だ。

これは中国や東南アジアの場合、広大な養殖池を確保することで解決できていたが、用地の限られる日本では難しかった。そこで開発されたのが、世界に例のない共食い防止システム「RIKUSAKU・ST」だった。

そして信玄えびは、山梨の水と環境の中で、独特の旨みを蓄えていった。とくにミソの濃さは、他のエビとは一線を画す。

株式会社 陸作

信玄えびは、大量生産を前提とした食材ではない。だからこそ希少で、高級だ。そして、「どこで、誰が、どんな思いで育てたのか」が、味に直結するエビでもある。この一尾には、山梨という土地の条件と、新しい食材を生み出そうとする挑戦が、そのまま詰まっている。

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「ミソが主役」になる理由とは?

信玄えびが特別な存在として扱われる理由は、身の大きさや食感だけではない。料理人たちが口をそろえて注目するのは、圧倒的に存在感のあるえびミソだ。

一般的なエビの場合、ミソはあくまで脇役に回ることが多い。殻を割ったときに少し味わう程度で、料理の中心になることは少ない。だが信玄えびは違う。殻の中には、ねっとりと濃く、クリーミーなミソがたっぷりと詰まっている。

クセがなく、旨みと甘みがはっきりしているため、ソースや出汁の“核”として使えるほどだ。料理人の視点で見ると、このミソの質は決定的だという。香りが立ち、加熱しても味がぼやけない。身と合わせるだけでなく、ミソそのものをどう主役に据えるか、発想が広がっていく。

イタリアンでは、ミソを使ったソースがパスタを引き立て、和食では、余計な手を加えずに旨みを際立たせる。中華では、チリソースに使うことで、奥行きのあるコクを生み出す。ジャンルが違っても、行き着く先が同じなのは、素材そのものが強い証拠だ。

信玄えびのミソは、料理を“飾る”ための要素ではない。味の方向性を決め、料理全体を支配する存在だ。だからこそ、このエビは「どう調理するか」よりも先に、「どう向き合うか」を問われる。信玄えびは、身が主役のエビではない。ミソが料理を導くエビなのだ。

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海のない山梨で、なぜエビを育てたのか?

信玄えびの養殖に挑んだのは、山梨県甲斐市の生産者・今村秀樹さん。もともとエビの専門家だったわけではない。44歳で会社を辞め、海のない山梨でエビを育てるという、前例のない挑戦を始めた。

オニテナガエビは淡水で育つとはいえ、養殖は簡単ではない。水温、水質、酸素量。わずかな変化が、成長や生存率に大きく影響する。さらに立ちはだかるのが、エビ特有の“共食い”の問題だ。

成長速度に差が出ると、大きな個体が小さな個体を襲ってしまう。密度管理や環境づくりを誤れば、一気に数が減ってしまうこともある。この問題を避けるためには、単に大きな水槽を用意すれば解決するわけではない。むしろ管理が行き届かず、効率は落ちてしまう。だからこそ個体ごとの成長を見極め、ストレスを減らし、エビが落ち着いて過ごせる環境を整える必要がある。

今村さんは、失敗を重ねながら、水の循環や隠れ場所の工夫、餌の与え方を一つずつ調整していった。教科書通りの答えはなく、現場で確かめるしかない日々だったという。

なぜ、そこまでして山梨でエビを育てたのか。それは、「この土地でしかできない養殖」を形にしたかったからだ。山梨の水の質、気候、環境を理解したうえで、ここならではのエビを育てる。量を追わない。効率だけを求めない。その代わり、味と質に徹底して向き合う。

海のない山梨で育った信玄えびは、偶然の産物ではない。技術と観察、そして覚悟の積み重ねによって、ようやく生まれた一尾だ。この挑戦があったからこそ、料理人たちは「ミソが主役」という新しい価値に出会うことができた。

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ジャンルを超えて惚れられる素材の秘密

信玄えびが料理人たちを惹きつける理由は、希少性だけではない。どのジャンルでも、素材として真正面から向き合える力を持っていることだ。

イタリアンでは、濃厚なえびミソを使ったソースが、パスタ全体を包み込む。クリームに頼らずとも、ミソそのものがコクと深みを生み出すため、後味は驚くほど軽やかだ。

和食では、余計な装飾を削ぎ落とし、素材の旨みをどう引き出すかが問われる。信玄えびは、ミソの力が強いからこそ、引き算の料理にも耐えられる。一口ごとに、素材の輪郭がはっきりと立ち上がる。

中華では、チリソースのような強い味付けの中でも、信玄えびのミソは埋もれない。辛味や甘味の奥で、しっかりと存在感を示し、料理に奥行きを与える。ジャンルは違っても、料理人たちが口をそろえて語るのは、「扱うほどに、応えてくれる素材」だということ。

信玄えびは、料理を選ばない。その代わり、料理人の力量を静かに映し出す。ミソが主役になるということは、ごまかしがきかないということでもある。だからこそ、和・洋・中の垣根を越えて、惚れ込む料理人が現れるのだ。

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信玄えびが示す、日本の養殖の可能性とは?

日本のエビ養殖は、長く海外に頼る構造が続いてきた。価格、安定供給、量。効率を考えれば、その選択は合理的だったとも言える。

だが信玄えびは、その前提を少しだけ揺さぶる。大量に育てることはできない。手間も時間もかかる。失敗のリスクも高い。それでも、「ここでしか生まれない価値」を丁寧に育てる道があることを、この一尾は教えてくれる。

海のない山梨で、水と向き合い、環境を整え、生きものの性質を理解する。そこから生まれたのは、身よりもミソが主役になるという、これまでにない評価軸だった。

料理人たちが惹かれたのも、希少だからではない。素材としての力があり、表現の幅を広げてくれるからだ。信玄えびは、日本の養殖が進むべき道を声高に主張しない。ただ、静かに示している。

量ではなく質。効率よりも理解。そして、土地と人がつくる味。一尾のエビが生まれるまでに、どれだけの思考と試行錯誤があったのか。それを知ったとき、私たちは食材を見る目を、少しだけ変えることができる。

信玄えびは、山梨が生んだ希少食材であると同時に、日本の養殖の未来を考えるための、ひとつの答えなのかもしれない。

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